『和也』
助手席に座るゆきの横顔を、チラッと見る。
来てくれたけど、まだ戸惑っているんだろうな…
とにかく、今の俺の気持ちを伝えようと思って来た。
でも、ゆきの顔を見て分かったんだ。
前任のあの人の隣にいるゆきは、見たくない。
気が合って楽しかったあの頃みたいな2人では、もう嫌なんだってことを。
学生時代に戻りたいんじゃない。
先に進みたいんだ。
『ゆき』
ドキドキして待ち合わせ場所に行ったのに、会って喋ったら時間が戻った。
お昼を食べながら、会ってなかったのが嘘みたいに話せた。
でも…
ニコニコして喋ってる村上くんを見て、やっぱりもやもやした。
話って何なんだろう。
今喋ってることが、話じゃないよね。
食後のコーヒーを飲みながら、チラッと村上くんを見ると目が合った。
「この後、映画見ない?」
「映画?」
「うん、久しぶりにゆきと映画見たいと思って」
ついて行ったら駅近のパーキング。
村上くんの運転してる姿、初めて見た。
ハンドルに手を置いてる村上くんの横顔を見る。
あの頃はこれが私のいつもの景色だった。
それが当たり前で、変わることなんて考えもしなかった。
変わってしまって、胸にぽっかりと空いた穴はまだ空いたまま…
速度を落として、車は駐車場に入って行く。
看板には『シネパーク』とある。
聞いたことはあったけど、初めて来た。
シネコンと観覧車とショッピングモール。
私が大学に行った後に出来た施設だった。
でも、帰省してからは余裕がなくて、足を踏み入れたことは無い。
高校生までは、ここは古い映画館と小さな観覧車があるだけの地味な場所だった。
遊び場所の少ない地元では、数少ない娯楽施設。
私は、ここで映画を好きになったんだ…
いまでは、最新の映画がかかるシネコンに、改装して巨大になった観覧車。
映画館のロビーに入ると、気になってた映画のポスターが目立つ所に見えた。
「あれ、見ようよ」
「…村上くん、あれでいいの?」
その映画は、私の好きなロマンチックコメディ。
「うん、前から気になってた映画だし、ゆきの好みだろ?」
「うん、まあ」
「じゃあ、決まりね」
ドリンクとポップコーン、隣り合って座る席。
あの頃と同じだ。
ちょっぴり肩が触れあって、ドキドキするのも…
映画が終った。
長い間親友だった男の子への気持ちに気づいて、最後に両思いになるヒロイン。
エンドロールを眺めながら、なぜか涙が溜まっていく。
好きな映画を、また村上くんの隣で見られて嬉しかった。
あの頃に戻れたと思った。
なのに…
最後のヒロインの幸せな涙を見て、自分の気持ちが分かったんだ。
あの頃に戻りたいんじゃない。
ただの気の合う仲のいい友達には、もう戻りたくない。
私は…私は村上くんの恋人になりたいの。
だから最後のクリスマスパーティーで、『さよなら』って言ったんだ。
村上くんは、友達としか見てくれてないって分かったてたから…
「…ゆき?どうした?」
俯いた私に、彼が声を掛けた。
「なんでも、ない」
「大丈夫か?大丈夫なら、ちょっと行きたい所があるんだ」
そっと指先で目尻を撫でて、顔を上げた。
心配そうな顔…
「ん、大丈夫。行きたいとこって?」
バッグを抱えて立ち上がった。
「観覧車、乗らないか?」
「観覧車?ああいうの好きだったっけ?」
「観覧車はまあ好きだけど…この場所を上から見てみたくて」
この場所を?
意外な言葉を聞いて、不思議に思った。
その時間は並んでいる人も少なくて、すぐに私達の順番が来た。
係員に促されて、卵みたいな形の乗り物に乗り込む。
夕方の薄暗くなった空に、観覧車のイルミネーションがきらきらと瞬いていた。
電飾に彩られた卵は、ぐらりと揺れてからゆっくりと上がって行く。
私は窓に額をくっつけて、下を眺めた。
「下に見えてるのが、ゆきが住んでる街?」
「え?うん、そうだね。アパートも遠くに見えるかな」
顔を向けると、村上くんも覗きこむようにして、窓を見ている。
「俺さ、ずっと考えてたんだ、ゆきのこと」
「私のこと…?」
「卒業してから働き始めて、それからずっと…ゆきに言われたことを思い出してた」
「…忘れてくれて、良かったのに…」
「そんなこと、言わないでくれよ」
下を向いて、声が小さくなって。
こんな村上くんは、見たこと無かった。
「自分からゆきを遠ざけて、ゆきが離れて行って…すごく、後悔したんだ。ずっと、あの頃に戻りたいって思ってた」
村上くんの気持ち、こんな風に聞いたのは初めてだった。
戻りたいって、思ってくれてたんだ…
「でも…こんなこと俺の我が儘だって分かってるけど…」
顔を上げて、目を細めて私を見る。
我が儘…?
