文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

遂に主役で登板 「ニャロメ この世はうらみでいっぱい」

2020-07-18 21:28:38 | 第4章

その場のノリだけで、一気呵成に描き上げたこのハチャメチャ過ぎるエピソードに、当初、自信無さ気な表情を浮かべていたという赤塚だったが、原稿を受け取った武居記者の大絶賛に、ニャロメがヒットキャラクターになるという確証を抱き、主舞台「週刊少年サンデー」の連載でも、大々的に売り出してゆこうと英断を下す。

そして、幾つかの助演エピソードを挟み、軽く肩慣らしをした後、1969年7月6日発売の第29号を皮切りに、二足歩行となったニャロメは、本誌「サンデー」を主戦場とし、再々度、主役級扱いでの見参を遂げる。

それも、24ページという、通常のレギュラー連載としては、異例のページ数を与えられての登場だった。

第29号掲載作品「ニャロメ この世はうらみでいっぱい」のあらすじはこうだ。

ニャロメは、自らも八百屋をオープンしようと、デコッ八をヘッドハンティングする。

ニャロメは、その特別報奨として、デコッ八に自転車を買い与えるが、デコッ八は自転車を受け取り、ニャロメを裏切り去ってゆく。

デコッ八に裏切られ、自転車までネコババされたニャロメは、復讐を誓い、ココロのボスに助けを求めるが、散々飲み食いされた挙げ句、またしても騙される。

次に、ブタ松を男として見込み、助太刀を頼み込むが、復讐の相手が親分のデコッ八と知ると、今度はブタ松がニャロメをコテンパンに叩きのめすことになる。

みんなからことごとく踏みにじられ、もはや味方は自分只ひとりだけだという絶望感に苛まれたニャロメは、言葉巧みに警官(目ん玉つながりではない)から拳銃を奪取。空き地の掘っ立て小屋に、デコッ八を人質に取り、立て籠る。

警官隊とともに、空き地にやって来たア太郎は、「デコッ八はおまえにやる‼」「おまえとふたりでやおやをやれよっ‼」と説得工作に乗り出し、ニャロメに立て籠りを解除させるが、跳び跳ねて歓喜に叫ぶニャロメが油断したその隙を附き、身柄を取り押さえてしまう。

場所は変わって、警察の留置所内。カバそっくりな同房の囚人に、脱獄を持ち掛け、配食を差し出すが、ご飯だけ食べられ、ここでもニャロメは裏切られた格好となった。

そして、ニャロメが鉄格子を握り締め、涙を滲ませながら、「おれは… おれは… ニャンゲンとタヌキとブタとケムシとイヌ(警察官のこと)とカバは」「もう もう‼ ぜったい信用しニャイぞ ニャロメー‼」と泣き叫ぶシーンでラストを締め括る。

オールドファンの間では、このエピソードのラストシーンに描かれている、悲歎に打ちひしがれたニャロメの咆哮が、実在した冤罪事件「八海事件」に材を取り、その審理中に製作公開された『真昼の暗黒』(監督/今井正)で、無実でありながらも、二審で有罪判決を受けた主人公の青年を演じる草薙幸二郎が、拘置所へ面会に訪れた母親との別れの際に、「まだ最高裁がある。最高裁があるんだ!」と叫ぶ有名なシーンのパロディーではないかと指摘する声がある。

確かに赤塚は、映画監督では、黒澤明に次いで、今井正を敬愛して止まなかったというし、また別の作品(『レッツラゴン』)で、件の「まだ最高裁があるんだ!」という台詞をギャグの一つとして、そのまま登場人物に語らせているシーンも実際にあるので、今となっては状況的な判断しか出来ようがないが、当エピソードでのニャロメが置かれた非情なその境遇も含め、この指摘が適切である可能性は極めて高い。


