えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

わたしの居場所3

2019-02-14 07:35:12 | 書き物

『ゆきの』

3年になった春。
父が体調を崩して入院したと連絡が来て、帰省することにした。
お正月以来の実家。
病院に行ってみると、思っていたより元気そうではあった。
ただ、父はずっと持病を抱えていたから、心配は消えない…
母には、卒業したら帰って来て就職しろと、何回も言われた。
そこは、ずっと迷ってた所だったけど…
やっぱり、帰るべきなんだろうな。


週が明けて学校に行き、授業が終わると今までと同じようにサークル棟に向かった。
ガラッと引き戸を開けると、ソファで村上くんが本を読んでる。
…のが、いつも見る景色のはずだった。
「あ、ゆき、お帰り」
確かに村上くんはいた。
…でも、隣に誰か座ってる。
その隣に座ってる人が私に笑顔を向けた。
「朝原さん、私、同じクラスの木原陽子。今週、同好会に入ったの。いない間にごめんね」
「木原、さん…」
同じクラス…見覚えがあるような、ないような。
「あ、そうなんだ。よろしくね」
私は、とりあえず座ったまま私達の会話を聞いてた、淳くんの隣に座った。
「ゆき、帰省してたんだろ?何かあったのか?」
テーブルを挟んで向こう側の村上くんが、淡々と聞いてくる。
「ううん。特に何も」
「そっか」
村上くんと喋る時は、いつももっと口数が多いのに、なんだか言葉が出て来ない。
それは、横からじゃなくて前から村上くんを見てるからなんだろうか。
それとも、いつも私が居る場所に、知らない女の子がいるから…?
「ゆきちゃんが来たし、ちょっとお茶しに行かない?」
淳くんが声を掛けてくれて、皆でいつものカフェに行く。
カフェに向かう間、当たり前のように村上くんと並んで歩いてく木原さん。
それを淳くんと歩きながら、後ろから見ている私。
なんだか不思議だ、と思った。
ついこの間まではあそこには私がいたから。


ベルを鳴らして店に入ると、村上くんが座った横に、木原さんがさっさと座る。
私は、体が宙に浮いたみたいな気がして、棒立ちになった。
「ゆきちゃん、こっちおいで」
淳くんに手招きされて、空いてる隣に行く。
結局、男の子3人で1つのテーブル、村上くんと木原さん、淳くんと私で1つのテーブルになった。
コーヒーを待ってる間、前で喋ってる村上くんをチラッと見た。
私には向けた事がない目、表情、声。
それはなぜだか、すぐに分かった。
髪もメイクも指先も、少し鼻に掛かった話し声も。
木原さんは、村上くんの好みの女の子なんだ。
どんな性格かなんて、分からない。
でも、少なくとも見えてる部分は、いつも言ってた『俺の好きなタイプ』だった。
タイプなんて、『こんな特徴の人が好きかも』ぐらいの認識だった。
タイプだからって好きになるとは限らないもの。
でも、村上くんが木原さんに見とれてるのは分かる。
もしかして、惹かれてるのかもしれない…
今まで、村上くんのまわりには木原さんみたいな人はいなかったから。
そんなことを考えたら、息苦しくなった。
淳くんと喋っていても上の空…
私のことは、小さな頃から知ってる近所の女の子みたいって言ってた。
だから、私を好きになんてならないと分かってたんだ…
そう、村上くんは、彼氏でもなんでもない。
誰をどう見ようと村上くんの自由だ。
サークル棟でもここでも、隣に座ろうねなんて約束なんかしてない…
それでも。
好きな人が目の前で、他の女の子を見つめてるとこなんて、見たくなかった。
隣で笑って、喋って。
二人だから楽しいって思ってたのは、私だけだったのかな。
私は何かが空っぽになった胸を押さえて、ため息をついた。




それからというもの、私がいた村上くんの隣は、いつも木原さんがいるようになった。
あんなに喋ってたのに、隣にいなくなったら、村上くんとはすっかり喋らなくなった。
それは、木原さんがいてもいなくても。
そして、私は淳くんと一緒にいることが、多くなった。
淳くんは優しい。
木原さんがいない時に映画館で隣に座ったら、
「僕の隣でいいの」って言われたけど…
もう、隣が空いていても今までみたいに村上くんの隣が、
『私の居場所』なんて、思えなくなったから。
木原さんを見るみたいに、私は見て貰えない。
そのことが、こんなに悲しいなんて知らなかった。
私のことをゆきって呼んでくれた時は、嬉しくて頬が緩んでしまって、気づかれないように頑張った。
映画館で耳元で言われた時は、口から心臓が出そうな位ドキドキした。
たぶん、村上くんはそんなことないんだろうな…
私の気持ちを知ってる淳くんは、
「和也は、鈍感でバカだ」って言ってくれるけど…


