文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

熱く静かな叙情ウエスタン『荒野に夕日がしずむとき』

2017-11-18 08:46:00 | 第1章

 

1957年には、既に知遇を得ていた講談社の名編集者、丸山昭の計らいにより「少女クラブ」の本誌や別冊付録等に何本かの読み切りを執筆するようになる。

お正月増刊号に掲載された『荒野に夕日がしずむとき』(「少女クラブ お正月増刊号」57年1月15日発行)や、千年杉がそびえ立つ古い洋館で連続して起こった奇っ怪な事件の数々をサスペンスフルに綴った『千年杉の家』(57年11月号別冊付録、原作・みなみせいや)といった別冊付録掲載作品等である。

『荒野に夕日がしずむとき』は、『駅馬車』をはじめ、かねてより傾倒していたジョン・フォード作品に色濃く影響を受けたとされる熱く静かな叙情ウエスタンで、白人とインディアンの壮絶な戦いを軸に、少年と少女のひと時の淡い交流を哀感たっぷりに描いた力作だ。

主人公の少女、ジェニーは、一年前、インディアン退治へと向かったパパとボーイフレンドで幼なじみのジョンに会いに、アリゾナ州のアパッチ砦を訪れる。

ジェニーは、騎兵隊の隊長であるパパと隊員のジョン、同じく隊員で幼なじみのトニーと無事再会を果たすが、アパッチ砦は、度重なるインディアンの奇襲により、もはや陥落寸前であった。

ジェニーは、この土地でジョンとトニーという、二人の幼なじみに会えたことを大いに喜ぶが、ジェニーの知らない間に、ジョンとトニーの友情は、埋め難いほどの溝で引き裂かれようとしていた。

そんな二人を仲直りさせたいと思うジェニーであったが、ある時、隊長とジョンとジェニーは、捕虜であるインディアンが更なる人数を増やし、やがて、この砦を襲撃してくることを告げられ、アパッチ砦に戦慄が駆け抜ける。

隊長は、窮余の策として、インディアンの集落への偵察行きをトニーに命じるが、このことが、立場が上のジョンが臆病風に吹かれ、トニーに危険な任務を押し付けたものだという誤解をジェニーに与えることになり、ジェニーとジョンの関係をも悪化させてしまう。

そんな状況の中、内外に重苦しい緊迫を孕んだアパッチ砦に、夥しい数のインディアンの魔の手が、今まさに迫ろうとしていた……。

風雲急を告げるアメリカ西部の荒涼たる風景を独特の光彩描法と望遠ショットによって色濃く画面に伝えるテクニックは出色であるし、短いページ数でこれだけ濃縮されたプロットをまとめ上げた巧みなストーリーテリングからもわかるように、赤塚のストーリーテラーとしての才覚を十分に示唆した一本とも見受けられるだろう。

その後、ライバル誌「少女ブック」(集英社刊)からも原稿依頼が舞い込み、幼児の天真爛漫な感性と純真無垢な可愛らしさがほのかな笑いを引き起こす『ほがらか一家』(58年6月号別冊付録)、『マコちゃん』(57年7月号他)、『まさみちゃん』(57年10月号別冊付録)といった家庭漫画や、悲しみに翻弄されながらも、精一杯現実と向き合って生きる少女の誠実でひたむきな生き方が、やがて周囲の人々の心を動かしてゆくという、人への思い遣りや慈しむ心の大切さを瑞々しさを纏った筆致で切実に伝える『小鳩は嵐をこえて』(「少女ブック 夏の増刊号」57年8月10日発行)など、ダイダクティシズムを明瞭に意識した児童文学的側面を持つ作品を発表し、着実にそのキャリアを重ねていった。

ホームグラウンドである曙出版からは『消えた少女』を、新たに依頼を受けた若木書房からは『白い天使』、『お母さんの歌』といった単行本を描き下ろす。

 


文学的潤いを纏った名編『心の花園』

2017-11-17 17:26:00 | 第1章

 

しかしながら、続く第四弾『心の花園』(曙出版、57年3月5日発行)では、タイトルも版元である曙出版から決められ、注文通りのペシミスティックな少女漫画を描かざるを得なかった。

『心の花園』の大まかなあらましは、次のようなものである。

可憐で純朴な少女、よし子が生活する東北のとある小さな村に、東京から幸雄という少年がやってくる。

母親が突然亡くなったため、幸雄は父親と離れ、この村に住む叔母の家へと引き取られることになったからだ。

叔母夫婦は、近所に住むよし子を我が子のように可愛がっており、幸雄が我が家で暮らすことになったことにもまた、子供を持たない寂しさからか、非常に喜んでいた。

よし子には、ひろやすという少し歳上の親戚がいる。

ひろやすの父親は、戦後シベリアに抑留されたままで、ひろやすは母親と二人きりの生活を送っていたが、非行を重ね、不良仲間と付き合うようになるなど、次第にその性格は荒んでゆき、いつしか村人達から疎んじられる存在となっていた。

