えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

わたしの居場所6

2019-02-17 15:20:13 | 書き物
『和也』


ゆきとホテルで久々に会った翌年、年度が変わる少し前。
異動が発表になった。
若手にはよくあることだし、そろそろじゃないかと噂はあった。
俺の名前があったから、やっぱりと思い場所を確認する。
…場所も。
誰かが行くんじゃないかと、言われてた場所。
まあ、東京から新幹線1本だし、東北の中では大都市。
心配なのは、冬の寒さと雪ぐらいか。


…ゆき。
結婚式で偶然会ってから、3ヶ月たつ。
メッセージを送って、言いたいことは言えるけれど、出来れば顔を見て話したい。
どうしようかと思っていたけれど、もしかしたら上手く伝えることが出来るかも。
最後のクリスマスパーティーの後、ゆきに言われた言葉でもやもやしたこと。
仕事の合間、ふとした時に思い出しては考えてた。
ゆきの表情、俺に話しかける声。
思い返してみると、ようやくそうだったのかと腑に落ちた。
ゆきの気持ちに。
俺がバカみたいに鈍感だってことに。
あれから、ぽっかり空いた穴は埋まってない。
仕事に没頭しても埋まらない穴…
埋めようとするなら、やることは1つだ。
それが分からなかったこの2年間、空虚な穴を抱えて、足が宙に浮いてるような違和感があった。
でも、偶然とは言えお膳立てが出来たんだから、やることをやろう。
もし、拒まれたら受け入れてくれるまで頑張るだけ。
まずは、引っ越ししないと。


『ゆきの』
年度が変わって、1人で営業にまわることが増えた。
任せて貰う仕事が多くなって、大変だけどやりがいもある。
多少残業しても、気ままな独り暮らしだから、帰って家族に気を遣わせることもない。


4月、二週目の金曜日。
東京に本社がある大手の取引先の担当者が、来訪することになった。
今までのベテランから、4年目の若手が担当するらしい。
そこで、こちらも4年先輩の三上さんから、私に担当替えが決まった。
三上さんは、新人の頃からお世話になっている先輩。
口調も表情も柔らかいけれど、時には厳しくビシッと言ってくれる。
引き継ぎも短い時間でたたき込まれて、今日を迎えたのだ。
あちらは前任者と2人と聞いて、こちらも三上さんと2人で会議室で待ち受ける。
「どうも、お待たせしました」
以前から担当されている、営業課長のいつもの通る声。
「失礼します」
その後に続く声に、一瞬違和感があったけれど、先輩と一緒に深く頭を下げた。
顔を上げて、目の前に並ぶ取引先の営業課長と…村上くん!?
思わず目を見開いて固まっている私に、横から三上さんが肘をつつく。
…いけない、しっかりしないと。
「よろしくお願いいたします」
まさか、村上くんと名刺を交換するなんて。
手渡しながらどんな顔をすればいいか分からなくて、正面を見られない。


その後は、軽い自己紹介と仕事の話。
現状と、今後の展開。
「~こうなっております。…ではそのように…ありがとうございます」
初めて会いましたって顔を保つのは難しくて、たまにムズムズして。
どうにか終えた時、思わずはーっと息を吐いてしまって、また先輩からつつかれてしまった。
エレベーターホールまでお見送りした時、村上くんの何か言いたげな目が気になった。
でも、気づかない振りをしてお辞儀をした。
だって、今さら何を言うの…