夏が過ぎ、ようやく風が涼しくなりはじめた頃。
以前より、同好会に顔を出さなくなった。
淳くんは時々連絡をくれる。
でも、村上くんからは何も無い。
もう、木原さんと付き合ってるのかもしれない…
そう思うと、尚更足が向かなくなる。
今年のクリスマスは、気楽に楽しめる最後のクリスマスだ。
また、居酒屋でパーティーするのかな。
でも、あの二人が一緒にいるのを、見たくない。
11月も終わりが近づいた頃、淳くんから連絡があった。
やっぱり、いつもの居酒屋でパーティーをするみたい。
「ゆきちゃん、気にしないでおいでよ」
「誘ってくれてありがとう。でも、なんか行きづらいな…」
「大丈夫。木原さんは来ないよ」
「え、なんで」
淳くんから話を聞いて、私はクリスマスパーティーに行くことにした。















































わたしの居場所2

2019-02-13 07:32:35 | 書き物
『和也』

俺と、淳と、後は同じ学部の同級生3人。
少人数で細々と活動を始めた映画同好会。
ゆきが入ったのは、2年の5月だった。





「すみません」
小さな声が聞こえて、開きっぱなしの引き戸から覗いたのは、ショートカットの女の子。
朝原ゆきのという名前のその子は、映画同好会に入りたいと、一人で訪れた。



男の子みたいなショートカットで、化粧っ気が無くて。
まん丸くくりっとした目のその子は、少しずつ俺たちに馴染んで行った。
サークルの皆でお茶して、映画の話で盛り上がったりする時は、彼女は俺の隣に座った。
「どこに座ったらいいの」淳に聞いているから、
「ここに来ればいいよ」
と、俺の方から声を掛けたんだ。
今までのメンバーは俺を含めて5人で、俺の隣はいつも空いていたから…
そうするうち、映画を見に行った時も、彼女は俺の隣に来るようになった。
そして、いつの間にかいつも俺の隣には彼女がいた。
隣にいて色んな話をした。
映画はラブコメとサスペンスが好き。
コーヒーを飲むなら、砂糖抜きのミルクたっぷり。
普段は眼鏡を掛けないけれど、授業中と映画を見るときは、掛ける。



彼女は、映画を見終わると、まず俺を見てどうだった?と聞いて来る。
俺がイマイチかなと言って、ふーんと口を尖らせる時は、彼女は面白かったとき。
面白かった!と返すと、でしょ!っと言ってから嬉しそうにバーっと喋り出す。
映画が好きなことは同じでも、細かい好みは違ったりする。
彼女は決して『自分の好き』を押し付けなかった。
でも、俺の好きなアクション映画は、勧めたら見るようになったらしい。
見終わると、俺に色々質問してくる。
へえ~、と驚いたり、やっぱりねと納得したり。
楽しそうに聞いてる彼女は、無邪気な近所の小さな女の子みたいだった。
その頃から、ゆきと呼びはじめたから尚更だ。
みんなはゆきちゃんと呼び、俺もそうだったけれど。
「呼ぶのにゆきだけの方が、簡単で呼びやすいよな」
いいことを思い付いたと、ゆきに言うと、
「それじゃ、近所のお兄ちゃんみたいじゃない…」
と、嬉しいのか嬉しくないのか、よく分からない顔をした。
「あれ?やなの?」
「べつにーやじゃないよ」
そう笑ってみせた顔は、もういつもの彼女だった。


