えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

わたしの居場所5

2019-02-16 07:47:55 | 書き物
『ゆきの』





お店の前で立ち止まったら、丁度ドアが開いた。
「淳くん」
「ゆきちゃん!久しぶりだね。さあ、寒いから早く入って」
ベルが鳴るドアを開けて入ると、お店の中は天井が高くて、大きなシャンデリアが輝いてた。
フロアには、ゆったりとテーブルが配置されていて、真っ白なクロスが掛けられている。
広い窓枠も、テーブルや椅子もモノトーンで統一されていて、落ち着いた雰囲気だった。
「淳くん…ずいぶん気張ったんだね」
袖を引っ張ってこそっと言うと、そうだろって言うように、肩をポンポンと叩かれた。
「ゆきちゃん、今日はパーティールーム貸し切りだから、こっち」
淳くんの後をついて行くと、1番奥にあるドアを開けて、促されて入った。
「わ、思ったより広いね。6人で使うの申し訳ないわ」
「そうなんだけど、ちょうど空いてたから…ゆきちゃん、そこにコート掛けて」
コートを掛けて振り向くと、部屋の片側はガラス戸になっていて、中庭が見える。
中庭は、ツリーやイルミネーションの飾り付けがされていて、きらきらと眩しかった。
「わあ、なんて綺麗なの」
窓にくっついて、思わず声を上げた。
そのとき、またドアが開いた。
振り向いてみたら…村上くんがいた。


「ゆき…久しぶり」
「うん、久しぶり」
ドアから私の方までまっすぐ歩いて来るから、思わず後ずさった。
後ずさったら、ピンヒールが絨毯に引っ掛かって、よろめいた。
村上くんの腕が伸びて、手首を掴まれてどうにか踏み止まった。
「危なかった…ゆき、大丈夫か?」
「あ…ありがとう…ごめんなさい」
「脚、挫いてないか?」
「うん…痛くないから…平気だと思う」
手首から村上くんの手が離れて、行き場の無いその手をガラス戸に当てた。
ガラス戸に顔を向けて、2人並ぶ。
中庭に目を向ければ、キラキラと点滅するイルミネーション…
憧れていたロマンチックな場面のはずなのに、ドキドキと胸の音だけが響く。
逃げ出したい…
勝手に足が動いた。
…いけない。
これじゃあ、何のために来たのか分からないじゃない。
そっと村上くんの方を伺うと、私をじっと見つめている。
部屋の灯りが映っているブラウンの瞳。
「…それ、そのワンピース」
ボソッと村上くんが投げた言葉。
それが、私の耳に大きく響いてドキンとする。
「え?」
「ゆきが着てる、それ。買ったの?スカート1枚も持ってないって…」
「あ!これ?そう、買ったの。仕事も決まったし1枚くらいは持ってなきゃって思って」
鎖骨が綺麗だからって、薦められた襟の開いたワンピース。
光沢のあるピンクのフレンチスリーブ、ウエストからフレアーになるベビーピンクのジョーゼット。
ちょうど膝丈にしたのは、脚が綺麗に見えるよって教えて貰ったから。
脚元はシャンパンホワイトの、初めて履いたピンヒール…
こんな格好、今まで興味が無かった。
でも、もう社会人になるし…何より村上くんに自分の違う部分を見せたかった。
もう、最後なんだから。


「よく似合ってるよ。ゆきって色白なんだな…今まで気がつかなかった」
「そう?就活で日焼けしたの、もうさめたのかな」
どうしよう…何を話せばいい?
最後なんだから、私の気持ちを言うって言っても…
「ゆき、卒業したら実家に帰るんだって?」
「あ、うん。淳くんに聞いたの?実家って言うより地元に帰って独り暮らしするの。実家はもう、兄夫婦がいるから部屋はないしね」
「そうか、じゃあ来年になったら引っ越すんだ」
「そのつもり。」
「そうか…もう、こっちに心残りはないのか?」
村上くんからこんなこと言って来るなんて…
どうしたの?
そうだ、大事なことを言わないと。
…ドキドキする。
「私ね、2年の頃からずっと、好きな人がいるの」
「好きな、人?」
「うん…告白はしてないけど…心残りがあるなら、それかな」
「そうか…」
村上くんは、じっと窓の外を見てる。
顔を見たいけど、目が合ったらどうしていいか分からない。
「だからね、せめて最後にこのワンピース、見せようと思ってるんだ」
「…え?今日見せるのか?」
「そうだよ…ね、もう皆来たし料理も並んだし、座ろうよ」
「あ、ほんとだ」
久しぶりに、村上くんの隣に座って思い出話をした。
同好会で色んな映画を見たこと。
いつものカフェのコーヒーが懐かしいこと。
村上くんに教えてもらったバンドにハマったこと…
思い出しながら話していて、もうこんな風に話すことも、ないんだと思った。
二人とも、まず仕事に慣れないといけない。
ただの友達に、いちいち連絡を入れる暇なんて、きっとない…
村上くんは、私がポツポツ話すことを、マメに相槌を打ちながら聞いてくれた。
私は、それだけでもういいかもしれないと、思った…
でも、やっぱり一言でも伝えたい。
私の我儘だって分かってるけど。


お開きになって、時間も遅いからとタクシーを呼んで貰った。
タクシーを待つ間、寒いから店の待ち合いスペースに二人で座ってた。
1人で待つのは嫌だって言ったら、来てくれたのだ。
本当は、たぶんこれでもう会えなくなるから、少しでも長く一緒に居たかったんだ…
コートをはおり、マフラーで首元を覆った私に、村上くんが不思議そうに聞いた。
「ゆき、これから誰かに会うんじゃないのか」
「え?もう遅いから、まっすぐ帰るよ」
「そうなのか?…だって、さっき…」
「あ、タクシー来たみたい」
外に出ると、村上くんもついてきてくれた。
乗り込もうとする私に、声を掛ける。
「ゆき、そのワンピース、好きな人に見せるって言ったよな」
気にしてくれたんだ…
もう最後だけど、嬉しい。
開いたドアに手を置いて、答える。
「好きな人になら、もう見せたよ…似合ってるって褒めてくれた」
「え…それって」
「村上くんのこと、ずっと好きだったの。褒めてくれて嬉しかった。同好会、楽しかったよ。ありがとう。さよなら」
バタン、とドアが閉まる。
閉まったドアを見たまま、村上くんは固まっていた。
私は行き先を告げてから、後部座席に沈んだ。
…言えた、好きだって。
もういいや、これで心残りはない。
学生時代の思い出に出来る。
私は次の日、帰省した。