「去年、ホテルで会って、昨日ゆきの会社で会って…分かったんだ、今の気持ちに」
村上くんの言葉を聞いていて、さっきから心臓が煩くて…
何を言われるの。
嫌なことなら聞きたくない。
窓に背中をくっつけて、少し離れて村上くんを見る。
少し顔を赤くした村上くんの顔が、追いかけるように近づく。
久しぶりに、村上くんの茶色の瞳を見つめた。
「あの頃の、気の合うサークル仲間に戻りたいんじゃない。好きだから…ゆきと一緒にいたいんだ」
村上くんの言葉は、確かに耳に入ったんだけど…
なかなか浸透していかなくて、言葉も出て来なくて。
「ゆきは…ゆきの今の気持ちを教えてくれよ、正直に」
「今の気持ち…」
さっきまで考えてたことが、頭に浮かんだ。
それを、のろのろと口にする。
「私も…あの頃に戻りたくないよ…だから最後にさよならって言ったの」
「それって…」
「私、ずっと村上くんのこと好きだった。仲のいい友達じゃなくて、恋人になりたかったの」
「ゆき…」
「恋人になって隣にいられたらいいのにって、ずっと思ってたんだから…」
膝の上でぎゅっと握った左手を、村上くんの両手が包んだ。
「ごめん…俺、鈍感で…ごめん」
包まれた手が暖かくて、村上くんの口から欲しかった言葉が聞けて。
気づけば、周りの景色も村上くんも、滲んでいた。
「ゆき…泣かないでくれよ…」
困った顔で私を覗き込む。
狡いなあ…
そんな顔を私に見せて。
忘れようとしたこと、忘れてしまう。
「私、村上くんの隣に居ていいんだよ、ね」
臆病だから、こわがりだから、何回でも確認したくなる。
「うん…ずっと、ずっといて…」
中学生みたいに告白し合った私達は、手をぎゅっと握りあったまま。
しばらくしてようやく、二人同時に顔を傾けた。
目尻には、さっきの映画のヒロインみたいにひと滴。
重ねた手にポタッと落ちた。
助手席に座るゆきの横顔を、チラッと見る。
来てくれたけど、まだ戸惑っているんだろうな…
とにかく、今の俺の気持ちを伝えようと思って来た。
でも、ゆきの顔を見て分かったんだ。
前任のあの人の隣にいるゆきは、見たくない。
気が合って楽しかったあの頃みたいな2人では、もう嫌なんだってことを。
学生時代に戻りたいんじゃない。
先に進みたいんだ。
『ゆき』
ドキドキして待ち合わせ場所に行ったのに、会って喋ったら時間が戻った。
お昼を食べながら、会ってなかったのが嘘みたいに話せた。
でも…
ニコニコして喋ってる村上くんを見て、やっぱりもやもやした。
話って何なんだろう。
今喋ってることが、話じゃないよね。
食後のコーヒーを飲みながら、チラッと村上くんを見ると目が合った。
「この後、映画見ない?」
「映画?」
「うん、久しぶりにゆきと映画見たいと思って」
ついて行ったら駅近のパーキング。
村上くんの運転してる姿、初めて見た。
ハンドルに手を置いてる村上くんの横顔を見る。
あの頃はこれが私のいつもの景色だった。
それが当たり前で、変わることなんて考えもしなかった。
変わってしまって、胸にぽっかりと空いた穴はまだ空いたまま…
速度を落として、車は駐車場に入って行く。
看板には『シネパーク』とある。
聞いたことはあったけど、初めて来た。
シネコンと観覧車とショッピングモール。
私が大学に行った後に出来た施設だった。
でも、帰省してからは余裕がなくて、足を踏み入れたことは無い。
高校生までは、ここは古い映画館と小さな観覧車があるだけの地味な場所だった。
遊び場所の少ない地元では、数少ない娯楽施設。
私は、ここで映画を好きになったんだ…
いまでは、最新の映画がかかるシネコンに、改装して巨大になった観覧車。
映画館のロビーに入ると、気になってた映画のポスターが目立つ所に見えた。
「あれ、見ようよ」
「…村上くん、あれでいいの?」
その映画は、私の好きなロマンチックコメディ。
「うん、前から気になってた映画だし、ゆきの好みだろ?」
「うん、まあ」
「じゃあ、決まりね」
ドリンクとポップコーン、隣り合って座る席。
あの頃と同じだ。
ちょっぴり肩が触れあって、ドキドキするのも…
映画が終った。
長い間親友だった男の子への気持ちに気づいて、最後に両思いになるヒロイン。
エンドロールを眺めながら、なぜか涙が溜まっていく。
好きな映画を、また村上くんの隣で見られて嬉しかった。
あの頃に戻れたと思った。
なのに…
最後のヒロインの幸せな涙を見て、自分の気持ちが分かったんだ。
あの頃に戻りたいんじゃない。
ただの気の合う仲のいい友達には、もう戻りたくない。
私は…私は村上くんの恋人になりたいの。
だから最後のクリスマスパーティーで、『さよなら』って言ったんだ。
村上くんは、友達としか見てくれてないって分かったてたから…
「…ゆき?どうした?」
俯いた私に、彼が声を掛けた。
「なんでも、ない」
「大丈夫か?大丈夫なら、ちょっと行きたい所があるんだ」
そっと指先で目尻を撫でて、顔を上げた。
心配そうな顔…
「ん、大丈夫。行きたいとこって?」
バッグを抱えて立ち上がった。
「観覧車、乗らないか?」
「観覧車?ああいうの好きだったっけ?」
「観覧車はまあ好きだけど…この場所を上から見てみたくて」
この場所を?