それからは、大学構内のサークル棟の部屋で、毎日のように集まっていた。
人数が少ないサークルだからか、狭い部屋でみんな集まるとぎゅうぎゅうだ。
でも皆気を使わないメンバーだったから、ずっと一緒にいても気楽だった。
それは、ゆきも同じこと。
すっかり馴染んだゆきは、サークル棟の部屋にいつも遅れてやって来る。
すると、持ち込んだソファに座ってる俺の横に、決まって座るのだ。
「今日はどうするの?」
とゆきが言うと、それから俺が考えた。
それが、日常になって行った。
そんな日常が続いた辺りで、よく言われるようになった。
「二人は、付き合ってるの」と。
そんな風に見えるのかと、正直驚いた。
女の子扱いをしない訳じゃないけど、俺にとってゆきは近所の小さな女の子みたいなものだ。
好きだとか付き合いたいとか、思ったことはなかった。
めちゃくちゃ気は合うし、一緒にいて気楽だけれど。
そもそも、大人っぽい綺麗な子が好きな俺からしたら、ノーメイクで年中パーカーやチノパンのゆきは論外だ。
それを知ってるゆきはそんなことを言われた時は、
「残念でした。村上くんは映画に出てくる美人女優がタイプなんだよ。大外れ 」
そう言って笑ってた。
だから、俺も一緒に笑ってた。
ゆきの顔が、いつもの笑顔だと思ってたから。
そんな仲のいい皆と、ぬるま湯みたいな時間を過ごしていた毎日。
それが、すっかり変わってしまうなんて、思ってもみなかった。



3年になった春。
ゆきと同じように、同好会に入りたいと1人で訪れた子がいた。
開いているドアを軽くノックしてから、さっさと入って来た彼女。
「はじめまして。木原陽子です」
はきはきと自己紹介する彼女は、見るからに大人っぽい子だった。
毛先で巻いたロングヘア、綺麗に彩られたネイル。
念入りに塗られたシャドウ、その上に立ち上がってる睫毛。
ぽってりとした唇に乗ったローズカラーは、映画に出てくる美人女優みたいだ。
かっちりめのグレーのスカートに、ゆるめのシャーベットピンクのシャツ、ピンクのパンプス。
俺は目をパチパチさせてしまった。
女の子から、こんなものすごい情報量を受け取ったのは、久しぶりだ。
何せ、ここのところずっと目にしてたのは、ひたすらシンプルなゆきだったからな…
こんな細々と活動してる同好会だ。
すぐに入会を決めた彼女は、ゆき不在の俺の隣に座り、俺に色々質問してきた。
隣に座ると、いい匂いがする。
化粧品の匂いやシャンプーの匂い。特に化粧品の匂いは、ゆきからは感じたことが無いものだった。


ちょうどその週は、用事があってゆきは帰省中で、来ないと知っていた。
せっかくだからと、皆でいつものカフェに行った。
木原さんは、当たり前のようにいつもはゆきが座る、俺の隣に来た。
いつもと違う香り、彼女が頼むゆきとは違う飲み物。
俺に話しかける時の、すっと伸びた指の動き。
いつもと違い過ぎて刺激が強かったのか、心臓が落ち着かない。
どこを見たらいいか分からなくて、つい口元を見てしまう。
ぽってりとした唇が動くのを見て、またドキドキする。
どうしたんだ、俺。
彼女は、特に映画好きと言うわけではないが、映画に詳しくなりたいんだそうた。
有名な映画しか知らないから、もっと色んな映画を知りたいし見てみたい。
だから色々教えてねと、俺ににっこりしてみせる。
そこは映画好きとしては張り切る所だったし、その笑顔を見て俺の顔はたちまち緩んだ。
ただ、会話が盛り上がると言うより、俺が一生懸命解説してる状態だったけど。
明日も授業が早く終わるから来るねと言って、彼女は帰って言った。
ずっと彼女を見て喋ってた俺は、見送った後ボーッとしてしまった。
その週、木原さんはマメに顔を出した。
そして、サークル棟に来ると当たり前のように、俺の隣に座った。
俺は、ゆきをゆきちゃんと言ったように、横に座った彼女を陽子ちゃんと呼んだ。
でも、名前をちゃんづけなんて恥ずかしいと言われて、結局木原さんになった。
名前を呼んだら、恥ずかしがったけど嬉しそうに照れてたゆき。
…ゆきとは、違うんだな。
金曜日、淳がこそっと
「和也、ゆきちゃんが来たら木原さんどこに座らせるんだよ」
と言ってきた。
…いけない。
ゆきのこと、すっかり忘れてた。
「どうするって?」
「いつも隣に座ってたのは…」
「ああ…それか。まあ、席が決まってる訳じゃないんだから、いいんじゃないか。ゆきだって、ここじゃなきゃ、なんて思ってないだろ」
「…それは、そうかもしれないけど…」
その時の俺は、淳は相変わらず心配性だなとしか、思ってなかった。
鈍感なヤツだったんだ。


