『ゆきの』
3年になった春。
父が体調を崩して入院したと連絡が来て、帰省することにした。
お正月以来の実家。
病院に行ってみると、思っていたより元気そうではあった。
ただ、父はずっと持病を抱えていたから、心配は消えない…
母には、卒業したら帰って来て就職しろと、何回も言われた。
そこは、ずっと迷ってた所だったけど…
やっぱり、帰るべきなんだろうな。
週が明けて学校に行き、授業が終わると今までと同じようにサークル棟に向かった。
ガラッと引き戸を開けると、ソファで村上くんが本を読んでる。
…のが、いつも見る景色のはずだった。
「あ、ゆき、お帰り」
確かに村上くんはいた。
…でも、隣に誰か座ってる。
その隣に座ってる人が私に笑顔を向けた。
「朝原さん、私、同じクラスの木原陽子。今週、同好会に入ったの。いない間にごめんね」
「木原、さん…」
同じクラス…見覚えがあるような、ないような。
「あ、そうなんだ。よろしくね」
私は、とりあえず座ったまま私達の会話を聞いてた、淳くんの隣に座った。
「ゆき、帰省してたんだろ?何かあったのか?」
テーブルを挟んで向こう側の村上くんが、淡々と聞いてくる。
「ううん。特に何も」
「そっか」
村上くんと喋る時は、いつももっと口数が多いのに、なんだか言葉が出て来ない。
それは、横からじゃなくて前から村上くんを見てるからなんだろうか。
それとも、いつも私が居る場所に、知らない女の子がいるから…?
「ゆきちゃんが来たし、ちょっとお茶しに行かない?」
淳くんが声を掛けてくれて、皆でいつものカフェに行く。
カフェに向かう間、当たり前のように村上くんと並んで歩いてく木原さん。
それを淳くんと歩きながら、後ろから見ている私。
なんだか不思議だ、と思った。
ついこの間まではあそこには私がいたから。
ベルを鳴らして店に入ると、村上くんが座った横に、木原さんがさっさと座る。
私は、体が宙に浮いたみたいな気がして、棒立ちになった。
「ゆきちゃん、こっちおいで」
淳くんに手招きされて、空いてる隣に行く。
結局、男の子3人で1つのテーブル、村上くんと木原さん、淳くんと私で1つのテーブルになった。
コーヒーを待ってる間、前で喋ってる村上くんをチラッと見た。
私には向けた事がない目、表情、声。
それはなぜだか、すぐに分かった。
髪もメイクも指先も、少し鼻に掛かった話し声も。
木原さんは、村上くんの好みの女の子なんだ。
どんな性格かなんて、分からない。
でも、少なくとも見えてる部分は、いつも言ってた『俺の好きなタイプ』だった。
タイプなんて、『こんな特徴の人が好きかも』ぐらいの認識だった。
タイプだからって好きになるとは限らないもの。
でも、村上くんが木原さんに見とれてるのは分かる。
もしかして、惹かれてるのかもしれない…
今まで、村上くんのまわりには木原さんみたいな人はいなかったから。
そんなことを考えたら、息苦しくなった。
淳くんと喋っていても上の空…
私のことは、小さな頃から知ってる近所の女の子みたいって言ってた。
だから、私を好きになんてならないと分かってたんだ…
そう、村上くんは、彼氏でもなんでもない。
誰をどう見ようと村上くんの自由だ。
サークル棟でもここでも、隣に座ろうねなんて約束なんかしてない…
それでも。
好きな人が目の前で、他の女の子を見つめてるとこなんて、見たくなかった。
隣で笑って、喋って。
二人だから楽しいって思ってたのは、私だけだったのかな。
私は何かが空っぽになった胸を押さえて、ため息をついた。
それからというもの、私がいた村上くんの隣は、いつも木原さんがいるようになった。
あんなに喋ってたのに、隣にいなくなったら、村上くんとはすっかり喋らなくなった。
それは、木原さんがいてもいなくても。
そして、私は淳くんと一緒にいることが、多くなった。
淳くんは優しい。
木原さんがいない時に映画館で隣に座ったら、
「僕の隣でいいの」って言われたけど…
もう、隣が空いていても今までみたいに村上くんの隣が、
『私の居場所』なんて、思えなくなったから。
木原さんを見るみたいに、私は見て貰えない。
そのことが、こんなに悲しいなんて知らなかった。
私のことをゆきって呼んでくれた時は、嬉しくて頬が緩んでしまって、気づかれないように頑張った。
映画館で耳元で言われた時は、口から心臓が出そうな位ドキドキした。
たぶん、村上くんはそんなことないんだろうな…
私の気持ちを知ってる淳くんは、
「和也は、鈍感でバカだ」って言ってくれるけど…
夏が過ぎ、ようやく風が涼しくなりはじめた頃。
以前より、同好会に顔を出さなくなった。
淳くんは時々連絡をくれる。
でも、村上くんからは何も無い。
もう、木原さんと付き合ってるのかもしれない…
そう思うと、尚更足が向かなくなる。
今年のクリスマスは、気楽に楽しめる最後のクリスマスだ。
また、居酒屋でパーティーするのかな。
でも、あの二人が一緒にいるのを、見たくない。
11月も終わりが近づいた頃、淳くんから連絡があった。
やっぱり、いつもの居酒屋でパーティーをするみたい。
「ゆきちゃん、気にしないでおいでよ」
「誘ってくれてありがとう。でも、なんか行きづらいな…」
「大丈夫。木原さんは来ないよ」
「え、なんで」
淳くんから話を聞いて、私はクリスマスパーティーに行くことにした。