意外な言葉を聞いて、不思議に思った。
その時間は並んでいる人も少なくて、すぐに私達の順番が来た。
係員に促されて、卵みたいな形の乗り物に乗り込む。
夕方の薄暗くなった空に、観覧車のイルミネーションがきらきらと瞬いていた。
電飾に彩られた卵は、ぐらりと揺れてからゆっくりと上がって行く。
私は窓に額をくっつけて、下を眺めた。
「下に見えてるのが、ゆきが住んでる街?」
「え?うん、そうだね。アパートも遠くに見えるかな」
顔を向けると、村上くんも覗きこむようにして、窓を見ている。
「俺さ、ずっと考えてたんだ、ゆきのこと」
「私のこと…?」
「卒業してから働き始めて、それからずっと…ゆきに言われたことを思い出してた」
「…忘れてくれて、良かったのに…」
「そんなこと、言わないでくれよ」
下を向いて、声が小さくなって。
こんな村上くんは、見たこと無かった。
「自分からゆきを遠ざけて、ゆきが離れて行って…すごく、後悔したんだ。ずっと、あの頃に戻りたいって思ってた」
村上くんの気持ち、こんな風に聞いたのは初めてだった。
戻りたいって、思ってくれてたんだ…
「でも…こんなこと俺の我が儘だって分かってるけど…」
顔を上げて、目を細めて私を見る。
我が儘…?
「去年、ホテルで会って、昨日ゆきの会社で会って…分かったんだ、今の気持ちに」
村上くんの言葉を聞いていて、さっきから心臓が煩くて…
何を言われるの。
嫌なことなら聞きたくない。
窓に背中をくっつけて、少し離れて村上くんを見る。
少し顔を赤くした村上くんの顔が、追いかけるように近づく。
久しぶりに、村上くんの茶色の瞳を見つめた。
「あの頃の、気の合うサークル仲間に戻りたいんじゃない。好きだから…ゆきと一緒にいたいんだ」
村上くんの言葉は、確かに耳に入ったんだけど…
なかなか浸透していかなくて、言葉も出て来なくて。
「ゆきは…ゆきの今の気持ちを教えてくれよ、正直に」
「今の気持ち…」
さっきまで考えてたことが、頭に浮かんだ。
それを、のろのろと口にする。
「私も…あの頃に戻りたくないよ…だから最後にさよならって言ったの」
「それって…」
「私、ずっと村上くんのこと好きだった。仲のいい友達じゃなくて、恋人になりたかったの」
「ゆき…」
「恋人になって隣にいられたらいいのにって、ずっと思ってたんだから…」
膝の上でぎゅっと握った左手を、村上くんの両手が包んだ。
「ごめん…俺、鈍感で…ごめん」
包まれた手が暖かくて、村上くんの口から欲しかった言葉が聞けて。
気づけば、周りの景色も村上くんも、滲んでいた。
「ゆき…泣かないでくれよ…」
困った顔で私を覗き込む。
狡いなあ…
そんな顔を私に見せて。
忘れようとしたこと、忘れてしまう。
「私、村上くんの隣に居ていいんだよ、ね」
臆病だから、こわがりだから、何回でも確認したくなる。
「うん…ずっと、ずっといて…」
中学生みたいに告白し合った私達は、手をぎゅっと握りあったまま。
しばらくしてようやく、二人同時に顔を傾けた。
目尻には、さっきの映画のヒロインみたいにひと滴。
重ねた手にポタッと落ちた。