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Retro-gaming and so on

ジョジョの奇妙な冒険

何か急に書きたくなったので書く。

ジョジョの奇妙な冒険ってのは不思議な作品である。
実はこの作品、人気作である事は間違いない。じゃないと長い間週刊少年ジャンプに連載し続ける、と言う事が不可能なのだ(現在はウルトラジャンプ掲載だが)。
とは言っても「一番人気の作品」ではないのは事実なんだよな。熱狂的なファンはいる。つまりカルト的人気が一部にはあるのは事実なんだけど、かと言って、表面的にはみんなが「すげぇおもしれぇ」とか言う作品ではないのも事実なのだ。つまらないたぁ、言わない、でもそこそこだ、と言う。
何だろ、長期連載のポジションから言うとそれこそ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」と実はかなり被ってたと思うのだ。みんながジャンプで一番好きだ、とは決して推さないけど、「つまらない」と言う評価は決して得ない。微妙なポジションをキープしつつも一部のマニアにはカルト的人気を誇る、と。

そもそも作者の荒木飛呂彦って人。まあ、マニアで知ってる人は彼の事を色々と知ってるんだろう。でも僕みたいな「熱狂的に好き」って言うわけじゃない人にとっては結構謎の人である。っつーか、漫画家ってある意味全員謎の人だけどよ(笑)。
ただ、彼の場合、他の漫画家みたいに、要するに「あ、ルーツがこの辺にあるんだろうな」と言うのが何か分からんのだ。突然変異的に現れた漫画家、と言おうか。目立ってあるパスティーシュ的なモノが皆目見当が付かねぇんだよな。
いや、正確には。僕が「この辺かな?」って思ってる人の事が、少なくとも一般的に知られてる彼の発言の中には全く垣間見れない。「ミケランジェロに影響を受けてます」ってのは良く聞く。フランスのジャン・ジローの影響を受けてます、って話も良く聞く。でも本気なの?とか思うのだ。
いや別に影響を受けてても構わない。漫画家なんだけど漫画家には影響を特に受けなかった。そう言いたいのかもしれない。事実でもあるんだろ。でも教養主義的な発言であって、ある意味反感を買いそうな発言でもある。でも彼の作風を見る限り、「ああそういう事もあるかもな」と思わせるものではある。ではあるのだ。
でも僕はマジで「本気なの?」とか思ってる。
その疑いも彼の元々の作風による。何かインタビューとかで根掘り葉掘り質問されるのが嫌で、誰も知らんし答えようのないサンプルを言う。インタビュアーが呆気にとられながら「ふむふむ」とか言いつつメモを取る。それを見ながら荒木飛呂彦は思うのだ。「シメシメ」と(笑)。内心してやったり、とか思ってる。そして彼の冗談は誰にもバレずに流布されていくのだ。
ハッキリ言うと、魔少年ビーティーならやりかねないのだ(笑)。岸辺露伴でもやるだろう。
そして「ミケランジェロの影響を受けてます」「フランスのジャン・ジローの影響を受けてます」と言うのは彼一流の冗談でありユーモアなのだ。でもそれは誰にも解されない。半分真実だから質が悪いのだ。
そういう事を僕は妄想してる。

ちなみに、Wikipediaなんかで今回はじめて調べてみたんだが、一応影響を受けた漫画家に付いての発言もしてるらしい。白土三平なんかなるほどな、とか思った。荒木飛呂彦の言う「トリック」とそれに対する「解説」なんかはなるほど、忍者漫画の影響か、ってのは納得出来る。「アタマでは」な。なるほど、と。
でもやっぱり、僕が「こいつの影響が一番デカいんじゃねぇの?」って疑ってる作家は出ていない。まぁ、僕の目は曇ってるんで、全然見当違いなのかもしれないけどね。

実は荒木飛呂彦の登場時から、僕が一番「この作家はこの人に影響を受けてるんじゃないか?」って思ってたのは藤子不二雄Aなのだ。特に藤子不二雄Aのホラー系のもの。「魔太郎がくる!!」とか「ブラック商会変奇郎」とか。
荒木の最初の連載作「魔少年ビーティー」からして強烈な藤子不二雄A臭が漂ってた、と思う。だから「あ、この人藤子不二雄Aのファンなんだろうな」とか勝手に思ってた。でも僕の目は節穴なので全然違うのかもしれない。少なくとも、Wikipediaを見る限り、公式にはそういう発言はしてない、って事なんだろう。


オチに関わるコマの枠が太い黒枠になってたり、あるいは効果音/擬音がかなり特徴的、と言う辺りが藤子不二雄Aのホラー系漫画の作法に則ってる、と思われるのだが・・・・・。Wikipediaだとサスペンス映画の擬音等を模した、と解説されてはいるのだが、この辺の表現はむしろ藤子不二雄Aがオリジンとして多用してたような記憶がある。
果たして、真実はどうなのだろうか?

