
79南稚内-77勇知(歩)76兜沼-79南稚内-78抜海-80稚内(特急)74豊富(バス)72幌延(特急)80稚内
まず、ホテルから歩いて5分の南稚内から5時25分発の上り始発普通に乗ることに。
南稚内は右側に駅舎のある相対式、両ホームは稚内寄りの跨線橋で結ばれている。2番線発着となるのは、自分の乗った朝一番の名寄行だけで、それ以外は駅舎のある1番線発着となっている。現状のダイヤだと列車同士の交換はないが、隣の稚内が棒線だから錆取りを2番線で発着させてでも余裕を持たせているのだろう。駅舎は平屋建て、待合室とみどりの窓口があるが、みどりの窓口は6時10分~17時50分の営業だったのを、今年3月から14時00分の営業としている。券売機はあるが、天塩中川までしか買えないから、窓口が閉まった後にそれ以南に行く場合は車内での精算となる。天塩中川でも2,320円だから、車内精算だとそれ以上の金額を払うことになるけど。駅構内は相対式だが、2番線と逆側に側線があり、旭川寄りの保線車庫につながっている。また、1番線からは稚内方面へ側線が旧・稚内機関区の方へ向かって延びている。稚内駅は棒線のため、特急列車が折り返している間、普通列車は南稚内駅へ一旦引き上げて、この側線に留置される。稚内~南稚内間も利用者がいるから、その回送を運転扱いしても良さそうだが、その利用者は少ないから赤字が増えるだけだろう。昔の南稚内駅は、その稚内機関区の北、宗谷本線をオーバーパスする陸橋付近の手前にあった。1952年に1キロ南の今の位置に移動となった。駅前広場はタクシー乗り場とラインで仕切った駐車場が整備、それに面して稚内海員会館やホテル宗谷があるが、両方とも宿泊営業は取り止めになっている。宗谷バスは駅前に乗り入れず、市内線は海員会館の裏から、それ以外の路線も国道40号線沿いのバス停からの発着となる。宗谷岬方面も国道40号線沿いのバス停からの発着で、南稚内で乗り換えれば時間が浮くが、普通の観光客にとっては稚内駅で乗り換えた方がわかりやすい。駅周辺の商店は少ないが、国道40号の方に出ると、郊外型のチェーン店や、道北のローカルスーパー『西條』もある。
南稚内発5時25分、抜海を飛ばして、勇知には5時47分に到着した。勇知は右側に片面ホームのある構造、ホームそのものは周辺と同レベルとなっているから、待合室の周りほとんどが出口になっている。以前は相対式だったが、下り線とホームは廃止となり、今の形となった。待合室駅舎は車掌車を改造したもので、旧駅舎跡地の北側に設置、2014年に改修され、外壁はステンレスコルゲート風に、内部のベンチも座布団つきのものとなり、トイレもあった。駅前には診療所、周辺には民家があるが商店は撤退しているようだ。
勇知からは歩いて兜沼へ向かうことになった。経由するルートは線路に並行しておらず、離れたところで丘に上がる感じだが、距離としては宗谷本線の駅間と同じ5.8キロとなっている。勇知駅から歩くこと50分、丘の頂の辺りで稚内市から豊富町に入る。カントリーサインの看板があるということは車もそれなりに通るということなのだろうか。さらに20分ほど歩くと勇知より大きい集落に入り、兜沼駅に到着した。
兜沼駅は右側に駅舎のある相対式、以前は2面3線に稚内寄りからの側線があった構造だが、島式ホーム外側1線と側線は撤去された。両ホームは稚内寄りの構内踏切で結ばれている。駅舎は1988年に建替えられ、旭川寄りに偏った屋根を持つ構造、無人駅では大き目の駅舎だが、待合室のスペースは半分以下、それ以外は倉庫になっているようだ。構内踏切から駅舎逆側の兜沼のキャンプ場方面への出口もある。ここもホームは駅周辺と同じレベルで段差はない。周辺の集落は比較的大きく、小中学校や郵便局、農村環境改善センターがあり、月2回役所の支所が開所する。ただ、商店や食堂を見つけることはできなかった。キャンプ場を利用しなくても、インフォメーションセンターで食事できるか気になるところだ。駅に着いて10数分後に来た7時33分の列車に乗車、抜海駅で降りずに、南稚内のホテルで休むことにした。抜海駅で3時間以上待って上りで折り返したとしても、後に駅降りする豊富で下りと交換して、意味がないからだ。
1時間半ほど休んで、ホテルを10時にチェックアウト、南稚内駅周辺を散策した後、10時32分の普通名寄行に乗車した。南稚内の隣駅、抜海で下車、隣駅といっても13分かかる。抜海駅は左側に駅舎のある相対式、両ホームは旭川寄りの構内踏切で結ばれている。駅舎は開業時からの木造駅舎を改修したもの、ホームと駅舎の間、駅舎と駅前広場の間の扉は二重構造になっている。待合室は白地に赤い桟が特徴的、冬場は近くでゴマフアザラシを見ることができるため、待合室には少年アシベのコミックとゴマちゃんのぬいぐるみがあった。これは作者の森下裕美先生も公認しているようだ。駅周辺には民家が一軒あるだけ、海の方へ10分ほど歩いて、さらに日本海オロロンラインを20分ほど歩くと抜海の集落に出る。そのため、利用者は少なく2021年3月に廃駅になる予定だったが、稚内市による維持管理にすることで先延ばしに、レンタサイクルや乗合タクシーの実証実験を行なったが、稚内市は2022年度で維持管理を終了することになった。
