先日
総合ニュースでの記事で「誰この方?」状態だったパク・チャンシク氏の昔のインタビューが出てきたのでご紹介です。
もとサイトは見られなくなっていましたのでコピーサイトからです。
《太王四神記》総まとめ│ 「英雄とは何かと思ったら成功だと思う」
(要するに太王四神記についてのインタビューです。2007年11月)
製作期間3年、製作費400億ウォン。 <太王四神記>を記述するには、必ずこの言葉が付いて回る。
製作規模と期間はもちろん、コンピュータグラフィックス、この作品のもう一つの俳優といえるほど、コンピュータグラフィックを多く使用された《太王四神記》は、その制作過程だけで一つの大河ドラマなことだろう。
3年間、ドラマの制作を総括したキム・ジョンハクプロダクションのパク・チャンシク理事に会って "太王四神記"がブラウン管に放映されるまでの話を聞いた。
Q:3年ぶりにいよいよ終わりに行く。どんな気持ちなのか。
パク・チャンシク:視覚的にだけ見れば、《太王四神記》は、これまでの作品の中で最高の努力をして最高の完成度を見せていると確信している。
もちろん欠点もあり、作品性の面から見たときは、視聴者たちごとに言葉が異なることもありますが、視聴者たちがこの作品を見て英雄とは何かと思ったら成功だと思う。
実は今からが問題だ。もう《太王四神記》を持って全世界にマーケティングをする必要があるからね。撮影終わったら一緒に動かなければならない。
"アジア全体が楽しむことができる、グローバルなドラマ"
Q:海外では、現在の反応がどうなのか。 日本では劇場上映もするが。
パク・チャンシク:ペ・ヨンジュンの人気と、我々が《太王四神記》で追求した方向が、日本側の好みに合致したようだ。
《太王四神記》は、基本的に5.1チャンネルで見るからそっちの劇場の需要とよく合った。
作品のクオリティを高める試みが成功したわけだ。 NHKの場合は、<太王四神記>を国内放送よりも細かく説明している。
俳優の一挙手一投足に応じながら、小さな傷のニュースまで報道する。
Q:だが<太王四神記>は輸出を通した収益が前提になってこそ成功する程多くの製作費が入った。 400億のドラマを制作した理由は。
パク・チャンシク:最初から400億を予想したのではなかった。本来はその半分ぐらいと考えた。
(笑)この頃視聴者たちの目の高さはすべてハリウッドの映画に合わせている。カメラアングルでもCGにしてももうハリウッドのレベルに追いついていないと難しい。
それをあわせてみると製作費も増えて1年半かかりさらに6カ月、また6ヶ月としながら、最終的に2年くらいとった製作期間が1年さらに遅くなった。
この作品の目的は、アジア最高の見どころを作ることだった。
世界までじゃなくても、アジア全体が見て楽しむことができるグローバルなドラマを作る時だと思っていた。
アジア人の見どころだけを満たしてくれることができる要素を見つけることができている場合は、ハリウッドに自信を持って対抗できると思う。
Q:ペ·ヨンジュンは、アジア市場のための最も強力な武器だ。あるメディアでは俳優がキャスティングされたのでなく製作会社とペ・ヨンジュンの合作という表現まで使ったが。
パク・チャンシク:それは否定しない。ペ・ヨンジュンがあったから、私たちも投資を引いてこられた。
しかし、韓流のためにペ・ヨンジュンをキャスティングしたのではない。
ペ・ヨンジュン側でキム・ジョンハク監督とソン・ジナ作家とともに作業したいという意向を明らかにした。
そうするうちに自然に韓流市場を念頭に置いた投資が入ってきて、我々が最も望んでいたドラマを撮ることができた。
Q :しかし、一部では台本を置いてペ・ヨンジュンが製作陣との意見の相違を見せたという報道もあった。
パク・チャンシク:全くありません。それはシナリオの定義について勘違いしているからだ。
どのようなドラマも、まだ作家が撮影直前まで一人で書いて渡します。しかし、私たちのドラマは撮影前に台本が全部出てきて、それをすべて読む。 CGやセットやそのようにすることができるではないか。
そして作家の基本的な路線があるが、監督や俳優は他の路線で行くことを考える。
特に監督と作家は色々な俳優と作業するが、俳優は基本的に自身にフォーカスを合わせて、相手俳優との呼吸を考える。
そのため、監督や作家が発見できなかったことを示すことができる。これは摩擦ではなく、合意だ。
もちろん、作家がシナリオの大きい構成を整えるが、具体的な方向は皆一緒に相談する。
ハリウッド撮影技法に次ぐと確信している
Q:シナリオの概念が既存のドラマと違うようだ。
パク・チャンシク:そうだ。このような規模のドラマで台本は作家一人だけのものではない。
事実<太王四神記>を作りながら最も痛感したのがシナリオの重要性である。
シナリオというのは作家の完成度もあるが、監督と俳優の完成度もある。
シナリオに荒野が登場するシーンがあれば中国に行くべきなのに、その当時の東北工程のために行けなくて、すると他の代案を探さなければならない。
CGも難易度に応じて、数ヶ月前に撮らなければならことがあって。 1話出てきた神話の中のシーンのようなものは数ヶ月かかる。
このような部分でシナリオが事前に出てきてこそ、必要に応じ製作することができる。
ところが、今回は24部までするというのは出たが、シナリオが完全でなくて完全事前製作ができなかった。
Q:製作が1年遅れた。 どの部分が問題だったか。
パク·チャンシク:プレッシャーもとても大きかった。このドラマ滅びれば韓流も終わりだという話があまりにも多かったから。