ジョジョの奇妙な冒険に戻る。
以前書いたけど、実は当初、僕はジョジョの奇妙な冒険は大して評価していなかった。
当時の僕は荒木飛呂彦の最高傑作はバオー来訪者だと思っていたので、いきなりの「コータローまかりとおる!」エピゴーネンとしか思えなかったジョジョはどうにも評価しようがなかったのだ。
まぁ、バオー来訪者はむしろ、一般漫画読者より漫画通やら漫画家そのものに「玄人ウケ」する作品であって、そういう作品の性質的に見ても少年ジャンプでの連載は苦しかったのだろう。
と同時に、SF作品は少年誌では実は評価がされ難い、と言う事実にビックリもしていた。そしてバオーは短命な連載作品として、事実上打ち切りの目に合うのである。



江川達也のデビュー作「BE FREE!」より。1ページ以上に渡って荒木飛呂彦の「バオー来訪者」のパロディが展開されている。
このように、荒木漫画の独特の「言い回し」は他の漫画家にかなりの衝撃を与えていたらしい。

あれだけのSFを描けた作家が(波紋法と言う、しかも既にありきたりな)拳法モノを描かなきゃやっていけない少年ジャンプって・・・ってんで実はこの辺で少年ジャンプと言う雑誌自体を、正直言うと、かなり見限ってしまったんだよな。
反面、拳法漫画、と言う骨組みを採用したお陰で荒木飛呂彦は、取り敢えず、言い方は悪いが「首が繋がった」と言うのは事実だろう。比較的分かりやすい「波紋法による勝負」と言うのは少年漫画的には大成功をもたらしたのだ・・・それまでの荒木の「分かりづらい」「理屈っぽい」漫画家と言う評価を覆したのは事実なんだよな。
前にも書いたが、ジョジョマニアはジョジョの第一部と第二部を取り分け評価してる模様だ。しかし、一般にも、そしてそれまでの荒木作品に触れていた層にはむしろ、荒木飛呂彦の真骨頂はジョジョの第三部以降の方であって、初期から続く「荒木らしい」作品に映るのではないだろうか。
少なくとも、僕はそう思っている。
実はジョジョの奇妙な冒険第三部からは事実上「超能力バトル漫画」になっている。ここで拳法は、表現方法はさておき、プロットからは消失している。しかも荒木の真骨頂は「目に映る超能力」を発明した事である。こんなオリジナリティはかつてどの漫画にも見られなかったものだ。
それまでは「超能力」と言えばサイコキネシスとかテレパシーとか、そういう「目に見えない」超常現象を描く事だったが、彼はそれを「目に映る」超常現象にしてしまった。これはオイシすぎる。
そう、ジョジョの第三部以降は母体は実はSFなのだ。しかしそれとは気づかれないように構成されている。パワーあるヴィジョン、「スタンド」はマジで大発明である。このお陰で、どうやら少年誌では上手く展開出来ないSFをSFと気づかせずに読者に読ませるよう誘導する事に成功した。まさに荒木飛呂彦の隠された天才性がここで遺憾なく発揮出来るようになった、と思って間違いないだろう。
そしてスタンドは超人ロック的な万能の超能力ではない。バオー来訪者で見せたような細かい縛りが色々設定されている(もっとも、その設定は「部」が重なるとどんどん改定されていってはいるが)。その辺も元々の荒木っぽい作風になってると思う。



ところで、ジョジョの奇妙な冒険で一番の傑作は何だろう。まとまりとかストーリーライン、そして見せ方から言うと恐らく第三部だろう。誰もこれには文句がつけようにないと思う。スーファミのゲームにもなったしな!(※)
ただ、個人的な好みから言うと、実は第四部の方が好きである。第三部をあれだけ「描ききった」後なんで、描きはじめるのは相当辛かった気もするのだが、一方、割にのんびりと日常ベースに展開する「ストーリー」はなかなか味わいがあると思う。
何か連載途中だと「敵が弱くなった」と言う投書が多かった模様だが、その辺は個人的には全然気にならない。
そうではなく、本当に見せたかったのは・・・。割に架空の街である杜王町自体だったんじゃないだろうか?ワンダーランド的に、ストーリーを見せるよりも街の面白さを見せたいんじゃねぇの?って思える辺りが個人的には好感度が高く、むしろ杜王町自体が荒木飛呂彦の分身なんじゃねーのかな、とか思ってるくらいである。
そして、読者は杜王町、つまり荒木ワールドへと誘われるのだ。Welcome to 杜王町!

実はBS日テレの方でこの第四部「ダイヤモンドは砕けない」が再放送されていて、観てたら何となく第四部を賛美したくなった、ってだけで書き始めた。
まとまりがなくってごめん。

※: ゲーム向きの題材だろうな、とか最初っから感じていたが、実はこのゲーム、バカゲーならしい(苦笑)。
やったこたぁない。面白いんだろうか?
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