えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

わたしの居場所2

2019-02-13 07:32:35 | 書き物
『和也』

俺と、淳と、後は同じ学部の同級生3人。
少人数で細々と活動を始めた映画同好会。
ゆきが入ったのは、2年の5月だった。





「すみません」
小さな声が聞こえて、開きっぱなしの引き戸から覗いたのは、ショートカットの女の子。
朝原ゆきのという名前のその子は、映画同好会に入りたいと、一人で訪れた。



男の子みたいなショートカットで、化粧っ気が無くて。
まん丸くくりっとした目のその子は、少しずつ俺たちに馴染んで行った。
サークルの皆でお茶して、映画の話で盛り上がったりする時は、彼女は俺の隣に座った。
「どこに座ったらいいの」淳に聞いているから、
「ここに来ればいいよ」
と、俺の方から声を掛けたんだ。
今までのメンバーは俺を含めて5人で、俺の隣はいつも空いていたから…
そうするうち、映画を見に行った時も、彼女は俺の隣に来るようになった。
そして、いつの間にかいつも俺の隣には彼女がいた。
隣にいて色んな話をした。
映画はラブコメとサスペンスが好き。
コーヒーを飲むなら、砂糖抜きのミルクたっぷり。
普段は眼鏡を掛けないけれど、授業中と映画を見るときは、掛ける。



彼女は、映画を見終わると、まず俺を見てどうだった?と聞いて来る。
俺がイマイチかなと言って、ふーんと口を尖らせる時は、彼女は面白かったとき。
面白かった!と返すと、でしょ!っと言ってから嬉しそうにバーっと喋り出す。
映画が好きなことは同じでも、細かい好みは違ったりする。
彼女は決して『自分の好き』を押し付けなかった。
でも、俺の好きなアクション映画は、勧めたら見るようになったらしい。
見終わると、俺に色々質問してくる。
へえ~、と驚いたり、やっぱりねと納得したり。
楽しそうに聞いてる彼女は、無邪気な近所の小さな女の子みたいだった。
その頃から、ゆきと呼びはじめたから尚更だ。
みんなはゆきちゃんと呼び、俺もそうだったけれど。
「呼ぶのにゆきだけの方が、簡単で呼びやすいよな」
いいことを思い付いたと、ゆきに言うと、
「それじゃ、近所のお兄ちゃんみたいじゃない…」
と、嬉しいのか嬉しくないのか、よく分からない顔をした。
「あれ?やなの?」
「べつにーやじゃないよ」
そう笑ってみせた顔は、もういつもの彼女だった。


それからは、大学構内のサークル棟の部屋で、毎日のように集まっていた。
人数が少ないサークルだからか、狭い部屋でみんな集まるとぎゅうぎゅうだ。
でも皆気を使わないメンバーだったから、ずっと一緒にいても気楽だった。
それは、ゆきも同じこと。
すっかり馴染んだゆきは、サークル棟の部屋にいつも遅れてやって来る。
すると、持ち込んだソファに座ってる俺の横に、決まって座るのだ。
「今日はどうするの?」
とゆきが言うと、それから俺が考えた。
それが、日常になって行った。
そんな日常が続いた辺りで、よく言われるようになった。
「二人は、付き合ってるの」と。
そんな風に見えるのかと、正直驚いた。
女の子扱いをしない訳じゃないけど、俺にとってゆきは近所の小さな女の子みたいなものだ。
好きだとか付き合いたいとか、思ったことはなかった。
めちゃくちゃ気は合うし、一緒にいて気楽だけれど。
そもそも、大人っぽい綺麗な子が好きな俺からしたら、ノーメイクで年中パーカーやチノパンのゆきは論外だ。
それを知ってるゆきはそんなことを言われた時は、
「残念でした。村上くんは映画に出てくる美人女優がタイプなんだよ。大外れ 」
そう言って笑ってた。
だから、俺も一緒に笑ってた。
ゆきの顔が、いつもの笑顔だと思ってたから。
そんな仲のいい皆と、ぬるま湯みたいな時間を過ごしていた毎日。
それが、すっかり変わってしまうなんて、思ってもみなかった。



