『ゆきの』
お店の前で立ち止まったら、丁度ドアが開いた。
「淳くん」
「ゆきちゃん!久しぶりだね。さあ、寒いから早く入って」
ベルが鳴るドアを開けて入ると、お店の中は天井が高くて、大きなシャンデリアが輝いてた。
フロアには、ゆったりとテーブルが配置されていて、真っ白なクロスが掛けられている。
広い窓枠も、テーブルや椅子もモノトーンで統一されていて、落ち着いた雰囲気だった。
「淳くん…ずいぶん気張ったんだね」
袖を引っ張ってこそっと言うと、そうだろって言うように、肩をポンポンと叩かれた。
「ゆきちゃん、今日はパーティールーム貸し切りだから、こっち」
淳くんの後をついて行くと、1番奥にあるドアを開けて、促されて入った。
「わ、思ったより広いね。6人で使うの申し訳ないわ」
「そうなんだけど、ちょうど空いてたから…ゆきちゃん、そこにコート掛けて」
コートを掛けて振り向くと、部屋の片側はガラス戸になっていて、中庭が見える。
中庭は、ツリーやイルミネーションの飾り付けがされていて、きらきらと眩しかった。
「わあ、なんて綺麗なの」
窓にくっついて、思わず声を上げた。
そのとき、またドアが開いた。
振り向いてみたら…村上くんがいた。
「ゆき…久しぶり」
「うん、久しぶり」
ドアから私の方までまっすぐ歩いて来るから、思わず後ずさった。
後ずさったら、ピンヒールが絨毯に引っ掛かって、よろめいた。
村上くんの腕が伸びて、手首を掴まれてどうにか踏み止まった。
「危なかった…ゆき、大丈夫か?」
「あ…ありがとう…ごめんなさい」
「脚、挫いてないか?」
「うん…痛くないから…平気だと思う」
手首から村上くんの手が離れて、行き場の無いその手をガラス戸に当てた。
ガラス戸に顔を向けて、2人並ぶ。
中庭に目を向ければ、キラキラと点滅するイルミネーション…
憧れていたロマンチックな場面のはずなのに、ドキドキと胸の音だけが響く。
逃げ出したい…
勝手に足が動いた。
…いけない。
これじゃあ、何のために来たのか分からないじゃない。
そっと村上くんの方を伺うと、私をじっと見つめている。
部屋の灯りが映っているブラウンの瞳。
「…それ、そのワンピース」
ボソッと村上くんが投げた言葉。
それが、私の耳に大きく響いてドキンとする。
「え?」
「ゆきが着てる、それ。買ったの?スカート1枚も持ってないって…」
「あ!これ?そう、買ったの。仕事も決まったし1枚くらいは持ってなきゃって思って」
鎖骨が綺麗だからって、薦められた襟の開いたワンピース。
光沢のあるピンクのフレンチスリーブ、ウエストからフレアーになるベビーピンクのジョーゼット。
ちょうど膝丈にしたのは、脚が綺麗に見えるよって教えて貰ったから。
脚元はシャンパンホワイトの、初めて履いたピンヒール…
こんな格好、今まで興味が無かった。
でも、もう社会人になるし…何より村上くんに自分の違う部分を見せたかった。
もう、最後なんだから。
「よく似合ってるよ。ゆきって色白なんだな…今まで気がつかなかった」
「そう?就活で日焼けしたの、もうさめたのかな」
どうしよう…何を話せばいい?
最後なんだから、私の気持ちを言うって言っても…
「ゆき、卒業したら実家に帰るんだって?」
「あ、うん。淳くんに聞いたの?実家って言うより地元に帰って独り暮らしするの。実家はもう、兄夫婦がいるから部屋はないしね」
「そうか、じゃあ来年になったら引っ越すんだ」
「そのつもり。」
「そうか…もう、こっちに心残りはないのか?」
村上くんからこんなこと言って来るなんて…
どうしたの?
