えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

わたしの居場所終

2019-02-18 06:02:08 | 書き物
『和也』

助手席に座るゆきの横顔を、チラッと見る。
来てくれたけど、まだ戸惑っているんだろうな…
とにかく、今の俺の気持ちを伝えようと思って来た。
でも、ゆきの顔を見て分かったんだ。
前任のあの人の隣にいるゆきは、見たくない。
気が合って楽しかったあの頃みたいな2人では、もう嫌なんだってことを。
学生時代に戻りたいんじゃない。
先に進みたいんだ。






『ゆき』


ドキドキして待ち合わせ場所に行ったのに、会って喋ったら時間が戻った。
お昼を食べながら、会ってなかったのが嘘みたいに話せた。
でも…
ニコニコして喋ってる村上くんを見て、やっぱりもやもやした。
話って何なんだろう。
今喋ってることが、話じゃないよね。
食後のコーヒーを飲みながら、チラッと村上くんを見ると目が合った。
「この後、映画見ない?」
「映画?」
「うん、久しぶりにゆきと映画見たいと思って」
ついて行ったら駅近のパーキング。
村上くんの運転してる姿、初めて見た。
ハンドルに手を置いてる村上くんの横顔を見る。
あの頃はこれが私のいつもの景色だった。
それが当たり前で、変わることなんて考えもしなかった。
変わってしまって、胸にぽっかりと空いた穴はまだ空いたまま…



速度を落として、車は駐車場に入って行く。
看板には『シネパーク』とある。
聞いたことはあったけど、初めて来た。
シネコンと観覧車とショッピングモール。
私が大学に行った後に出来た施設だった。
でも、帰省してからは余裕がなくて、足を踏み入れたことは無い。
高校生までは、ここは古い映画館と小さな観覧車があるだけの地味な場所だった。
遊び場所の少ない地元では、数少ない娯楽施設。
私は、ここで映画を好きになったんだ…
いまでは、最新の映画がかかるシネコンに、改装して巨大になった観覧車。
映画館のロビーに入ると、気になってた映画のポスターが目立つ所に見えた。
「あれ、見ようよ」
「…村上くん、あれでいいの?」
その映画は、私の好きなロマンチックコメディ。
「うん、前から気になってた映画だし、ゆきの好みだろ?」
「うん、まあ」
「じゃあ、決まりね」
ドリンクとポップコーン、隣り合って座る席。
あの頃と同じだ。
ちょっぴり肩が触れあって、ドキドキするのも…


映画が終った。
長い間親友だった男の子への気持ちに気づいて、最後に両思いになるヒロイン。
エンドロールを眺めながら、なぜか涙が溜まっていく。
好きな映画を、また村上くんの隣で見られて嬉しかった。
あの頃に戻れたと思った。
なのに…
最後のヒロインの幸せな涙を見て、自分の気持ちが分かったんだ。
あの頃に戻りたいんじゃない。
ただの気の合う仲のいい友達には、もう戻りたくない。
私は…私は村上くんの恋人になりたいの。
だから最後のクリスマスパーティーで、『さよなら』って言ったんだ。
村上くんは、友達としか見てくれてないって分かったてたから…
「…ゆき?どうした?」
俯いた私に、彼が声を掛けた。
「なんでも、ない」
「大丈夫か?大丈夫なら、ちょっと行きたい所があるんだ」
そっと指先で目尻を撫でて、顔を上げた。
心配そうな顔…
「ん、大丈夫。行きたいとこって?」
バッグを抱えて立ち上がった。
「観覧車、乗らないか?」
「観覧車?ああいうの好きだったっけ?」
「観覧車はまあ好きだけど…この場所を上から見てみたくて」
この場所を?
意外な言葉を聞いて、不思議に思った。



その時間は並んでいる人も少なくて、すぐに私達の順番が来た。
係員に促されて、卵みたいな形の乗り物に乗り込む。
夕方の薄暗くなった空に、観覧車のイルミネーションがきらきらと瞬いていた。
電飾に彩られた卵は、ぐらりと揺れてからゆっくりと上がって行く。
私は窓に額をくっつけて、下を眺めた。
「下に見えてるのが、ゆきが住んでる街?」
「え?うん、そうだね。アパートも遠くに見えるかな」
顔を向けると、村上くんも覗きこむようにして、窓を見ている。
「俺さ、ずっと考えてたんだ、ゆきのこと」
「私のこと…?」
「卒業してから働き始めて、それからずっと…ゆきに言われたことを思い出してた」
「…忘れてくれて、良かったのに…」
「そんなこと、言わないでくれよ」
下を向いて、声が小さくなって。
こんな村上くんは、見たこと無かった。
「自分からゆきを遠ざけて、ゆきが離れて行って…すごく、後悔したんだ。ずっと、あの頃に戻りたいって思ってた」
村上くんの気持ち、こんな風に聞いたのは初めてだった。
戻りたいって、思ってくれてたんだ…
「でも…こんなこと俺の我が儘だって分かってるけど…」
顔を上げて、目を細めて私を見る。
我が儘…?
「去年、ホテルで会って、昨日ゆきの会社で会って…分かったんだ、今の気持ちに」
村上くんの言葉を聞いていて、さっきから心臓が煩くて…
何を言われるの。
嫌なことなら聞きたくない。
窓に背中をくっつけて、少し離れて村上くんを見る。
少し顔を赤くした村上くんの顔が、追いかけるように近づく。
久しぶりに、村上くんの茶色の瞳を見つめた。
「あの頃の、気の合うサークル仲間に戻りたいんじゃない。好きだから…ゆきと一緒にいたいんだ」



村上くんの言葉は、確かに耳に入ったんだけど…
なかなか浸透していかなくて、言葉も出て来なくて。
「ゆきは…ゆきの今の気持ちを教えてくれよ、正直に」
「今の気持ち…」
さっきまで考えてたことが、頭に浮かんだ。
それを、のろのろと口にする。
「私も…あの頃に戻りたくないよ…だから最後にさよならって言ったの」
「それって…」
「私、ずっと村上くんのこと好きだった。仲のいい友達じゃなくて、恋人になりたかったの」
「ゆき…」
「恋人になって隣にいられたらいいのにって、ずっと思ってたんだから…」
膝の上でぎゅっと握った左手を、村上くんの両手が包んだ。
「ごめん…俺、鈍感で…ごめん」
包まれた手が暖かくて、村上くんの口から欲しかった言葉が聞けて。
気づけば、周りの景色も村上くんも、滲んでいた。
「ゆき…泣かないでくれよ…」
困った顔で私を覗き込む。
狡いなあ…
そんな顔を私に見せて。
忘れようとしたこと、忘れてしまう。
「私、村上くんの隣に居ていいんだよ、ね」
臆病だから、こわがりだから、何回でも確認したくなる。
「うん…ずっと、ずっといて…」



中学生みたいに告白し合った私達は、手をぎゅっと握りあったまま。
しばらくしてようやく、二人同時に顔を傾けた。
目尻には、さっきの映画のヒロインみたいにひと滴。
重ねた手にポタッと落ちた。