『和也』
ゆきとホテルで久々に会った翌年、年度が変わる少し前。
異動が発表になった。
若手にはよくあることだし、そろそろじゃないかと噂はあった。
俺の名前があったから、やっぱりと思い場所を確認する。
…場所も。
誰かが行くんじゃないかと、言われてた場所。
まあ、東京から新幹線1本だし、東北の中では大都市。
心配なのは、冬の寒さと雪ぐらいか。
…ゆき。
結婚式で偶然会ってから、3ヶ月たつ。
メッセージを送って、言いたいことは言えるけれど、出来れば顔を見て話したい。
どうしようかと思っていたけれど、もしかしたら上手く伝えることが出来るかも。
最後のクリスマスパーティーの後、ゆきに言われた言葉でもやもやしたこと。
仕事の合間、ふとした時に思い出しては考えてた。
ゆきの表情、俺に話しかける声。
思い返してみると、ようやくそうだったのかと腑に落ちた。
ゆきの気持ちに。
俺がバカみたいに鈍感だってことに。
あれから、ぽっかり空いた穴は埋まってない。
仕事に没頭しても埋まらない穴…
埋めようとするなら、やることは1つだ。
それが分からなかったこの2年間、空虚な穴を抱えて、足が宙に浮いてるような違和感があった。
でも、偶然とは言えお膳立てが出来たんだから、やることをやろう。
もし、拒まれたら受け入れてくれるまで頑張るだけ。
まずは、引っ越ししないと。
『ゆきの』
年度が変わって、1人で営業にまわることが増えた。
任せて貰う仕事が多くなって、大変だけどやりがいもある。
多少残業しても、気ままな独り暮らしだから、帰って家族に気を遣わせることもない。
4月、二週目の金曜日。
東京に本社がある大手の取引先の担当者が、来訪することになった。
今までのベテランから、4年目の若手が担当するらしい。
そこで、こちらも4年先輩の三上さんから、私に担当替えが決まった。
三上さんは、新人の頃からお世話になっている先輩。
口調も表情も柔らかいけれど、時には厳しくビシッと言ってくれる。
引き継ぎも短い時間でたたき込まれて、今日を迎えたのだ。
あちらは前任者と2人と聞いて、こちらも三上さんと2人で会議室で待ち受ける。
「どうも、お待たせしました」
以前から担当されている、営業課長のいつもの通る声。
「失礼します」
その後に続く声に、一瞬違和感があったけれど、先輩と一緒に深く頭を下げた。
顔を上げて、目の前に並ぶ取引先の営業課長と…村上くん!?
思わず目を見開いて固まっている私に、横から三上さんが肘をつつく。
…いけない、しっかりしないと。
「よろしくお願いいたします」
まさか、村上くんと名刺を交換するなんて。
手渡しながらどんな顔をすればいいか分からなくて、正面を見られない。
その後は、軽い自己紹介と仕事の話。
現状と、今後の展開。
「~こうなっております。…ではそのように…ありがとうございます」
初めて会いましたって顔を保つのは難しくて、たまにムズムズして。
どうにか終えた時、思わずはーっと息を吐いてしまって、また先輩からつつかれてしまった。
エレベーターホールまでお見送りした時、村上くんの何か言いたげな目が気になった。
でも、気づかない振りをしてお辞儀をした。
だって、今さら何を言うの…
その日は仕事が上手く進んで、定時で帰れそうだった。
買い物でもして帰ろうかと帰り支度をしていたら、三上さんに声を掛けられた。
「朝原さん、今日まっすぐ帰るの」
「あ、いえ、買い物でもしていこうかと」
「ちょっと、飲みに行かない?」
「あ、いいですね~行きます!」
職場近くの繁華街。
職場の皆とよく行く飲み屋に入った。
冷えたジョッキを合わせ、お疲れさまをする。
三上さんは、たまにこうして飲みに誘ってくれる。
同期と一緒のこともあれば、課長が一緒のこともある。
話が合うから、飲んでても楽しい先輩。
少し、雰囲気が村上くんに似てるかもしれないな。
…いや、なんで今村上くんのことを考えるの。
それよりも、次回の打ち合わせは村上くんとするのよね。
もう、どうしよう。
まさか、こんなことになるなんて。
「朝原さん、どうしたの?何か悩みでもあるの」
「え?あ、すみません!」
慌ててジョッキを置いた。
「さっきの、取引先の…」
「あ、営業課長さんですか?」
「いや、引き継ぐことになった若手の人」
「…あの人が、どうしたんですか」
「もしかして、知り合いなのかなって思ったんだけど」
「え!なんでですか、いきなり」
「どうしたの、なんか焦ってない?」
「そんなことないですけど…」
ジョッキを置き、お箸も置いて一旦息をつく。
「実は、学生の時同じサークルにいた同級生です」
「あ~やっぱり。もしかして、元カレだったりするの?」
「もう~元カレなんかじゃないです」
「ふ~ん」
とだけ言って、三上さんもお箸を置いた。
「じゃあさ、今度…」
三上さんの顔を見て、今度…?って首を傾げた時、私のスマホが鳴った。
電話!?