3年になった春。
ゆきと同じように、同好会に入りたいと1人で訪れた子がいた。
開いているドアを軽くノックしてから、さっさと入って来た彼女。
「はじめまして。木原陽子です」
はきはきと自己紹介する彼女は、見るからに大人っぽい子だった。
毛先で巻いたロングヘア、綺麗に彩られたネイル。
念入りに塗られたシャドウ、その上に立ち上がってる睫毛。
ぽってりとした唇に乗ったローズカラーは、映画に出てくる美人女優みたいだ。
かっちりめのグレーのスカートに、ゆるめのシャーベットピンクのシャツ、ピンクのパンプス。
俺は目をパチパチさせてしまった。
女の子から、こんなものすごい情報量を受け取ったのは、久しぶりだ。
何せ、ここのところずっと目にしてたのは、ひたすらシンプルなゆきだったからな…
こんな細々と活動してる同好会だ。
すぐに入会を決めた彼女は、ゆき不在の俺の隣に座り、俺に色々質問してきた。
隣に座ると、いい匂いがする。
化粧品の匂いやシャンプーの匂い。特に化粧品の匂いは、ゆきからは感じたことが無いものだった。


ちょうどその週は、用事があってゆきは帰省中で、来ないと知っていた。
せっかくだからと、皆でいつものカフェに行った。
木原さんは、当たり前のようにいつもはゆきが座る、俺の隣に来た。
いつもと違う香り、彼女が頼むゆきとは違う飲み物。
俺に話しかける時の、すっと伸びた指の動き。
いつもと違い過ぎて刺激が強かったのか、心臓が落ち着かない。
どこを見たらいいか分からなくて、つい口元を見てしまう。
ぽってりとした唇が動くのを見て、またドキドキする。
どうしたんだ、俺。
彼女は、特に映画好きと言うわけではないが、映画に詳しくなりたいんだそうた。
有名な映画しか知らないから、もっと色んな映画を知りたいし見てみたい。
だから色々教えてねと、俺ににっこりしてみせる。
そこは映画好きとしては張り切る所だったし、その笑顔を見て俺の顔はたちまち緩んだ。
ただ、会話が盛り上がると言うより、俺が一生懸命解説してる状態だったけど。
明日も授業が早く終わるから来るねと言って、彼女は帰って言った。
ずっと彼女を見て喋ってた俺は、見送った後ボーッとしてしまった。
その週、木原さんはマメに顔を出した。
そして、サークル棟に来ると当たり前のように、俺の隣に座った。
俺は、ゆきをゆきちゃんと言ったように、横に座った彼女を陽子ちゃんと呼んだ。
でも、名前をちゃんづけなんて恥ずかしいと言われて、結局木原さんになった。
名前を呼んだら、恥ずかしがったけど嬉しそうに照れてたゆき。
…ゆきとは、違うんだな。
金曜日、淳がこそっと
「和也、ゆきちゃんが来たら木原さんどこに座らせるんだよ」
と言ってきた。
…いけない。
ゆきのこと、すっかり忘れてた。
「どうするって?」
「いつも隣に座ってたのは…」
「ああ…それか。まあ、席が決まってる訳じゃないんだから、いいんじゃないか。ゆきだって、ここじゃなきゃ、なんて思ってないだろ」
「…それは、そうかもしれないけど…」
その時の俺は、淳は相変わらず心配性だなとしか、思ってなかった。
鈍感なヤツだったんだ。


