アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

『グンジャン・サクセナ』インドで話題沸騰中

2020-08-18 | インド映画

先日、こちらでご紹介し、8月12日(水)に日本とインドで同時配信されたヒンディー語映画『グンジャン・サクセナ ー夢にはばたいてー』。同時配信って、時差が3時間半ある日本とインドでは、12日(水)になるのが早い日本の方が早く見られるのでは、と思ったりしたのですが、これは時間も日印同時でした。つまり、インドでは午後3時にリリースされ、それに合わせて日本では午後6時半に解禁になったのです。まあ、そらそうですわな(苦笑)。

グンジャン・サクセナ -夢にはばたいて-

というわけで、12日の夜、早速見てみました。まずはストーリーを、簡単に書いておきましょう。まだ小さかった1984年に、飛行機のコックピットに入れてもらったグンジャン・サクセナ(成長後:ジャーンヴィー・カプール)は、その時から一途にパイロットになる夢をはぐくんでいました。兄アンシュマン(成長後:アンガド・ベーディー)は「女にパイロットは無理だ」と言いますが、軍人である父(パンカジ・トリパーティー)は、「男であれ女であれ、操縦席に座ったらパイロットだ」とグンジャンを励ましてくれます。グンジャンは当初デリーのパイロット養成学校に入るつもりでしたが、規則の改正やら授業料のアップやらで、何度も願書提出の機会を奪われてしまいます。意気消沈しているグンジャンに父が渡してくれたのは、インド空軍が初めて女性パイロットを採用する、という新聞の広告でした。父のほか、兄もすでに陸軍の軍人として勤務していたので、今度はスムーズに受験まで行ったのですが、合格が決まった直後の身体検査で、グンジャンは体重超過に加えて、身長が1㎝足りないと言われてしまいます....。

Gunjan Saxena poster.jpg

これをどう乗り越えたのかは映画を見てのお楽しみですが、映画は事実にフィクションをうまく取り混ぜて、グンジャンの軍人生活描写に突入します。男ばかりの空軍部隊生活に、女性が加わることになったため、当初からグンジャンはいろんな困難に直面しっぱなし。まず、女性用トイレがない! そして、女性用更衣室がない! そのため、ヘリ訓練の集合時間に間に合わず、グンジャンは訓練を受けさせてもらえないなど、不利な状況が続きます。何とか工夫で乗り切り、男子新兵と互角になろうとするグンジャンでしたが、狭いヘリの操縦席で女性と並んで座るのは...と嫌がる兵士も多く、指導員となる兵士は口実を駆使してグンジャンの担当からはずれようとします。そのため飛行時間が極端に少なくなり、このままではパイロット失格に。指導教官のディリープ(ヴィニート・クマール・シン)も男性兵士たちの味方で、グンジャンは孤立してしまいます。そんな彼女に救いの手を差し伸べたのは、厳しい上官ゴゥタム・シンハー(マーナウ・ヴィジュ)でした。ゴゥタムにヘリ操縦術や地理の読み方をたたき込まれたグンジャンは、ぐんぐん力を付けていき、1999年のインドとパキスタン間で起きたカールギルでの衝突で、ヘリでの出動を命じられるまでになります...。

見る前に心配だったのは、ここのところのインド映画、特にヒンディー語映画でよく見られる、露骨な愛国心の発露映画ではないか、ということでした。新型コロナウィルスの感染拡大で劇場公開ができなくなり、Netflixでの配信による公開となったものの、配信開始の8月12日(水)はインドの独立記念日8月15日(土)に非常に接近しています。というわけで警戒心もあらわに見たのですが、反対に、感心させられる点が多々ある作品でした。まず、主人公グンジャンのインド空軍志願が、「とにかくパイロットになりたい」という希望を実現させるための手段であること。これに関しては劇中でグンジャンに、「空を飛びたいだけなんて、こんな志望動機でいいのかしら? これって、国を裏切ってる?」と言わせています。言った相手は軍人である父で、これに対して父はしばらく考えてから、「国のために誠実に働けば、裏切りにはならないよ」と答えます。さらに続けて父はいいセリフを言うのですが、ここはこれまで威勢のいい愛国映画を作ってきた映画人たちに聞かせたいセリフでした。

