インド映画『バーフバリ 伝説誕生』が今話題になっており、その続編『Baahubali 2: The Conclusion(バーフバリ2:完結編)』も年内の日本公開が決まりました。そのためか、インド映画ファンの関心が7月に公開される『裁き』へと移ってきたようです。『裁き』のマスコミ試写もすでに3回終わり、あと1回を残すのみ。映画評論家や映画ライターの方々の驚きの声が、こちらとかこちらの5/10の所とかに上がってきています。拙ブログでのご紹介は、基本データをご紹介したこちらとか、予告編をご紹介したこちらでしたが、以上は「総論」でしたので、今回からは「各論」に突入。4人の主人公-被告にさせられた民衆詩人、弁護士、検事、そして裁判長-それぞれの顔をご紹介したいと思います。トップバッターは、不当逮捕されて被告にされてしまった民衆詩人、ナーラーヤン・カンブレです。
上はインド現地版ポスターですが、ナーラーヤン・カンブレの人となりと現在の状況を如実に示しています。彼の前にマイクがあるのは、彼の職業が歌手だから。そして、法廷だとわかる背景なのに、マンホールに半身を沈めているのは、彼が検察側から、「お前が”下水清掃人は自殺しろ”という歌を歌ったせいで、それを聞いていた下水清掃人パワルが自殺した。これは自殺ほう助罪にあたる」と告発されているからです。もちろん無実の罪なので、カンブレは「ハメられた」状況にある、ということも示しています。後ろにさらに2つ、マンホールが描かれているのは、まだまだハマる(あるいは、ハメられる)人がいるぞ、ということかも知れません。
こちらは日本版のチラシですが、上記のようなことを右端に言葉で説明してあります。ここに書かれている情報は、裁判が具体的に始まった時に検事から尋問されて、カンブレが答える項目が取り上げてあります。チラシデザインの上下に分かれた画面は、上が「クロ」、下が「シロ」とも見え、カンブレは「シロ」の最極端にいる、というわけでしょうか。
ナーラーヤン・カンブレは映画が始まってすぐ、画面に登場します。これが上のシーンで、集合住宅の1室を教室にして、子供たちに勉強を教えているところです。これは学校の代わりなのか、それとも放課後の私塾のようなものなのか、特に説明はありません。ただ何となく、ここにいるのが貧しい家庭の子供たちらしいことは、こういった場所を使っていることや、学習内容が小学校低学年ぐらいの知識のものであることからわかります。学校では差別やいじめに遭って、学校に行けない子供たちなのかも知れません。
そこでの授業を終えたあと、カンブレは時間を気にしながらバスに乗り、車内にかかってきた催促の電話に「あと5分で着く」と答えて、目的地に向かいます。バスから降りると、「ワドガオン虐殺抗議集会」の横断幕のある通りを抜けて、迎えの人に案内されながら、歌声が流れる広場にやってきます。最初に歌っていた女性歌手が「♪解決法はただ一つ、強く訴えかけることだ、兄弟よ♪」と歌い終え、その後「続いて、民衆詩人カンブレさんです」と紹介されてカンブレが舞台に上がります。そして、力強い声とパフォーマンスで、まるで聞き手たちをアジるかのように歌を歌い始めます...。
「民衆詩人」とは、大東文化大の石田英明先生の解説によると、マラーティー語では「ローク・シャーヒール」と言うそうで、「本来は大道芸や大衆演劇で歌われる歌を書き、自ら歌うこともある詩人で、低い階層や被差別カースト出身者も多い」そうです。そして、上のスチールには写っていないのですが、舞台の横断幕の左右に写真が貼ってあり、それによって、これは被差別カースト、つまり「ダリト」(「抑圧された者」という意味)、お役所的には「指定カースト」と呼ばれる人たちの集会であることがわかってきます。写真は3枚あるのですが、左側が一番大きく、それがB.R.アンベードカルの写真なのです。下は、ムンバイで売っていたアンベードカルの缶バッジです。下の字は「ジャイ・ビム」と書いてありますが、本当はアンベードカルの名前の「ビーム」を取って、「ジャイ・ビーム(ビーム万歳)」と書かれるはずだったのでは、と思います。
ビームラーオ・ラームジー・アンベードカル(1891-1956/姓をクリックすると日本版Wikiに飛べます)は当時は「不可蝕民(アチュート、アンタッチャブル)」と呼ばれていた被差別カーストの出身で、父親の後押しや藩王国の奨学金などを得て、ボンベイの名門大学エルフィンストーン・カレッジ、ニューヨークのコロンビア大学、そしてロンドンの大学や、のちにはドイツの大学でも学び、帰国後は弁護士や大学の教師として活躍する傍ら、独立運動や差別解消運動にも参加します。インド独立時は法相となり、憲法起草にも関わった人なのですが、最終的にはヒンドゥー教徒から仏教徒に改宗し、その生涯を終えます。彼に共鳴して、多くの被差別カーストの人々が仏教徒になるのですが、彼らは「新仏教徒」と呼ばれて、かつてのインドに存在した仏教徒やチベット仏教徒とは区別されています。
そして、横断幕の右側に掲げられている写真のうち、石田先生の解説によると、「右の二枚のうち左側は被差別カースト出身のアンナーバーウー・サーテー(1920-69)、右側はムスリムのアマルシェーク(1916-69)でどちらも有名な民衆詩人であった」とのこと。下の画像で確認できますので、見てみて下さいね。ナーラーヤン・カンブレが舞台で歌うシーンだけを、製作会社がYouTubeにアップしたもので、英語字幕が付いています。
Dushmanaala Jaan Re (Time To Know Your Enemy) | COURT (2015)
インドの場合、詩は目で読まれるより口頭で読み上げられて聞かれる、曲をつけて歌い上げられる、という形が基本なのですが、特にダリトの人たちは字を知らない人も多く、様々な主張を浸透させていくためには書物やビラに頼るよりも歌にして、という手段が効果的です。私は以前、アーナンド・パトワルダン監督のドキュメンタリー映画で、日本版DVDも出ている『戦争と平和-非暴力から問う核ナショナリズム』(2002)の中の1シーン、インドの核実験成功の暗号として「Buddha smiles(仏陀が微笑んだ)」というセンテンスが使われ、それにダリトの人々が抗議するシーンで、民衆詩人たちの歌を聞いたことがありました。その時も迫力ある歌声に打たれたのですが、『裁き』では別人であるもののダリトの人々の歌に再会でき、とても嬉しかったのでした。
上のナーラーヤン・カンブレが舞台で歌うシーンもカッコ良くて、過激な歌詞もインパクトがあり、聞いている人々を惹きつけていきます。こういう影響力の強い民衆詩人であり、裁判で検事によって暴かれる彼の過去の経歴も政治運動を続けてきた痕跡が歴然としているので、政府や警察にとってカンブレは非常に目障りな存在なのでしょう。そういう目障りな人物に対し、政府や警察がどういうことをするのか、というのを描いて見せたのがこの作品とも言えますが、さて、カンブレは無罪を勝ち取ることができるのでしょうか?