その日は仕事が上手く進んで、定時で帰れそうだった。
買い物でもして帰ろうかと帰り支度をしていたら、三上さんに声を掛けられた。
「朝原さん、今日まっすぐ帰るの」
「あ、いえ、買い物でもしていこうかと」
「ちょっと、飲みに行かない?」
「あ、いいですね~行きます!」
職場近くの繁華街。
職場の皆とよく行く飲み屋に入った。
冷えたジョッキを合わせ、お疲れさまをする。
三上さんは、たまにこうして飲みに誘ってくれる。
同期と一緒のこともあれば、課長が一緒のこともある。
話が合うから、飲んでても楽しい先輩。
少し、雰囲気が村上くんに似てるかもしれないな。
…いや、なんで今村上くんのことを考えるの。
それよりも、次回の打ち合わせは村上くんとするのよね。
もう、どうしよう。
まさか、こんなことになるなんて。
「朝原さん、どうしたの?何か悩みでもあるの」
「え?あ、すみません!」
慌ててジョッキを置いた。
「さっきの、取引先の…」
「あ、営業課長さんですか?」
「いや、引き継ぐことになった若手の人」
「…あの人が、どうしたんですか」
「もしかして、知り合いなのかなって思ったんだけど」
「え!なんでですか、いきなり」
「どうしたの、なんか焦ってない?」
「そんなことないですけど…」
ジョッキを置き、お箸も置いて一旦息をつく。
「実は、学生の時同じサークルにいた同級生です」
「あ~やっぱり。もしかして、元カレだったりするの?」
「もう~元カレなんかじゃないです」
「ふ~ん」
とだけ言って、三上さんもお箸を置いた。
「じゃあさ、今度…」
三上さんの顔を見て、今度…?って首を傾げた時、私のスマホが鳴った。
電話!?
まさか…
村上くんだ。
「あの…ちょっと出てもいいですか?」
「電話?どうぞ、どうぞ」
「すみません、ちょっと…」
横を向き片耳をふさいでもしもし、と応答する。
「あ、村上です」
村上くんだ…
「あ、朝原です…」
「昼間は驚かせてごめん。俺が担当になるか直前まで分からなかったから」
「それは、いいんですけど…なんで今電話!?」
「あれ?今側に誰かいるの?もしかして外?」
「今、は…居酒屋の中で…先輩と飲んでて…」
「ああ、そうか、ごめん…じゃあ要件だけ」
「要件?」
「明日、会ってくれないかな。話したいことがあって。ゆきのアパートの最寄り駅知ってるから、そこに1時で」
「えっちょっと待って。そんな急に言われても」
「…何か用事あるの?」
「用事は…ない、けど…」
「急で悪いんだけど、用事が無いなら頼むよ…飲んでるのにごめんな」
プツッと切れた電話。
画面を見ると、村上和也って出てる。
村上くんと電話で話すなんて、何年ぶりだろう…


「朝原さん、もしかして今の…」
「あ…分かりました?あちらの担当の人でした」
「仕事の話じゃない、よね」
「いえ…なんか急に話があるって。この2年、全然連絡なんか取って無かったのに、何でいきなり…」
「あのさ」
急に三上さんが身を乗り出して来て、びっくりする。
「なんですか」
「いきなりって思うだろうけど…今度休みの日にドライブでも行かない?」
「ドライブ、ですか?三上さんと?」
「うん。どう?」
「どうって…」
私の目をじっと見る三上さんは、面白がってるようにも見える。
「なんで、私を…」
「誘うかって?前から興味があったからだよ」
「そんなこと、初めて聞きました」「そりゃ、初めて言ったから」
「…からかってるんですか…」
どう答えたらいいか分からなくて、三上さんの顔を恨めしく見る。
すると、三上さんが座り直した。
いつもの笑顔で、からかってるようには見えないけど…
「ごめん、ごめん。そのうち誘おうと思ってたんだ。でも、急に元カレが登場しちゃったもんだから」
「だからっ元カレじゃありませんよ」
「…ほんとに?じゃあ、好きだったのかな、その人のこと」
図星をさされて、言葉が出なくてそっぽを向いた。
でも、こんなので三上さんは誤魔化せないだろうな…
「当たり、か。好きだった人に誘われてどうなの?」
「もう…勘弁してください。どうしたらいいか、分からないんですから」
「そっか」
ビールをぐいっと飲み干すと、店員さんを呼んでる。
私のは、まだ半分も残ってる。
村上くんも三上さんも、なんで人を惑わすことばっかり言うかな…
運ばれて来たジョッキに口をつけると、美味しそうに飲んでる。
こんな風にさばけてて、面白くて、頼りになる人なんて、なかなかいないよね。
そんな人に誘われるなんて、もっと喜べばいいのに…
「明日、会うんでしょ、その…村上くんだっけ」
「それは、分からないです」
「いや、絶対気になってる」
「それはそうですけど…」
「彼と会って、気持ちが彼に向かなかったら、考えて、ドライブ」
「…はい」


『和也』


スマホをテーブルに置いて、ふう、と息をついた。
一緒にいたのは、もしかして顔合わせにいた前任者?
…頼りになりそうな人だった。
ずっと気を配って、ゆきをリードして。
ゆきも、ああいう人とだったら何も気にすることもなくて…
俺は、何をもやもやしてるんだろう。
胸の奥が重くなっていく。