善光寺、松本、小諸と二泊三日の旅も、いよいよ終わりです。
小諸を後にして、帰りの新幹線の時間までの2時間と少し。
最後に上田城を攻め落として締めくくります。
2009.9.28
上田城は、真田幸村の居城で徳川の大軍を二度にわたり退けた上田のシンボルです。
関ヶ原の合戦の後、徳川家に没収され、本丸などが取り壊されましたが、その後上田に移封になった「仙石忠政」によって再建されました。
現在残っている三棟の櫓は、その時再建されたものだそうです。
周辺は、『上田城跡公園』として整備され、桜の名所として市民の憩いの場となっているそうです。
おいら自身は3月に続き、今日は二度目の城攻めです。
一度目は、桜にはちょっと早すぎました。
今回は、紅葉にはまだ早い中途半端な時期です。
なかなかうまく行きませんね
上田城本丸にある『真田神社』は、城を構築した真田父子を主神に、江戸時代民政に尽くした仙石氏・松平氏を祭神とする神社です。
特に十数倍の大軍を二度に亘り撃退し、日本一の智将と謳われた真田幸村の神霊は、今も知恵の神様として崇められています。
『真田神社』の裏手には、『真田井戸』と呼ばれる井戸があります。
この井戸は、市北部の太郎山の隠し砦に抜け穴が通じているという伝説があります。
『櫓門』の傍らの石垣には、『真田石』と呼ばれる石があります。
真田昌幸が築城の際に、柱石として据えたものと伝えられています。
真田信之が松代へ転封に当たって、父の形見に持ち運ぼうとしたが、大勢の人の力をもってしても、びくとも動かなかったと伝えられているそうです。
城内には、『平和の鐘』があります。
江戸時代には、「時の鐘」として活躍していたそうです。
堀の周囲の紅葉も今一つです。
三度目の攻城戦は、いつになるか検討もつきませんが、良い季節に再訪したいものです。
ブログランキングに参加しています。
いつも応援に感謝しています。ありがとうございます。
小諸を後にして、帰りの新幹線の時間までの2時間と少し。
最後に上田城を攻め落として締めくくります。
2009.9.28
上田城は、真田幸村の居城で徳川の大軍を二度にわたり退けた上田のシンボルです。
関ヶ原の合戦の後、徳川家に没収され、本丸などが取り壊されましたが、その後上田に移封になった「仙石忠政」によって再建されました。
現在残っている三棟の櫓は、その時再建されたものだそうです。
周辺は、『上田城跡公園』として整備され、桜の名所として市民の憩いの場となっているそうです。
おいら自身は3月に続き、今日は二度目の城攻めです。
一度目は、桜にはちょっと早すぎました。
今回は、紅葉にはまだ早い中途半端な時期です。
なかなかうまく行きませんね
上田城本丸にある『真田神社』は、城を構築した真田父子を主神に、江戸時代民政に尽くした仙石氏・松平氏を祭神とする神社です。
特に十数倍の大軍を二度に亘り撃退し、日本一の智将と謳われた真田幸村の神霊は、今も知恵の神様として崇められています。
『真田神社』の裏手には、『真田井戸』と呼ばれる井戸があります。
この井戸は、市北部の太郎山の隠し砦に抜け穴が通じているという伝説があります。
『櫓門』の傍らの石垣には、『真田石』と呼ばれる石があります。
真田昌幸が築城の際に、柱石として据えたものと伝えられています。
真田信之が松代へ転封に当たって、父の形見に持ち運ぼうとしたが、大勢の人の力をもってしても、びくとも動かなかったと伝えられているそうです。
城内には、『平和の鐘』があります。
江戸時代には、「時の鐘」として活躍していたそうです。
堀の周囲の紅葉も今一つです。
三度目の攻城戦は、いつになるか検討もつきませんが、良い季節に再訪したいものです。
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やはり7にした方がよいのかなぁ~
遅くなりましたが、長野の件は調整出来ませんでした・・・
次回こそ・・・
今年中に100万アクセスいきそうですね^^
これからも応援します~
XPで満足しちゃってます。
長野は逃げませんから大丈夫ですよ。
100万アクセスは難しいです。
たぶん、年内は90万アクセスぐらいだと思います。
100万アクセスは、来年1月下旬か2月だと思います。
信州は広くて、信州人の方が足を踏み入れてない場所が沢山あります。
ここも、紅葉の時期と重なると、とっても美しく情緒ある風景に変わることでしょうね
まあ、確かに信州は広いですから、行った事のない場所がたくさんあっても、おかしくはないですね。
色んなトコを観ると、いかに「松本」が良い所かが分かりますよ。
上田は、今度案内しましょう