満足のいく結果が出るまで製作を続けた。特にCGが問題だった。数千カットCGを使って見ると予想できなかった問題が多かった。
たとえば、ブルースクリーンの前で演技者が後に谷があると考えて演技するとNGがはるかに多く出てくる。
そのため、一日に一カットだけしか撮れないことも生じて。こんなところで負荷が発生したか何度も問題が生じた。
グラフィックの費用は、全体の製作費の20%近く程度かかったが製作期間が長くなり、製作コストも幾何級数的に増えた。
このような部分で事前制作が切実に必要である。事前製作をするためには、撮影前に台本が70〜80%出てこなければならない。
Q:<太王四神記>の程度の規模を持った作品を作るために、制作チームは、どのように運営したか。
パク・チャンシク:製作システムではなく人の問題だ。もちろん製作システムは、ハリウッドのようにするのがいいだろう。
しかし、撮影のノウハウはどのような部分でもハリウッドよりも、私たちがいいと思います。
<太王四神記>のスタッフは15年の間同じ人だ。だから基本的にお互いに知っているのだ。
監督がなければ、助監督が、監督がしなければならない部分を、カメラ監督が代わりにすることもあるし。これが私たちのシステムだ。家族が作ったドラマだ。
そこに台本が撮影にふさわしい方式で整っているように出てくれば良い。他のものは問題ない。
台本が遅く出てくることをどうすることはできませんが、事前製作だけは必ずしなければならない。
その次は装備だ。 CGを使ったりスペクタクルシーンを撮るときは、機器が変わらなければならない。
Q:撃毬大会シーンは、特にスペクタクルとCGが一番派手に結合した。
パク・チャンシク:撃毬大会の場合、ハリウッドに負けない設備と努力が必要だった。
カメラが6台以上必要であり、撃毬の動線を取るためにすべての機器を、モーションコントロールに使用した。
そして撮影に必要な特別な機器を移動するには、トラック一台入る。
また、移動シーンのためにサッカーの試合を撮影する時、カメラが付いていくことができる装置も設置しなければならなくて、同時録音に必要な装備も新しく使わなければならない。
撮影しながら本当に試行錯誤も多かったが、個人的にはハリウッドで撮影する手法に次ぐと自評する。
<太王四神記>のような作品を他の人がまた企画したり製作すればモデルになることができるようだ。
近道で行くことができるのに無謀に帰ってきたんだから(笑)
"この作品はメロドラマではない"
Q:このような莫大な製作費をかけて戦闘シーンより戦わない王の話を盛り込んだ。 他の見方をすれば常識に反するものと言えるがそのような方向を選んだ理由は。
パク・チャンシク:企画段階では、高句麗を扱ったドラマが多かったが、高句麗は見えず、スターだけに見える場合がほとんどだったと考えていた。
それが残念で、この時代の英雄がどんな人ということが重要だった。
そして真の英雄とは何か、果たして土地だけを奪う人だったのかを考えた。だから、人々を殺さない王、人間的な王の話が必要だった。
大規模の戦闘ではなくそのような部分に焦点を当てたかった。なぜ戦ったか、何のために戦ったか。
Q:ところで結果は、広開土大王がどのような王なのかの話よりもファンタジーではなかったか。
パク・チャンシク:もちろん、時代劇では、事実性を探すことができる。しかし、高句麗の場合、そのようなデータが多くない。
私たちが高句麗を再現しても、それが本当に高句麗と同じだろうか?
だから、ファンタジーで作ったというわけではないが、歴史の話を見せることよりも、今のグローバルな流れに合わせて話を作りたかった。
Q:しかし、ファンタジーの要素のために定型化されたキャラクターで俳優たちの演技に制約があったとの指摘もある。 ムン・ソリの場合、本人の演技力に比べて残念だったという指摘がある。
パク・チャンシク:ムン・ソリの指摘があるということは、我々も知っている。 "ペ·ヨンジュンと合う合わない"と言うが、この作品はメロドラマではない。
この作品で必要なのは、ムン・ソリのように演技のプロの情熱を持った人だった。
たとえば、済州島で撮影をすると数日前に降りて行って馬に乗る練習から武術までそのままリハーサルをする。
そして撮影をする時も馬からすぐに降りて、その荒い息のまま、次のカットを撮って。
きれいに見える代わりに、その状況に情熱を尽くすということだ。
<太王四神記>のような作品には、そのような俳優が必要だ。他の俳優たちも同じだ。 特にチェ・ミンスは本当にそのような俳優がいない。演技する前に、徹底的に研究をしてくる。やつれた姿ワンカットを見せるために、ご飯を数日間食べない俳優がどれだけあるかと思う。
Q:韓流スターでない俳優としてペ·ヨンジュンはどうだったか。
パク・チャンシク:同じだ。すべてのアクションシーンのリハーサルを実際のようにそのままとったし、台本の助詞ひとつ落とさなかったよ。
制作費がもっとかかってもドラマを作らないことができない俳優だ。
骨が折れたが、撮影中にそのような俳優たちの姿を見て幸せだった。
Q:<太王四神記>以後、韓国ドラマは、どのような方向に行こうか。
パク・チャンシク:これからドラマは基本的に政府の政策の一環として作るべきだと思う。
放送局と外注製作社の役割にだけ縛れば何もならない。自動車数台に比べ、映画1本が優れているのに、なぜそうしないか。
少なくとも前半か後半一つずつグローバルな作品を作らなければならない。政策的に大きな画像を描いて国家ブランドに出なければならない。