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マハロ船長の航海日誌2

余は如何にしてヨット狂徒となりしか(Ⅴ)

高校生〜大学生の頃はヨットからは離れてましたが、大学4年生になったとき、就職活動をすべき時に、突然ヨットに乗りたくなりました。それは失恋(苦笑)を癒すために外房の海を見に行った時、なぜか無性にヨットに乗りたくなったのです。なんでかな?
この頃、学生ヨット部経験のない人間がヨットを始める時の常套手段は、舵誌の"売りたし買いたし"欄の"クルー募集"で乗る船を探すのでした。
私が「これだ!」と飛びついたクルー募集は、「江ノ島YH、木造52ftケッチ」



その頃のヨットライフを、坂本九さんの「明日があるさ」の替え歌として作ったものがあるので、恥ずかしながら歌詞を掲載させていただきます。

<明日があるさ(ヨット編)>
ヨットを初めて気がついた ヨットをやるには金かかる
若いボク 金はない あるのは元気だけ
金がない 金がない 明日があるさ

クルーになるのは簡単だ 元気があれば大丈夫
そう言われ クルーになる 江の島ヨットハーバー
金がない 金がない 明日があるさ

はじめて買ったヨット・ギア ヘリー・ハンセン馬鹿高い
仕方ない 代用品 黄色の雨ガッパ
金がない 金がない 明日があるさ

すぐにセーリング出来るつもり ところがどっこい初仕事
ニス塗りに デッキ洗い テンダー 漕ぎだった
金がない 金がない 明日があるさ

若いクルーが三十人 先輩クルーにしごかれる
ひとり減り ふたり減り 残りは三人だ
金がない 金がない 明日があるさ

ヨットのオーナーは社長さん 積んでるお酒も高級品
こっそり飲み 少しずつ飲み ついにカラになる
金がない 金がない 明日があるさ

セレブな趣味と思われる ヨットの世界だけれども
実は違う まったく違う 食事はカップラーメン
金がない 金がない 明日があるさ

初めて出かけたクルージング 夜明けに見つけた港の灯
忘れられぬ 忘られぬ あの日の感動を
金がない 金がない 明日があるさ

懐かしクルー時代だが みんな会社に就職し
忙しい 忙しい ヨットに乗る暇ない
暇がない 暇がない 明日があるさ

明日がある 明日がある 明日があるさ


私のクルーザー遍歴は、純粋クルージング志向のヨットから始まり、それは今に至るまで変わることはありません。”三つ子の魂百まで”ということなのでしょう。

(続く)





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コメント一覧

マハロパパ
クルーザー用にポンツーンはなくて、ブイ係留で岸壁からテンダーで乗る方式でした。
2隻隣には光進丸Ⅱがあり、お隣は輸入されたBig Apple (1977Admirals Cup winner)がありました。
懐かしい時代です。
カズ
この写真、江の島の今のディンギーヤードにポンツーンがあって、ディンギーとクルーザーが混然としてた頃ですか?あの頃のディンギーに乗りに行って、ポンツーンの「天城」が流され一人残されたクルーが慌てふためいていて、助けに行きこれが「天城」かぁ❗死んでも乗れないやと思ったものです。こんな僕が自分の船で島廻りするなんて、いい時代を生きたなとつくづく思います。皆さん一緒?
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