そうだ、大事なことを言わないと。
…ドキドキする。
「私ね、2年の頃からずっと、好きな人がいるの」
「好きな、人?」
「うん…告白はしてないけど…心残りがあるなら、それかな」
「そうか…」
村上くんは、じっと窓の外を見てる。
顔を見たいけど、目が合ったらどうしていいか分からない。
「だからね、せめて最後にこのワンピース、見せようと思ってるんだ」
「…え?今日見せるのか?」
「そうだよ…ね、もう皆来たし料理も並んだし、座ろうよ」
「あ、ほんとだ」
久しぶりに、村上くんの隣に座って思い出話をした。
同好会で色んな映画を見たこと。
いつものカフェのコーヒーが懐かしいこと。
村上くんに教えてもらったバンドにハマったこと…
思い出しながら話していて、もうこんな風に話すことも、ないんだと思った。
二人とも、まず仕事に慣れないといけない。
ただの友達に、いちいち連絡を入れる暇なんて、きっとない…
村上くんは、私がポツポツ話すことを、マメに相槌を打ちながら聞いてくれた。
私は、それだけでもういいかもしれないと、思った…
でも、やっぱり一言でも伝えたい。
私の我儘だって分かってるけど。
お開きになって、時間も遅いからとタクシーを呼んで貰った。
タクシーを待つ間、寒いから店の待ち合いスペースに二人で座ってた。
1人で待つのは嫌だって言ったら、来てくれたのだ。
本当は、たぶんこれでもう会えなくなるから、少しでも長く一緒に居たかったんだ…
コートをはおり、マフラーで首元を覆った私に、村上くんが不思議そうに聞いた。
「ゆき、これから誰かに会うんじゃないのか」
「え?もう遅いから、まっすぐ帰るよ」
「そうなのか?…だって、さっき…」
「あ、タクシー来たみたい」
外に出ると、村上くんもついてきてくれた。
乗り込もうとする私に、声を掛ける。
「ゆき、そのワンピース、好きな人に見せるって言ったよな」
気にしてくれたんだ…
もう最後だけど、嬉しい。
開いたドアに手を置いて、答える。
「好きな人になら、もう見せたよ…似合ってるって褒めてくれた」
「え…それって」
「村上くんのこと、ずっと好きだったの。褒めてくれて嬉しかった。同好会、楽しかったよ。ありがとう。さよなら」
バタン、とドアが閉まる。
閉まったドアを見たまま、村上くんは固まっていた。
私は行き先を告げてから、後部座席に沈んだ。
…言えた、好きだって。
もういいや、これで心残りはない。
学生時代の思い出に出来る。
私は次の日、帰省した。
お店の前で立ち止まったら、丁度ドアが開いた。
「淳くん」
「ゆきちゃん!久しぶりだね。さあ、寒いから早く入って」
ベルが鳴るドアを開けて入ると、お店の中は天井が高くて、大きなシャンデリアが輝いてた。
フロアには、ゆったりとテーブルが配置されていて、真っ白なクロスが掛けられている。
広い窓枠も、テーブルや椅子もモノトーンで統一されていて、落ち着いた雰囲気だった。
「淳くん…ずいぶん気張ったんだね」
袖を引っ張ってこそっと言うと、そうだろって言うように、肩をポンポンと叩かれた。
「ゆきちゃん、今日はパーティールーム貸し切りだから、こっち」
淳くんの後をついて行くと、1番奥にあるドアを開けて、促されて入った。
「わ、思ったより広いね。6人で使うの申し訳ないわ」
「そうなんだけど、ちょうど空いてたから…ゆきちゃん、そこにコート掛けて」
コートを掛けて振り向くと、部屋の片側はガラス戸になっていて、中庭が見える。
中庭は、ツリーやイルミネーションの飾り付けがされていて、きらきらと眩しかった。
「わあ、なんて綺麗なの」
窓にくっついて、思わず声を上げた。
そのとき、またドアが開いた。
振り向いてみたら…村上くんがいた。
「ゆき…久しぶり」
「うん、久しぶり」
ドアから私の方までまっすぐ歩いて来るから、思わず後ずさった。
後ずさったら、ピンヒールが絨毯に引っ掛かって、よろめいた。
村上くんの腕が伸びて、手首を掴まれてどうにか踏み止まった。
「危なかった…ゆき、大丈夫か?」
「あ…ありがとう…ごめんなさい」
「脚、挫いてないか?」
「うん…痛くないから…平気だと思う」
手首から村上くんの手が離れて、行き場の無いその手をガラス戸に当てた。
ガラス戸に顔を向けて、2人並ぶ。
中庭に目を向ければ、キラキラと点滅するイルミネーション…
憧れていたロマンチックな場面のはずなのに、ドキドキと胸の音だけが響く。
逃げ出したい…
勝手に足が動いた。
…いけない。
これじゃあ、何のために来たのか分からないじゃない。
そっと村上くんの方を伺うと、私をじっと見つめている。
部屋の灯りが映っているブラウンの瞳。
「…それ、そのワンピース」
ボソッと村上くんが投げた言葉。
それが、私の耳に大きく響いてドキンとする。
「え?」
「ゆきが着てる、それ。買ったの?スカート1枚も持ってないって…」
「あ!これ?そう、買ったの。仕事も決まったし1枚くらいは持ってなきゃって思って」
鎖骨が綺麗だからって、薦められた襟の開いたワンピース。
光沢のあるピンクのフレンチスリーブ、ウエストからフレアーになるベビーピンクのジョーゼット。
ちょうど膝丈にしたのは、脚が綺麗に見えるよって教えて貰ったから。
脚元はシャンパンホワイトの、初めて履いたピンヒール…
こんな格好、今まで興味が無かった。
でも、もう社会人になるし…何より村上くんに自分の違う部分を見せたかった。
もう、最後なんだから。
「よく似合ってるよ。ゆきって色白なんだな…今まで気がつかなかった」
「そう?就活で日焼けしたの、もうさめたのかな」
どうしよう…何を話せばいい?