案の定、週が明けてゆきが戻って来ても、木原さんは俺の隣に座った。
まあ、ずっとゆきが隣だったなんて、木原さん知らないんだから、しようがない。
二人は同じクラスみたいだが、よくは知らないらしい。
簡単な自己紹介はしていたが、そんなに喋っていなかった。
それから、お茶をするのも映画を見るのも、ゆきと入れ替わるように木原さんが隣に座った。
そして、ゆきは淳の隣に。
淳の横に座るようになったゆきを、気にしないわけじゃない。
でも、ゆきと隣に座ろうなんて約束はしていないんだから…
淳と楽しそうにしてるのを見ながら、そんな言い訳じみたことを呟いていた。
むしろ、横を向くといい香りのする木原さんが俺を見る。
そんなことに浮かれていたんだ。
ただ…
ゆきと木原さんとは違うってことを、俺は少しずつ分かりはじめた。。
映画を見てる時や見終わった後。
見てる最中に色々聞いて来る。
見終わると、まず自分が面白かったかどうかを、言ってくる。
それを言うと、満足してしまうのか立ち上がってしまうのだ。
エンドロールまで我慢が出来ないの、とある時言っていたけれど…
俺は、と言いかけた言葉がしぼんで、消えて行く。
映画を見た後は、ゆきと感想を色々言い合って、盛り上がってた。
相手が聞いてくれないのでは、自分だけじゃ盛り上がらないものなんだ。
そんなことに、ゆきが離れてから気づいたんだ。


それからのゆきは、木原さんがいてもいなくても、淳と一緒にいるようになった。
俺は木原さんばかり見ていて、気にもしなかった。
だから、木原さんがいない時は、俺は1人になった。
1人になったからって、今さらゆきに隣に来いよとも言えない。
淳は前からゆき贔屓で、俺がゆきをからかってゆきがふくれると、いつも宥めてた。
淳は、ゆきが隣に来ると嬉しそうだ。
ゆきも、淳といる方が楽しそうに笑ってるように見えた。
それは、隣にいないからそう思うのか…
そう思ったら、なんとなく胸の奥をぎゅっと掴まれた気がした。
それがなんなのかは分からない。
でも、深く考えることもなく目を逸らした。
だって俺は、木原さんが彼女だったらなんてこと、想像したりしてたんだから。
しかも、もしかして木原さんも満更でもないかもなんて。
でも、すぐに俺は現実を知ることになった。



夏が過ぎ涼しくなりはじめた頃、木原さんがサークル棟にくる回数が減っていった。
気にはなったけれど、何故かなんて聞けない。
そもそも俺は、木原さんのことをどう思ってるんだろう。
そして、同じように来る回数が減ったゆきのことは…
あんなに浮かれてたくせに、そんなことを考えてモヤモヤした。
そして、10月も終わる頃。
木原さんが久しぶりに姿を見せた。
いつものように俺の隣に座ると思ったのに、立ったまま。
「久しぶりだね。どうしたの、座らないの」
「村上くん、久しぶりね。あの、ちょっと言いたいことがあって」
言いたいこと?
何だろう、いきなり。
「え?うん、何?」
「私、同好会辞めようと思うの」
「え、どうして?映画に興味無くなった?」
そう言うと、気まずそうな顔をする。
「そうじゃなくて…実は私、好きな人がいて」
「好きな、人?」
一体、何の話なんだ…?
「その人がかなりの映画通なの…私、彼の気を引きたくて。だから、同好会で色々教えて貰って、手っ取り早く映画好きになろうと思ったの」
「それが入る理由だったんだ?」
「うん…ごめんね、不純な動機で」
「そんなのは、全然…で、その好きな人とは上手くいったの」
「うん…ちょっと前から付き合い始めたの。上手くいったの、村上くんのおかげよ」
「俺の?何で?」
「映画のこと、色々教えてくれたじゃない」
「ああ…そうだったね」
…なんだ。
そういうことなのかよ。
ケロッとごめんね、なんて言って出て行く木原さんを、呆然として眺めた。
空回りもいいとこだな。
自業自得だけどな。
木原さんは、俺を誘うようなことなんて言ってないんだから。
1人で浮かれただけ。
俺は本当に馬鹿だ…




























