よし子は、誠実で優しい幸雄の人柄に触れ、急速に幸雄と親しくなってゆくが、ひろやすは、それが気に入らず、ことあるごとに幸雄に嫌がらせをしていた。

そんなある日、村で山火事が起こり、村人達はひろやすが放火したのではないかと疑惑の目を向ける。

だが、幸雄はひろやすの優しい性根を見抜き、彼らの身の潔白を信じていた。

やがて、放火犯人が捕まり、ひろやすは自分の身の潔白を晴らそうと奔走してくれた幸雄に感謝の念を抱くようになり、やがて、幸雄とひろやすの間で、固い友情が芽生える。

それから月日が経ち、東京に住む幸雄の父親が再婚することになり、幸雄は東京に帰省することになるが、よし子との間柄は、淡い恋心へと発展していた。

そう遠くないいつか、東京での就職を夢見て、上京してくることをよし子から聞かされ、期待に胸を踊らせていた幸雄だったが、二人のお互いへの眷恋の想いは、ある日突然引き裂かれることになる……。

唐突なまでに悲劇的な結末へと収斂されてゆく、少年と少女の出会いと別れをパテティックに綴ったドラマであるが、鮮やかな季節の推移の中で描かれる少年と少女の甘く切ない恋慕が、作品に物憂げな旋律を響かせつつも、大自然の山懐に広がる長閑な牧歌的風景を巧みに画面上に配することで、ロマンティックな叙情性を漂わせている。

さらに、登場人物達の心の揺れを的確に捉えた心理描写が、その静謐な筆致と重なり合い、作品に文学的潤いを醸し出す十全たるファクターになり得ている点においても、赤塚の物語作家としての進化の一端を窺い知ることが出来よう。

特筆すべきは、幸雄に想いを寄せる、名も語られぬ少女のえも言われぬ存在だ。

物語のプロローグやエピローグにインサートされた、幸雄を遠望する少女のスタティックな葛藤は、物語の外側に存在するオブジェクティブな悲劇でありながら、本作特有のリリックな景観に更なる深みを添える点景にもなり得ており、そうした彼女の涙と憂いに満ちたプロフィールが、読む者に対し、よし子と幸雄がともに過ごした日々への深い感慨を偲ばせるのだ。

気乗りせずに上梓した一冊であると、後に赤塚自身述懐していたが、初期の赤塚少女漫画を論じるにあたり看過出来ない、研究資料としてもバリュアブルな一作と言えよう。


高揚感溢れる痛快無比のエンターテイメント『嵐の波止場』

2017-11-15 23:20:31 | 第1章

 

12月10日、引き続き、曙出版より三冊目の単行本『嵐の波止場』を発行する。

不採用を覚悟で執筆したという少女アクション物で、『嵐をこえて』と同じくミドリを主人公とした物語が、三部作として、オムニバス形式で描かれた。

密輸団とのデッドヒートを縦横無尽に切り替わる感度の高いアングルで捉え、スピード感溢れるカット割りで切り紡いだ第一話、日常で起きた些細な盗難事件の謎解きをユーモラスに描いた第二話、そして、表題作となった『嵐の波止場』の第三話からなる構成だ。

『嵐の波止場』は、主人公のミドリが、宇宙観測用のロケット設計図を写したフィルムを巡り、スパイと攻防を繰り広げるアクション路線で、戦慄と鮮やかな躍動が交差した、高揚感溢れる痛快無比のエンターテイメントに仕上がっている。

クライマックスに、波止場で嵐が吹き荒れるシーンが連続するのは、締め切りに間に合わず、背景に細かいものを描き込む時間的余裕がなかったため、下絵のいらない嵐を描いたという苦肉の策から生まれたアイデアだったが、逆に眩暈を覚えるような荒れ狂った波止場の臨場感を煽り立てる異化効果が作用しており、疾風怒涛のストーリー展開も相俟って、漫画としての完成度は極めて高い。


ミステリアスなムードと幻想性が漂う『湖上の閃光』

2017-11-15 13:05:00 | 第1章

第二次新漫画党(寺田、藤子、つのだ、園山)に、石ノ森とともに入党を果たしたこの年の8月、赤塚は、『嵐をこえて』に続く二冊目の単行本『湖上の閃光』(曙出版、56年8月25日発行)を脱稿する。

前作同様、少女向けの貸本漫画で、版元も同じく曙出版だ。

『嵐をこえて』同様、女学生を主人公とした少女漫画だが、そこにアクションもののテイストを加味した意欲的な一本で、全編にミステリアスなムードと幻想性が漂った、当時の貸本向け少女漫画とは一線を画する不思議な味わいを纏った長編作品である。

森へと繰り出した少女が連続して失踪するという奇妙な事件を知ったみどりは、強い好奇心に駆られ、友達とともに事件解決に乗り出すが、事 件現場となった深林では、林立する木の木の葉が全て散ったほか、火の玉のような物体が霧の中を覆うなど、不気味な現象が相次いで目撃されていた。