案の定、週が明けてゆきが戻って来ても、木原さんは俺の隣に座った。
まあ、ずっとゆきが隣だったなんて、木原さん知らないんだから、しようがない。
二人は同じクラスみたいだが、よくは知らないらしい。
簡単な自己紹介はしていたが、そんなに喋っていなかった。
それから、お茶をするのも映画を見るのも、ゆきと入れ替わるように木原さんが隣に座った。
そして、ゆきは淳の隣に。
淳の横に座るようになったゆきを、気にしないわけじゃない。
でも、ゆきと隣に座ろうなんて約束はしていないんだから…
淳と楽しそうにしてるのを見ながら、そんな言い訳じみたことを呟いていた。
むしろ、横を向くといい香りのする木原さんが俺を見る。
そんなことに浮かれていたんだ。
ただ…
ゆきと木原さんとは違うってことを、俺は少しずつ分かりはじめた。。
映画を見てる時や見終わった後。
見てる最中に色々聞いて来る。
見終わると、まず自分が面白かったかどうかを、言ってくる。
それを言うと、満足してしまうのか立ち上がってしまうのだ。
エンドロールまで我慢が出来ないの、とある時言っていたけれど…
俺は、と言いかけた言葉がしぼんで、消えて行く。
映画を見た後は、ゆきと感想を色々言い合って、盛り上がってた。
相手が聞いてくれないのでは、自分だけじゃ盛り上がらないものなんだ。
そんなことに、ゆきが離れてから気づいたんだ。


それからのゆきは、木原さんがいてもいなくても、淳と一緒にいるようになった。
俺は木原さんばかり見ていて、気にもしなかった。
だから、木原さんがいない時は、俺は1人になった。
1人になったからって、今さらゆきに隣に来いよとも言えない。
淳は前からゆき贔屓で、俺がゆきをからかってゆきがふくれると、いつも宥めてた。
淳は、ゆきが隣に来ると嬉しそうだ。
ゆきも、淳といる方が楽しそうに笑ってるように見えた。
それは、隣にいないからそう思うのか…
そう思ったら、なんとなく胸の奥をぎゅっと掴まれた気がした。
それがなんなのかは分からない。
でも、深く考えることもなく目を逸らした。
だって俺は、木原さんが彼女だったらなんてこと、想像したりしてたんだから。
しかも、もしかして木原さんも満更でもないかもなんて。
でも、すぐに俺は現実を知ることになった。



夏が過ぎ涼しくなりはじめた頃、木原さんがサークル棟にくる回数が減っていった。
気にはなったけれど、何故かなんて聞けない。
そもそも俺は、木原さんのことをどう思ってるんだろう。
そして、同じように来る回数が減ったゆきのことは…
あんなに浮かれてたくせに、そんなことを考えてモヤモヤした。
そして、10月も終わる頃。
木原さんが久しぶりに姿を見せた。
いつものように俺の隣に座ると思ったのに、立ったまま。
「久しぶりだね。どうしたの、座らないの」
「村上くん、久しぶりね。あの、ちょっと言いたいことがあって」
言いたいこと?
何だろう、いきなり。
「え?うん、何?」
「私、同好会辞めようと思うの」
「え、どうして?映画に興味無くなった?」
そう言うと、気まずそうな顔をする。
「そうじゃなくて…実は私、好きな人がいて」
「好きな、人?」
一体、何の話なんだ…?
「その人がかなりの映画通なの…私、彼の気を引きたくて。だから、同好会で色々教えて貰って、手っ取り早く映画好きになろうと思ったの」
「それが入る理由だったんだ?」
「うん…ごめんね、不純な動機で」
「そんなのは、全然…で、その好きな人とは上手くいったの」
「うん…ちょっと前から付き合い始めたの。上手くいったの、村上くんのおかげよ」
「俺の?何で?」
「映画のこと、色々教えてくれたじゃない」
「ああ…そうだったね」
…なんだ。
そういうことなのかよ。
ケロッとごめんね、なんて言って出て行く木原さんを、呆然として眺めた。
空回りもいいとこだな。
自業自得だけどな。
木原さんは、俺を誘うようなことなんて言ってないんだから。
1人で浮かれただけ。
俺は本当に馬鹿だ…