「花のガードマン」で再デビュー 新生ニャロメのブレイクスルー

2020-07-16 01:14:00 | 第4章

これほど抜きん出た個性を秘めたキャラクターが一回限りの登場で退場してしまうこと自体、武居には勿体なく感じたに違いない。

ニャロメの存在が気になって仕方がなかったという武居は、『花のデコッ八』のアイデア会議の際、再度このニャロメを主役に抜擢してみてはどうかと赤塚に申し立てをする。

主役を張るからには、やはりニャロメに人語を喋らせなければ様にならない。

違和感なくニャロメを人間と同様に動かすには、どのようなシチュエーションが想定出来るのか……。

その時のアイデア会議の状況を、アイデアブレーンとして参加していた長谷邦夫は、自著の中で次のように述べている。

「アイデア会議で古谷やぼくも頭をひねった。

「『長靴をはいた猫』って有名な作品があるじゃない」とぼく。

「ウンウン。何をはかせたらいいんだ」

「ちょっと長靴をはかせた絵を描いてみてよ」

赤塚がエンピツスケッチしてみると、なかなかヒョーキンで可愛い。担当編集者(名和註・武居)が何気なく、「ガードマンみたいですね」と言う。

「ガードマンね。猫だからギャアギャア鳴くギャードマンじゃないのか」と赤塚。

「ははは、それいいですね。『ニャロメのギャードマン』それいきましょうよ」」

(『ギャグにとり憑かれた男 赤塚不二夫とのマンガ格闘記』冒険社、97年)

赤塚が「ガードマン」を「ギャードマン」と発したことから、ニャロメの喋り口調も具体的なイメージが固まり、例えば、「アルバイト」を「アニャバイト」 、「かわいい」を「キャわいい」、「しあわせ」を「シャーワセ」というように、猫本来の鳴き声と人間の標準的な語り口とを融け合わせた特徴的なランゲージが、その持ち味として宛がわれることになった。

こうして、「週刊少年サンデー増刊」(69年3月23日号)掲載の「花のガードマン」で、たどたどしくも饒舌に人語を話す新生ニャロメは、初御披露目を果たすことになる。

ブタ松社長の会社で、ガードマンとして働くデコッ八には、デコという最愛の妹がいる。

気立ては良いが、自分にそっくりな顔立ちのデコを不憫に思ったデコッ八は、彼女の整形手術費を捻出すべく、給料の良いガードマンの仕事を選んだのだ。

 

デコッ八には、パワハラ紛いの言動を弄する嫌味な先輩ガードマンがいた。

先に勤務に入っていた先輩ガードマンは、遅れて来社したデコッ八に、早速遅刻のミスをネタにネチネチと怒鳴り散らす。

腰革ベルトと半長靴を身に纏い、肩で風を切りながら、堂々たる二本足でのし歩く新生ニャロメが、初御目見えした瞬間だ。

ニャロメは、デコにベタ惚れしていた。

いつものように、部下のデコッ八に苛々をぶつけるニャロメだったが、後程デコが弁当を届けに会社を訪れることを知ると、態度は急変。締まりのない表情を浮かべる。

そんな不毛な遣り取りをしている中、会社に金庫泥棒が入る。

金庫室に向かったデコッ八が、泥棒の覆面を剥ぎ取ると、何とその正体は、デコッ八の隣人のア太郎だった。

ア太郎もデコに惚れ込んでおり、デコの整形費用を工面しようと、犯罪に手を染めたという。

泥棒であること以上に、突然現れたこの恋のライバルに動揺の色を隠せないニャロメは、ア太郎を警察に突き出そうと頑なに主張するが、元々快く思っていないばかりか、猫ごときに大切な妹を嫁がせるわけにはいかないと判断したデコッ八は、ニャロメを縛り上げ、ア太郎を逃がそうとする。

そんな小競り合いが起こっている最中、弁当を届けに妹のデコが現れる。

自分の整形費用の捻出を巡って、こんなトラブルが起きていることを知らされたデコは、キョトンとする。

デコは自分の美貌に大いなる自信を持っていたからだ。

その後ア太郎は、野菜の行商を初め、デコとの結婚を励みに、汗水垂らして働く。

一方のニャロメは、恋に破れて発狂してしまい、鳥籠の中に閉じ込められる。

そして、吊るされた鳥籠の中で、「きゃーサツ‼ きゃーサツ‼ きゃーサツ‼」と鳴き喚き、ここでは学者風情であるココロのボスが、「こんなインコはメーズラシイ‼ メーズラシイ‼」とニャロメを見て驚いているところで、物語の幕が降りる。