まさか…
村上くんだ。
「あの…ちょっと出てもいいですか?」
「電話?どうぞ、どうぞ」
「すみません、ちょっと…」
横を向き片耳をふさいでもしもし、と応答する。
「あ、村上です」
村上くんだ…
「あ、朝原です…」
「昼間は驚かせてごめん。俺が担当になるか直前まで分からなかったから」
「それは、いいんですけど…なんで今電話!?」
「あれ?今側に誰かいるの?もしかして外?」
「今、は…居酒屋の中で…先輩と飲んでて…」
「ああ、そうか、ごめん…じゃあ要件だけ」
「要件?」
「明日、会ってくれないかな。話したいことがあって。ゆきのアパートの最寄り駅知ってるから、そこに1時で」
「えっちょっと待って。そんな急に言われても」
「…何か用事あるの?」
「用事は…ない、けど…」
「急で悪いんだけど、用事が無いなら頼むよ…飲んでるのにごめんな」
プツッと切れた電話。
画面を見ると、村上和也って出てる。
村上くんと電話で話すなんて、何年ぶりだろう…
「朝原さん、もしかして今の…」
「あ…分かりました?あちらの担当の人でした」
「仕事の話じゃない、よね」
「いえ…なんか急に話があるって。この2年、全然連絡なんか取って無かったのに、何でいきなり…」
「あのさ」
急に三上さんが身を乗り出して来て、びっくりする。
「なんですか」
「いきなりって思うだろうけど…今度休みの日にドライブでも行かない?」
「ドライブ、ですか?三上さんと?」
「うん。どう?」
「どうって…」
私の目をじっと見る三上さんは、面白がってるようにも見える。
「なんで、私を…」
「誘うかって?前から興味があったからだよ」
「そんなこと、初めて聞きました」「そりゃ、初めて言ったから」
「…からかってるんですか…」
どう答えたらいいか分からなくて、三上さんの顔を恨めしく見る。
すると、三上さんが座り直した。
いつもの笑顔で、からかってるようには見えないけど…
「ごめん、ごめん。そのうち誘おうと思ってたんだ。でも、急に元カレが登場しちゃったもんだから」
「だからっ元カレじゃありませんよ」
「…ほんとに?じゃあ、好きだったのかな、その人のこと」
図星をさされて、言葉が出なくてそっぽを向いた。
でも、こんなので三上さんは誤魔化せないだろうな…
「当たり、か。好きだった人に誘われてどうなの?」
「もう…勘弁してください。どうしたらいいか、分からないんですから」
「そっか」
ビールをぐいっと飲み干すと、店員さんを呼んでる。
私のは、まだ半分も残ってる。
村上くんも三上さんも、なんで人を惑わすことばっかり言うかな…
運ばれて来たジョッキに口をつけると、美味しそうに飲んでる。
こんな風にさばけてて、面白くて、頼りになる人なんて、なかなかいないよね。
そんな人に誘われるなんて、もっと喜べばいいのに…
「明日、会うんでしょ、その…村上くんだっけ」
「それは、分からないです」
「いや、絶対気になってる」
「それはそうですけど…」
「彼と会って、気持ちが彼に向かなかったら、考えて、ドライブ」
「…はい」
『和也』
スマホをテーブルに置いて、ふう、と息をついた。
一緒にいたのは、もしかして顔合わせにいた前任者?