わたしの居場所1

2019-02-12 15:23:58 | 書き物
『ゆきの』


大学卒業から、2年あまりで友達が結婚した。
お相手は、大学時代から付き合ってた、歳上の彼。
長く付き合ってたのは知ってたけれど、社会人になってからこんな早く結婚するなんて思わなかった。
都内での結婚式のため、私は実家のある東北から前日のうちに泊まり込んでいた。



披露宴会場は都内のホテル。
部屋をチェックアウトしてから、荷物をクロークへ。
幾つもの宴会場があるフロアに上がる。
まだ時間があるから、休憩場所のソファーに座ってあたりを見渡したら、見覚えのある顔が見えて思わず二度見した。
あれは、同じサークル仲間だった淳くんだ。
隣の受付の前にいるから、隣の披露宴会場なのかな。
そして、その隣にいるのは…
もう会うことはないかもと思ってた、村上くん。
村上和也。
学生の頃は、天パの髪をふわふわさせてた。
今は髪も短くしてうまく撫で付けてる。
淳くんと、顔を近づけて何やら喋ってるみたいだ。
急な展開にドキドキして目を逸らした。
しばらくして顔をそっと向けると、淳くんが気がついたようだ。
こっちを、じっと見てから村上くんに話し掛けてる。
話し掛けられてる村上くんが横を向いてるのが見えた。
あの横顔、好きだったな…
学生時代の記憶はまだ、そんなに薄れてない。
でも、村上くんへの気持ちはもう、胸の一番奥に沈めたつもり。
ただ、こんなに早くまた顔を合わせるなんて、予想外だったけれど…




披露宴が無事終わり、同じホテルの中のパーティールームが二次会の会場だった。
招待客はみんな、披露宴の衣装のまま移動してる。
私も、薔薇のモチーフを散らした濃いピンクのワンピースのまま。
ゆるくカールした髪は、シニヨンに。
耳元には大振りのパールのイヤリング。
パーティー用とは言え、こんな格好は学生時代には全くしなかった。
…いや、1回だけしたかな。
最後の勇気を振り絞って。
「ゆきちゃん、久しぶりだね」
「…淳くん」
廊下で淳くんに呼び止められた。
「そのピンクのワンピース、すごく似合ってる。女の子っぽくなったね~」
「あ、ありがとう」
あの頃から、なぜか淳くんだけは私を可愛いと褒めてくれてた。
ショートヘアで、いつもジーパンとTシャツ、大きなリュックを抱えてた私を。
淳くんの後ろにいる村上くんは、1度も言ってくれなかったな…
「ゆき、久しぶり」
ようやく、村上くんが口を開いた。
「うん…ほんと久しぶりだね。村上くん、元気だった?」
「ああ、まあ…仕事は忙しいけどね。ゆきはどう?」
「私?私も忙しいかな。ちょっとずつ慣れては来たけど」
「そう…」
村上くん、淳くんとは映画同好会で一緒に過ごした。
特に村上くんとは、一時だけどいつもいつも一緒だった。
淳くんは『ゆきちゃん』と呼ぶけれど、村上くんは私を『ゆき』と呼んでた。



笑いと涙のツボが一緒で、
コーヒーが好きで、
思い立ったらすぐ行動して。
そして、映画が大好き。
私にとって村上くんは、『めちゃめちゃ気が合う人』だった。
噛み合わないことがあっても、村上くんだと受け入れることが出来た。
それが、気づいたら…
天パが可愛くて、なのに低い声が男の人で。
笑顔が可愛くて年下見られるのに、捲ってる袖から出てる腕が、私とは違うんだって教えてくれる。
綺麗な横顔にいつも見とれてた。
そう、『好きな人』になってた。
ラブコメの映画が好きな私は、村上くんに恋したんだわ、と自覚した。
自覚して、村上くんもそうだったらいいのにと願ったのだ。
でも、恋愛経験の無い私にも分かるくらい、村上くんが私を好きかなんてこと、ありそうには見えなかった。
…でも、今日の村上くんは。
思ってたことをすぐ口に出してたのに、口数が少ない。
その理由はなんとなく見当はついたけれど、私は気づかない振りをした。
もう、私の気持ちは沈めたの。
振り向いて貰えない人のことは、忘れるしかないもの。
「ゆきちゃんはさ、今彼氏いるの?」
淳くんがケロッと聞いてくる。
相変わらずだな。
「残念ながら、いないよ。まだ仕事で手一杯なの」
「そっか~そんな素敵なのに。勿体ないよね」
サラッと褒めてくれる淳くん。
そんなやりとりを聞いてる村上くん。
…そんな顔しないでよ。
どうせもう、私のことなんて忘れてたんでしょ?
「あ、ちょっとあっち行って来る!」
顔見知りを見付けたのか、淳くんが離れて行く。
村上くんと二人残されてしまって、気まずくなった。
「…私、そろそろ行かなくちゃ」
そう言いかけたら、村上くんに遮られた。
「向こうに行くと、ベランダに出られるんだって。行ってみないか」
「ベランダ?」
「夜景が綺麗らしいよ」
「…でも、時間が…」
「ちょっと、見てみようよ」
「じゃあ、ちょっとだけ」