アニメ「もーれつア太郎」の放映開始とスピンオフ作品「花のデコッ八」の連載開始

2020-07-13 20:52:01 | 第4章

1969年4月4日、NET系列で『もーれつア太郎』の放映がスタート。(~70年12月25日)テレビアニメとのシナジーを狙ってか、69年4月に新創刊された兄弟誌「DELUXE少年サンデー」にも、デコッ八を主役に迎えた『花のデコッ八』(69年5月号~9月号)のシリーズ連載が開始される。

当初、「週刊少年サンデー増刊」に『ア太郎』の番外編として描かれたこのシリーズは、初回の内容こそ、本誌「サンデー」版『ア太郎』の正編世界を踏襲したスピンオフ作品として展開したが、話数を重ねるごとに、講談でもお馴染みの海道一の侠客・清水次郎長をパロディー化した「東海一ケムンパス親分」(69年8月号)や、街の暴れん坊デコッ八が、八百×の不衛生な野菜を食したショックで、体がミクロ化し、街中を巻き込んでの大騒動を引き起こす「ミニミニデコッ八」(69年6月号)、一つの街で縄張り争いを続ける、ニャロメ率いるアメリカかぶれの野良猫グループと、ナポレオン皇帝 の愛犬・アポレオンの子孫を自称する、イヤミそっくりなフランス犬率いる野良犬グループのバトルに、用心棒として雇われたデコッ八とブタ松が絡む珍妙な赤塚版『ウエスト・サイド物語』(⁉)、「フランシーヌの場合は」(69年9月号)等、長編版『おそ松くん』同様、登場人物本来の明朗な性格に、陰影深い屈折感を浮かび上がらせた、ブラック度の高いギャグへと接近するエピソードも意図して描かれるようになり、正規連載版『ア太郎』の統一的な意義付けを歪ませたパラレルワールドへと、次第にその世界観は変容していった。

そして、これまでひと言「ニャロメ」としか鳴かず、四つん這いでヨチヨチ歩きをしていた野良猫・ニャロメが、二本足で立って走り回り、たどたどしい人語を喋り出してスパークするのも、本命版『ア太郎』ではなく、この『花のデコッ八』シリーズであった。

ニャロメは、『花のデコッ八』に登場した以前にも、「サンデー」本誌版『ア太郎』に、一度だけ主役としてフィーチャーしたエピソードが単発として描かれてはいた。

奇しくも、連載開始から丁度一年目に当たる68年第48号に発表された「ニャロメがわいてきた」がそれだ。

近所の子供達が「ニャロメ」と鳴く、風変わりな子猫を虐めている場面に遭遇したデコッ八は、その子猫が不憫に思い、浦島太郎よろしく、彼らから子猫を買い上げ、八百×へと連れて帰る。

だが、この子猫、勝手に飯びつ一杯のご飯を平らげるなど、とんだ厄介者で、これ以上ア太郎に迷惑を掛けられないと思ったデコッ八は、やんごとなく子猫をブタ松一家に預けることにする。

ブタ松からの仰せを承り、子分のブタ達は、子猫をしっかりお守りするものの、子分の一匹が子猫を散歩に連れて歩いていたその時、突然、ココロ・ファミリーの奇襲を受け、子猫を拐われてしまう。

子猫は、青山さんという一般家庭で飼われている行方不明中の迷い猫で、その不思議な鳴き声から取って、ニャロメと名付けられていた。

飼い主から謝礼を貰おうとココロのボスは、ニャロメを飼い主に引き合わせるが、ニャロメはデコッ八に懐いてしまい、飼い主のところから、再びブタ松の家へと舞い戻って来る。

ニャロメを引き渡したくない飼い主は、悩み抜いた結果、他のペットを引き連れ、ブタ松一家に居候を決め込むことになる。

だが、そのペットの中には、ライオンや熊、ワニといった猛獣もいて、ブタ松一家は動物園の様相を呈してくるというのがそのあらましだ。

ドタバタテイストが乱雑に満ちた痛烈なユーモアをリズミックに紡いで展開させる力業は、文句なしに圧巻で、スラップスティックという観点から捉えてみても、高いグレードを誇る傑作エピソードに仕上がってはいたが、この時、リーディングロールとなったニャロメには、赤塚世界の住民特有の激しい自己主張を披瀝するキャラクター性もなく、その身体設定もまだ、先に述べた通り、四足歩行のままの状態であった。