また、原題の副題にあるように、グンジャン・サクセナという女性軍人は、1999年のカールギルでの印パ衝突で活躍した女性パイロットとして知られている人ですが、そのシーンでも、最近の愛国映画が久しく忘れていた表現を聞くことができました。それは、「敵(ドゥシュマン)」という単語です。前線であるシュリーナガル空軍基地に送られたグンジャンらの部隊メンバーに対し、指揮官のディリープが状況を話す場面での彼のセリフは「敵は管理ラインを越え、侵入した」で、この後も一貫してディリープは「敵」を使い、「パキスタン」という国名は出しません。これは、1990年代になるまでほとんどのヒンディー語映画が守っていた約束事で、はっきりわかっている印パ軍事衝突のシーンでも、相手を「敵」としか呼ばなかったのでした。インド映画の検閲条項にある「16.外国との友好関係を損なわないこと」に基づき、具体的な国名を挙げるのを避けたやり方がずっと続いていたのです。本作でも直後のテレビニュースのシーンでは「パキスタンが...」と国名が繰り返されるのですが、最近の映画ではあからさまに反パキスタン思想が横行しているのを考えると、配慮した表現だと驚いたのでした。

そのほか、本作ではグンジャンの父親の公平なものの見方が、いろんなシーンで観客の心に響きます。多くはグンジャンを諭しているシーンなのですが、演じているパンカジ・トリパーティーの物静かな言い方がまた素晴らしく、女性差別にしろ愛国心にしろ、ヒステリックにならずに観客に考えさせる方向に持って行く、説得力のある演技でした。事前に読んだ映画評で、パンカジ・トリパーティーの評価が高かったのも大納得でしたが、「『グンジャン・サクセナ』の忘れられない7つのセリフ」と題するこんな記事までアップされていて、パンカジ・トリパーティーも、そして監督・脚本のシャラン・シャルマーも嬉しかったのではないかと思います。

しかしインドでのリリース後、いろんな批判も出ています。実際に空軍の女性パイロットだった人が「あんな差別はなかった。映画は誇張しすぎて事実をねじ曲げている」と批判したり、「グンジャン・サクセナはカールギルで活躍した唯一の女性パイロットではないし、また、最初に偵察飛行を命じられた女性パイロットでもない」という指摘があったりしました。それに対しては、グンジャン・サクセナ本人(上写真左)がその批判に答える形の記事が出て、「唯一の女性パイロットだとか、最初に飛んだ女性パイロットだとか言っていないし、これはカールギル事件のドキュメンタリー映画でもありません。女性差別も、私はここに描かれているよりもっと強い鉄の意志をもって臨まないといけないほどのものでした」と述べ、また別の記事では、映画製作の過程で自分も現場に足を運んだことや、相談相手になったことを明かしています。

映画評の星取りは、おおむね★3つ~4つという結果でベタ褒めではありませんが、久々にいろんな論争も喚起して話題となった『グンジャン・サクセナ ー夢にはばたいてー』でした。兄アンシュマン役を演じたアンガド・ベーディーも、これまでは美人女優ネーハー・ドゥピアーとデキ婚をした元モデルの男優、というぐらいの認知度だったのが、本作で一気に注目度が上がりました。ジャーンヴィー・カプールも、本格的な女優への一歩を踏み出したと評価されたようで、今後の活躍が期待されています。いろいろ小さな欠点もある作品(例えば腕相撲シーンのわざとらしさや、音楽の使い方の甘さetcc.)ですが日本語字幕(あ、カタカナ表記ですが、空軍基地のある地名Udhampurは「ユーダンプール」ではなくて「ウダム(orン)プル」、人名「シェカール」は「シェーカル」が正しいです)で見られるこの機会に、ぜひご覧になっておいて下さい。インド版予告編を付けておきます。

GUNJAN SAXENA: The Kargil Girl | Official Trailer | Netflix India

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『きっと、またあえる』のコ... | トップ | 『きっと、またあえる』のコ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

インド映画」カテゴリの最新記事