石造りのベランダに出ると、中の灯りが漏れていて、明るい。
でも、手すりまで来るとランプみたいな灯りだけで、薄暗かった。
その代わり、庭のイルミネーションがよく映えていて綺麗。
12月始めの夜の空気は都心でも冷たくて、持っていたファーのケープを急いで肩に掛けた。
「よく似合ってるよ。女の子って侮れないな」
「侮れない?」
「…ほら、男の子かってくらいショートカットで、スカート1枚も持ってないって言ってただろ」
「ああ…そういえば、そうだったかな」
「それが、こんなワンピース似合っちゃうんだから」
「似合ってる、かな」
「うん…すごく」
村上くんの好きなタイプは、私とは真逆。
なのに、こんなこと言ってくれるなんて。
「村上くんはさ、彼女出来たの?」
「え?」
「ほら、もう社会人になって2年たつでしょ。出会いとかありそうじゃない」
「…いや、そんな出会いなんて全然…」
「そうなんだ…村上くんの会社都内だし、出会いなんていくらでもありそうなのに」
「仕事忙しいし、そんな暇ないよ。ゆきだってそうなんだろ」
「うん…まあ、そうだよね」
久しぶりに村上くんと言葉を交わすと、学生にもどったみたい。
でも、二人ともなんだかぎこちない。
私も、居心地が悪くなって、もう行かなくちゃと思った。


「そろそろ中に入ろうよ。もう寒い。私も行かなくちゃ」
そう声を掛けると、しばらく黙ってた村上くんがボソッと言った。
「ゆきのメッセージのID、ずっと一緒なの」
「うん…そうだけど」
動かない村上くんをおいて、中に入ろうとした。
途端に、手首をぎゅっと掴まれた。
「…どうしたの、痛いよ」
「また、連絡してもいいか?」
「…なんで」
「なんででも。ゆきとまだ話したいことが…」
予想外の村上くんの反応に、どうしていいか分からなくなった。
今さら、まだ何を話すの。
私はあの時振られたって思ってるのに。
「中途半端なこと、言わないで」
村上くんの手を振りほどいて、中に入った。
そのまま二次会会場に入り、ワインを受け取った。
新郎新婦が入って来たら、二次会が始まる。
まだドキドキしてるというのに、辛口のワインを飲み干してしまった。
私には、振られて終わった恋。
新しい出会いだってあるかもしれないもの、さっきのことは忘れよう。
きっと村上くんは少し懐かしかっただけ。
今さらあの頃には戻れないのよ。




『和也』


ゆきが中に入ってしまったのを見て、ため息をついた。
あんな風に言いたかったんじゃないのに。
もっと…今の俺の気持ちを言いたかった。
ゆきの今の気持ちを知りたかった。
なのに、なんでこう上手く言えないんだ。
ゆきはなんであんな頑ななんだ…
あんな…
あんな、綺麗になるんだな。
化粧っ気が無くて、いつも素顔で色気も何もなくて。
女の子扱いしたことなんて、1度も…
いや、最後のクリスマスパーティーの時だけは、違ったけれど。
あの時のゆきを見てから、もやもやして自分の気持ちが分からなくなったんだ。
だから今日、もっとちゃんと喋りたかった。
そうだ、よく考えよう。
考えて、ちゃんとゆきに伝えなくちゃ。
そのチャンスは、絶対にある。