…頼りになりそうな人だった。
ずっと気を配って、ゆきをリードして。
ゆきも、ああいう人とだったら何も気にすることもなくて…
俺は、何をもやもやしてるんだろう。
胸の奥が重くなっていく。
ゆきとホテルで久々に会った翌年、年度が変わる少し前。
異動が発表になった。
若手にはよくあることだし、そろそろじゃないかと噂はあった。
俺の名前があったから、やっぱりと思い場所を確認する。
…場所も。
誰かが行くんじゃないかと、言われてた場所。
まあ、東京から新幹線1本だし、東北の中では大都市。
心配なのは、冬の寒さと雪ぐらいか。
…ゆき。
結婚式で偶然会ってから、3ヶ月たつ。
メッセージを送って、言いたいことは言えるけれど、出来れば顔を見て話したい。
どうしようかと思っていたけれど、もしかしたら上手く伝えることが出来るかも。
最後のクリスマスパーティーの後、ゆきに言われた言葉でもやもやしたこと。
仕事の合間、ふとした時に思い出しては考えてた。
ゆきの表情、俺に話しかける声。
思い返してみると、ようやくそうだったのかと腑に落ちた。
ゆきの気持ちに。
俺がバカみたいに鈍感だってことに。
あれから、ぽっかり空いた穴は埋まってない。
仕事に没頭しても埋まらない穴…
埋めようとするなら、やることは1つだ。
それが分からなかったこの2年間、空虚な穴を抱えて、足が宙に浮いてるような違和感があった。
でも、偶然とは言えお膳立てが出来たんだから、やることをやろう。
もし、拒まれたら受け入れてくれるまで頑張るだけ。
まずは、引っ越ししないと。
『ゆきの』
年度が変わって、1人で営業にまわることが増えた。
任せて貰う仕事が多くなって、大変だけどやりがいもある。
多少残業しても、気ままな独り暮らしだから、帰って家族に気を遣わせることもない。
4月、二週目の金曜日。
東京に本社がある大手の取引先の担当者が、来訪することになった。
今までのベテランから、4年目の若手が担当するらしい。
そこで、こちらも4年先輩の三上さんから、私に担当替えが決まった。
三上さんは、新人の頃からお世話になっている先輩。
口調も表情も柔らかいけれど、時には厳しくビシッと言ってくれる。
引き継ぎも短い時間でたたき込まれて、今日を迎えたのだ。
あちらは前任者と2人と聞いて、こちらも三上さんと2人で会議室で待ち受ける。
「どうも、お待たせしました」
以前から担当されている、営業課長のいつもの通る声。
「失礼します」
その後に続く声に、一瞬違和感があったけれど、先輩と一緒に深く頭を下げた。
顔を上げて、目の前に並ぶ取引先の営業課長と…村上くん!?
思わず目を見開いて固まっている私に、横から三上さんが肘をつつく。
…いけない、しっかりしないと。
「よろしくお願いいたします」
まさか、村上くんと名刺を交換するなんて。
手渡しながらどんな顔をすればいいか分からなくて、正面を見られない。
その後は、軽い自己紹介と仕事の話。
現状と、今後の展開。
「~こうなっております。…ではそのように…ありがとうございます」
初めて会いましたって顔を保つのは難しくて、たまにムズムズして。
どうにか終えた時、思わずはーっと息を吐いてしまって、また先輩からつつかれてしまった。
エレベーターホールまでお見送りした時、村上くんの何か言いたげな目が気になった。
でも、気づかない振りをしてお辞儀をした。
だって、今さら何を言うの…
その日は仕事が上手く進んで、定時で帰れそうだった。
買い物でもして帰ろうかと帰り支度をしていたら、三上さんに声を掛けられた。
「朝原さん、今日まっすぐ帰るの」
「あ、いえ、買い物でもしていこうかと」
「ちょっと、飲みに行かない?」
「あ、いいですね~行きます!」
職場近くの繁華街。
職場の皆とよく行く飲み屋に入った。
冷えたジョッキを合わせ、お疲れさまをする。
三上さんは、たまにこうして飲みに誘ってくれる。
同期と一緒のこともあれば、課長が一緒のこともある。
話が合うから、飲んでても楽しい先輩。
少し、雰囲気が村上くんに似てるかもしれないな。
…いや、なんで今村上くんのことを考えるの。
それよりも、次回の打ち合わせは村上くんとするのよね。
もう、どうしよう。
まさか、こんなことになるなんて。
「朝原さん、どうしたの?何か悩みでもあるの」
「え?あ、すみません!」
慌ててジョッキを置いた。
「さっきの、取引先の…」
「あ、営業課長さんですか?」
「いや、引き継ぐことになった若手の人」
「…あの人が、どうしたんですか」
「もしかして、知り合いなのかなって思ったんだけど」
「え!なんでですか、いきなり」
「どうしたの、なんか焦ってない?」
「そんなことないですけど…」
ジョッキを置き、お箸も置いて一旦息をつく。
「実は、学生の時同じサークルにいた同級生です」
「あ~やっぱり。もしかして、元カレだったりするの?」
「もう~元カレなんかじゃないです」
「ふ~ん」
とだけ言って、三上さんもお箸を置いた。
「じゃあさ、今度…」
三上さんの顔を見て、今度…?って首を傾げた時、私のスマホが鳴った。
電話!?