抜海発11時48分の列車で稚内へ向かった。稚内は右側にホームのある片面、駅舎は線路の終点の先にある複合施設『キタカラ』に入居している。以前は島式で左側に駅舎のある構造だったが、南側に100メートルずれた上で、右側の2番線が撤去され、棒線構造となった。ホーム柱についていた『旭川駅より259.4キロ』、『札幌駅より396.2キロ』『函館駅より703.3キロ』『東京駅より1547.9キロ』『指宿駅より3057.4キロ』『西大山駅より3068.4キロ』は駅名のホーロー看板とともに、ホーム柵に移動となっていた。指宿がチョイスされたのは、知名度の兼ね合いなのだろう。窓口は、2017年まで早朝、深夜も開いていたが、今では6時10分から17時45分までとなっている。つまり、朝一番の特急が出発する26分前から最終特急が出発した1分後までの営業だ。また、クレジットカード専用の指定席券売機があるが、これも窓口の営業時間に準じており、早朝、深夜に『えきねっと』で発券したチケットを受け取ることはできない。音威子府までのきっぷだったら自動券売機で購入可能だ。駅ビルである『きたから』は2012年に竣工、1階には待合室のほかに、道の駅の施設である土産物屋、食堂、セイコーマート、バスセンターが入居している。バスセンターは夜行バスがある兼ね合いで遅くまで窓口が開いている。2階には3スクリーンを持つ映画館『T・JOY稚内』やキッズルームなどが入居、3階~5階までは高齢者住宅『ふれあいの里』が入居する。駅ビルに映画館が入る例は意外と珍しく、横浜、大阪、博多、熊谷、大分くらいだと思われる。昼食は駅構内の食堂でホタテとタコの揚げ物が乗った稚内丼となった。
稚内発13時01分のサロベツ3号は、送り込みの宗谷1号が鹿追突で20分遅延した影響で、14分遅れの13時15分発となった。充当車両はキハ261系5000番台「ラベンダー編成」、発車間際に乗った車両は最後尾のフリースペース車『ラベンダーラウンジ』、海側のボックス席、山側の窓を向くカウンター席で構成されており、内装は木目を基調
、シートは茶色の牛革で、床も木目の絨毯となっている。車内の客は少なく、自分を含めて5人ほど、カウンターで車窓を見ながら、コンセントからスマホを充電した。
豊富には13分遅れの13時55分に到着、ホーム有効長の関係で最後尾の車両はドアが開かないので、前の車両に移動した。豊富は右の上りホーム側に駅舎のある相対式、左の下りホームの稚内寄りと上りホームは跨線橋で結ばれている。旭川寄りから駅舎側へは横取線が分岐している。駅舎は1966年に建てられたコンクリートの平屋建て、入口は二重で横から入る構造になっている。国鉄時代の1984年から無人駅となっており、昔は駅舎内のキヨスクで切符を買えたが、のちに駅舎隣の観光情報センターでの販売に、今は観光情報センターでは普通の切符は購入できないので、特急に乗る場合は車内で購入する形となる。待合室横には『すてーしょん』という喫茶店が入居しているが、今日は休業日だった。駅前広場は舗装されているだけ、周囲は豊富町の中心街で、駅から歩いて5分のところにスーパー、さらに歩いて国道沿いにはセイコーマートがある。駅前広場から少し外れたところには、オエ61形救援車が静態保存されているが、保存状態は悪く、車両へ上がる階段もボロボロだった。
14時40分の沿岸バスで幌延へ、乗客数人を乗せて豊富温泉を経由、幌延深地層研究センター前で一旦運賃を精算して、幌延駅には15時09分に到着した。、
幌延は、右側に平屋の駅舎のある相対式、両ホームは跨線橋で結ばれている。羽幌線があった頃は2面3線だったが、今は島式の外側の線路は側線扱いで列車は乗り入れない。さらに外側にも側線が数本あり保守車両が留めてあった。列車は基本的にホーム側の1番線発着だが、特急と交換する11時46分の普通名寄行、18時40分の普通稚内行は2番線発着となる。有人駅で7時10分から15時00分まで窓口扱いを行う。7時10分は旭川行サロベツが発車する22分前、16時30分と22時53分の稚内行サロベツ、18時39分の札幌行宗谷に乗る場合は車内で特急券を買うことになる。駅事務室に隣接して幌延町のインフォメーションセンター『ホロカル』、こちらは9時00分から16時00分までの営業なので、駅窓口より少し遅くまで開いている。レンタサイクルで時間を潰そうと思ったが、15時30分までの営業だったのでやめた。待合室には冷凍食品の自動販売機があり、ラーメンの他、トナカイソーセージ、幌延ジンギスカンといった地元の商品を販売していた。駅前広場は舗装されただけでラインはなし、豊富よりは建物が多く、スーパーも2件並んでいた。ただし、セイコーマートは豊富より外れにあった。
豊富発16時29分の特急『サロベツ』稚内行は3分遅れ、さっきまで乗っていた旭川行は13分遅れだったから、交換を行った豊清水信号所まで8分遅れまで回復したことになる。旭川で『サロベツ』から11分接続の『ライラック』は接続待ちをしないで定刻通りに発車できたのだろう。利尻富士を見る観光徐行もあって、南稚内には5分遅れの17時24分に到着した。
この時間なら、ホテルの荷物を受け取っても、札幌への最終列車である特急『宗谷』に間に合うが、稚内発23時00分の夜行バスを札幌まで利用して、宿代を浮かせることにした。旅行の計画を立てた時点では、Peachきた北海道フリーパスを使えば、特急『宗谷』で札幌まで乗りとおせるということを知らなかったからな。バスの発車まで5時間あったので、去年秋にリニューアルしたみなとの湯で、入浴だけでなく食事と充電して、閉店の22時まで時間を潰した。稚内駅の映画館でコナンを見るという手もあったけどね。
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