最後なんだから、私の気持ちを言うって言っても…
「ゆき、卒業したら実家に帰るんだって?」
「あ、うん。淳くんに聞いたの?実家って言うより地元に帰って独り暮らしするの。実家はもう、兄夫婦がいるから部屋はないしね」
「そうか、じゃあ来年になったら引っ越すんだ」
「そのつもり。」
「そうか…もう、こっちに心残りはないのか?」
村上くんからこんなこと言って来るなんて…
どうしたの?
そうだ、大事なことを言わないと。
…ドキドキする。
「私ね、2年の頃からずっと、好きな人がいるの」
「好きな、人?」
「うん…告白はしてないけど…心残りがあるなら、それかな」
「そうか…」
村上くんは、じっと窓の外を見てる。
顔を見たいけど、目が合ったらどうしていいか分からない。
「だからね、せめて最後にこのワンピース、見せようと思ってるんだ」
「…え?今日見せるのか?」
「そうだよ…ね、もう皆来たし料理も並んだし、座ろうよ」
「あ、ほんとだ」
久しぶりに、村上くんの隣に座って思い出話をした。
同好会で色んな映画を見たこと。
いつものカフェのコーヒーが懐かしいこと。
村上くんに教えてもらったバンドにハマったこと…
思い出しながら話していて、もうこんな風に話すことも、ないんだと思った。
二人とも、まず仕事に慣れないといけない。
ただの友達に、いちいち連絡を入れる暇なんて、きっとない…
村上くんは、私がポツポツ話すことを、マメに相槌を打ちながら聞いてくれた。
私は、それだけでもういいかもしれないと、思った…
でも、やっぱり一言でも伝えたい。
私の我儘だって分かってるけど。
お開きになって、時間も遅いからとタクシーを呼んで貰った。
タクシーを待つ間、寒いから店の待ち合いスペースに二人で座ってた。
1人で待つのは嫌だって言ったら、来てくれたのだ。
本当は、たぶんこれでもう会えなくなるから、少しでも長く一緒に居たかったんだ…
コートをはおり、マフラーで首元を覆った私に、村上くんが不思議そうに聞いた。
「ゆき、これから誰かに会うんじゃないのか」
「え?もう遅いから、まっすぐ帰るよ」
「そうなのか?…だって、さっき…」
「あ、タクシー来たみたい」
外に出ると、村上くんもついてきてくれた。
乗り込もうとする私に、声を掛ける。
「ゆき、そのワンピース、好きな人に見せるって言ったよな」
気にしてくれたんだ…
もう最後だけど、嬉しい。
開いたドアに手を置いて、答える。
「好きな人になら、もう見せたよ…似合ってるって褒めてくれた」
「え…それって」
「村上くんのこと、ずっと好きだったの。褒めてくれて嬉しかった。同好会、楽しかったよ。ありがとう。さよなら」
バタン、とドアが閉まる。
閉まったドアを見たまま、村上くんは固まっていた。
私は行き先を告げてから、後部座席に沈んだ。
…言えた、好きだって。
もういいや、これで心残りはない。
学生時代の思い出に出来る。
私は次の日、帰省した。