ところで、ナーラーヤン・カンブレを演じているのはヴィーラー・サーティダルという人なのですが、実は彼はマハーラーシュトラ州のナーグプルという町に住む活動家で、警察や政府との闘いも経験済みなのだとか。だからこそ、役者としては素人ながらあれだけの存在感が出るのでしょうが、こちらの記事に載っている写真を見ると、あごひげとメガネがなくなっていて、まるで別人のようです。彼は「Vidrohi(反逆者)」という隔月刊の雑誌も出しているそうで、劇中で「雑誌への寄稿もしている」と答えるカンブレとその点でも重なります。実に巧みなキャスティングと言えますが、化けさせるというか、役作りの扮装がこれまた実に巧みです(冒頭シーンでのカンブレの衣裳、サーモンピンクのクルターに白のロングスカーフなんて、とってもオシャレです~)。撮影当時まだ26、7歳だったチャイタニヤ・タームハネー監督、すごい手腕ですね。『裁き』はプロの俳優以外の出演者も多く、タームハネー監督の演出力をつぶさに見ることができます。ご期待下さい!
『裁き』の公式サイトはこちらです。予告編も公式サイトで見られますが、別途下にも付けておきます。
ある歌手が裁判にかけられ…!映画『裁き』予告編
いやあ、映画館のスクリーンで観ることができてよかったです。
これは、本当に映画館のスクリーンで観るべき映画ですね。
映画は、とにかく「すごい!」のひとこと。
そして、なにもかもが過剰!
ありとあらゆるスケールが大きすぎ。王国の建造物はひたすら巨大だし、滝の水量も半端なさすぎ。
主人公は不死身すぎるし、対する男たちも強すぎ。
「お前ら、北斗の拳かよ!」っていうようなキャラの、肉弾相打ちすぎるパワフルなバトルシーンに唖然。
なに、この戦闘シーン! 多すぎるエキストラをかたはしからなぎ倒す主人公たちの筋肉祭りに呆然。
黄金の巨像の場面では、「いくらなんでも、それ無理!」と思いつつも、無理矢理説得させられてしまう圧倒的な演出力。
そして、美しいヒロインに対する主人公の超セクハラ攻撃!!(笑)
もう、あれもこれもすごすぎて、思わずスクリーンを前に笑ってしまいました。
上映は金曜日までですが、ひとりでも多く駆けつけてもらいたくて、FACEBOOKでとりあえず絶賛しておきました。
パート2も楽しみです。
毎日ですねー、「『バーフバリ』はまだか?」と貴ブログをチェックしていたのですが、ずーっと『イップ・マン 継承』で変わらず...。
それはそれで、目にするたびにドニーさんとマックス・チャンの顔が浮かんできていいのですが、東京での上映が終わりそうなので、ジリジリしていました。
あれは、よしださんに見てもらうべき作品ですからね~。
おっしゃる通り過剰というか過激な作品で、やりすぎ感満載なのですが、それゆえに自分があの世界の一員になったような気分になるし、チョー快感!です。
丸の内TOEIはスクリーンが小さめで、新宿ピカデリーの方が大きくてよかったのですが、『2』はぜひ、それよりも大きいシネマート新宿の大スクリーンでやっていただきたく思っています。
ツインの担当者の方もまだご覧になっていないとかで、「カンヌで見てきます~」とおっしゃっていましたが、「『1』以上に面白い」という声が圧倒的なので、本当に楽しみです。
「GARAKUTA」での『バーフバリ』評も、楽しみにしてお待ちしています。
そうそう、「激闘!アジアン・アクション映画大進撃」(洋泉社)での「フィリピン・アクション映画の復興」も面白かったです。
彩プロ30周年記念上映特集で『牢獄処刑人』がラインアップに入っていないのは残念ですね。
http://www.ks-cinema.com/movie/ayapro30th/
東南アジアアクション映画のソフトがどんどん出ているので、『牢獄処刑人』以外のフィリピン映画も、と期待しています。