まさか…
村上くんだ。
「あの…ちょっと出てもいいですか?」
「電話?どうぞ、どうぞ」
「すみません、ちょっと…」
横を向き片耳をふさいでもしもし、と応答する。
「あ、村上です」
村上くんだ…
「あ、朝原です…」
「昼間は驚かせてごめん。俺が担当になるか直前まで分からなかったから」
「それは、いいんですけど…なんで今電話!?」
「あれ?今側に誰かいるの?もしかして外?」
「今、は…居酒屋の中で…先輩と飲んでて…」
「ああ、そうか、ごめん…じゃあ要件だけ」
「要件?」
「明日、会ってくれないかな。話したいことがあって。ゆきのアパートの最寄り駅知ってるから、そこに1時で」
「えっちょっと待って。そんな急に言われても」
「…何か用事あるの?」
「用事は…ない、けど…」
「急で悪いんだけど、用事が無いなら頼むよ…飲んでるのにごめんな」
プツッと切れた電話。
画面を見ると、村上和也って出てる。
村上くんと電話で話すなんて、何年ぶりだろう…
「朝原さん、もしかして今の…」
「あ…分かりました?あちらの担当の人でした」
「仕事の話じゃない、よね」
「いえ…なんか急に話があるって。この2年、全然連絡なんか取って無かったのに、何でいきなり…」
「あのさ」
急に三上さんが身を乗り出して来て、びっくりする。
「なんですか」
「いきなりって思うだろうけど…今度休みの日にドライブでも行かない?」
「ドライブ、ですか?三上さんと?」
「うん。どう?」
「どうって…」
私の目をじっと見る三上さんは、面白がってるようにも見える。
「なんで、私を…」
「誘うかって?前から興味があったからだよ」
「そんなこと、初めて聞きました」「そりゃ、初めて言ったから」
「…からかってるんですか…」
どう答えたらいいか分からなくて、三上さんの顔を恨めしく見る。
すると、三上さんが座り直した。
いつもの笑顔で、からかってるようには見えないけど…
「ごめん、ごめん。そのうち誘おうと思ってたんだ。でも、急に元カレが登場しちゃったもんだから」
「だからっ元カレじゃありませんよ」
「…ほんとに?じゃあ、好きだったのかな、その人のこと」
図星をさされて、言葉が出なくてそっぽを向いた。
でも、こんなので三上さんは誤魔化せないだろうな…
「当たり、か。好きだった人に誘われてどうなの?」
「もう…勘弁してください。どうしたらいいか、分からないんですから」
「そっか」
ビールをぐいっと飲み干すと、店員さんを呼んでる。
私のは、まだ半分も残ってる。
村上くんも三上さんも、なんで人を惑わすことばっかり言うかな…
運ばれて来たジョッキに口をつけると、美味しそうに飲んでる。
こんな風にさばけてて、面白くて、頼りになる人なんて、なかなかいないよね。
そんな人に誘われるなんて、もっと喜べばいいのに…
「明日、会うんでしょ、その…村上くんだっけ」
「それは、分からないです」
「いや、絶対気になってる」
「それはそうですけど…」
「彼と会って、気持ちが彼に向かなかったら、考えて、ドライブ」
「…はい」
『和也』
スマホをテーブルに置いて、ふう、と息をついた。
一緒にいたのは、もしかして顔合わせにいた前任者?
…頼りになりそうな人だった。
ずっと気を配って、ゆきをリードして。
ゆきも、ああいう人とだったら何も気にすることもなくて…
俺は、何をもやもやしてるんだろう。
胸の奥が重くなっていく。