COTE D'IVOIRE

アビジャンに住んでいました(1999.3-2002.10)
サイト《象牙海岸にて》の続編を綴ってみます。

プレトリア合意(L'accord de Pretoria)

2005年04月30日 | 国際会議・関係
2005年4月6日
プレトリア合意(L'accord de Pretoria)がアフリカ連合(AU)の調停役である、ムベキ(南ア大統領)により、ようやく締結された。
この合意に署名したのは以下の6名。

Thabo Mbeki :南ア大統領
Lauren Gbagbo :コートジボワール大統領
Seydou Diarra :コートジボワール首相
Alassane Ouattare :元コートジボワール首相、反現政府代表
Henri Konan Bédié :元コートジボワール大統領
Guillame Solo :反乱軍代表

主な項目は次のような点;
• 国内全域における戦争終結宣言
• 武器放棄および義勇軍の即時解体
• 武器放棄、復員、社会復帰について具体的スケデュール化
• 憲法35条(大統領立候補資格について)の改定配慮
• 和解政府の(再)構築
• 国連の独立選挙委における大統領選挙の実施

同じようなことを何度やるのか、という感じがしないでもないが、誰が仲裁するか、どこでどのようにやられたかのプロセスが重要なのかも知れない。フランスの仲裁では合意しかねるということでしょうが、、これでうまくいってくれると良いのですが、これでダメだったら、もうアトがないよね。
それにしても憲法改定の箇所は微妙な表現だけど、、これでワタラさんも了解したということは、改正するということだろうね。

Source全文:ccfdのページより
Source一部:フランス防衛庁より  

ついにイギリスも、撤退

2005年04月30日 | 国際会議・関係
2005年4月1日

4月バカと笑ってすませることができればよいのだけれど、、
どうやらイギリスの大使館は閉鎖されるらしい。
Source :http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/4399329.stm

和平プロセスは遅々として進まず、フランス人と間違われて、、というかいわゆる白人と見れば襲われたり、安全の保証ができないということでしょうな、
イギリスにとってみれば、フランスの利権の場所だから、投資を続ける意味もないということにもなるでしょうし、その点日本はまだ頑張って、大したもんです。、、というよりは、決断すべき人が決断できるような情報をお持ちではないのかもしれませんが、、現地でお仕事なさってられる方々には、頭が下がります。
お気をつけて、頑張ってください。