少女の連続失踪事件とこれらの不気味な目撃情報との関連性を見出だしたみどり達は、更に独自の調査を進めてゆくが、その失踪事件には、彼女達が予想だにしない、恐るべき真相が隠されていた。

そして、その想像を絶するクライシスは、今まさにみどり達の行く手にも迫ろうとしていた……。

静寂に包まれた森と湖、舞台となる霧に閉ざされた謎の西洋風の古城等の風景描写には、ゾクゾクさせられるほどの妖しさと美しさがあり、景色の中でキャラクターを丸ごと捉えようとする斬新な演出がキラリと光っている。

また、構図のキメが前作以上に尖鋭となり、コマの移動とともに揺らぎ立つ耽美なイマージュが、作品世界に神秘的光彩を纏った広がりある空間を宿している点も特筆すべきだろう。

物語のクライマックスでは、湖畔にそびえ立つ古城が、実はロケットで、朝靄の中、轟音とともに宇宙に飛び立つというSF的な表現様式を垂直軸に捉えた壮大なスペクタルシーンが堪能出来るが、版元の社長(土屋弘)には全く歓迎されなかったという。


漫画梁山泊「トキワ荘」への入居

2017-11-15 09:24:00 | 第1章

デビュー作『嵐をこえて』が刊行される一ヶ月ほど前の5月4日、石ノ森章太郎がトキワ荘に入居したことが切っ掛けとなり、赤塚も石ノ森の部屋に転がり込むかたちで、トキワ荘へと移り住む。

トキワ荘は、当時豊島区椎名町五丁目にあった木造建築の二階建てアパートで、手塚治虫が入居していたことから、寺田ヒロオを筆頭に、手塚を慕う藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐ、石ノ森、赤塚のほか、後に、日本有数のアニメーション作家としてその地位を不動のものとする鈴木伸一(藤子不二雄の『オバケのQ太郎』に登場する人気キャラクター、小池さんのモデルとしても有名)、『のらくろ』で知られる田河水泡の元内弟子で、『らんたん祭り』、『赤い自転車』等、この時、貸本向け単行本に田園漫画を執筆していた森安なおや、東日本漫画研究会の同人仲間であり、石ノ森、赤塚の後を追ってやって来たよこたとくお、その後『星のたてごと』、『ファイヤー!』等、壮大な世界観ときらびやかなタッチで、多くの少女読者を魅了し、少女漫画の中興の祖と呼ばれる水野英子といった新人漫画家が続々と入居し、寝食を共にした伝説の漫画梁山泊だ。

当時、トキワ荘には、彼ら定住組以外にも、新漫画党(寺田ヒロオを総裁とし、「漫画少年」を中心に活動していた新人漫画家達が既成の枠に捕らわれない、良質且つ新鮮な児童漫画を執筆すべく結成されたグループ。第一次と第二次に区分けされ、第二次では大幅にメンバーチェンジが行われた。)の党員で、森安同様、田河水泡に師事し、その後代表作『ピックルくん』で、第一回講談社児童まんが賞を受賞する永田竹丸、漫画家引退後、アニメーターに転身し、『伝説巨神イデオン』、『戦闘メカザブングル』、『聖戦士ダンバイン』といった数々の名作ロボットアニメの作画監督として辣腕を振るう坂本三郎、戦前『冒険ダン吉』で人気を博した島田啓三に師として仕え、後に『うしろの百太郎』、『恐怖新聞』等で、オカルト漫画の第一人者となるつのだじろう、早稲田大学漫画研究会を立ち上げ、卒業後『がんばれゴンベ』、『ギャートルズ』等で、ナンセンス漫画界に独自の地平を切り開き、人気漫画家として長きに渡って活躍する園山俊二といった面々が足繁く通い、漫画家として切磋琢磨し合ったことでも知られ、今やその存在は、戦後漫画史におけるサンクチュアリとして、広く認知されている。

トキワ荘に入居するにあたっては、寺田ヒロオにより、仲間との協調性や児童漫画に対する高邁な理念を持ち合わせいることを第一前提としたほかに、プロのアシスタントが務まる最低限の技量や、穴埋め原稿の突発的なオファーに対応し得る才能を持ち合わせていることを条件とした厳しい審査が行われたという。

つまり、トキワ荘に入居出来たのは、単なる漫画家志望の若者ではなく、新人でありながらも、既に相当の実力を備えていた生え抜きの若手漫画家達であり、後に多数の大物漫画家が世に輩出されたのも、巧まずして起こり得た偶然ではなく、既にその時点で、不可避的な宿命を孕んでいたと言えるのだ。

だが、このトキワ荘に入居したばかりの頃は、赤塚のその破壊的なギャグの天分は、まだ眠っていたままであり、その才能を開花させるには、まだ暫くの時間が必要であった。