午後の陽射しは、明るくってポカポカと暖かさを増して
ほんとうに気持が良いですね~♪
午前中のkirikouは、私が何度か声かけしてもパジャマのまんま
テレビを観ながら(このところ夢中になっている)粘土をこねくり回していました。
昨日遊んだH君たちと今日の午後も遊ぶと言って電話をしましたが、通じなくて
お昼近くになって、ややイライラして不機嫌モードに入ったらしく
(勝手にPCのお絵かきを始めたり)アレヤコレヤと、コチラにからんできました。
一時、イヤ~ナムードになりかけましたが
コチラもお気に入りのMDを聞きながら、ソローの「森の生活」を読みつつ
矛先をかわしているうちに、ぷいっと向こうが下りていきました。
そのうちに、(お気に入りの)「いつもの上着、どこにあるの~?」とか聞いてきて
どうやら着替えて、遊びに行くつもりのようです。
電話の履歴表示を見て「あれ~?電話番号を間違えていた…」とつぶやいて
もう一度掛けなおすと…
「あぁ…○○デス…こんにちは。
昨日は…ありがとうございました…○○クンいますか?」なんて言っちゃって!!
先ほどまでの、私に対する傍若無人な言いようとはうって変わって
やけにマジメな口調で話しています。
ということで、またkirikouが遊びに行ってしまいましたので
読んでいる(というか、そこらに積んであって拾い読みしている)本の
備忘録でも書いておきますね~!!
先ほどお話したヘンリー・D・ソロー著真崎義博訳「森の生活」は…
皆様のほうがお詳しいかもしれませんが、おそらく2年以上前、どういう経緯だったか???
「ヘンリーのしごと」という絵本が先だったか?別のことからだったか?は
スッカリ忘れてしまいましたが、私の元にやってきました。
未だ、その一割くらいしか目を通していませんが…
厚ぼったい本を、適当にパッと開いて読むだけで
示唆に富んだとてもオモシロい言葉が、
ソローという人のつぶやきのような心地よさを持って耳元に響いてきます。
(調べたら、絵本を訳した今泉吉晴さんの新約も出ているようですね。)
それから…なぜか「人生の鍛錬 小林秀雄の言葉」が、ひょっこり出てきました。
コチラも、2年ほど前に「モオツァルト」あたりを読み返してみた時は
ほとんど歯が立たないなぁと思っておりましたが、どうも受ける印象が少し変わって
年代順に編まれた、その本から伺えるその人の言葉の連なりが(そのほんの一部ながら)
「なるほどなぁ…」とコチラの中に沁みてくるような気がしました。
講演テープでしたか、肉声で語られるお話がとてもオモシロいと聞いたことがありますが
様々なテーマについての断片的な文字の記述にも、
その人の鋭い眼力から生み出された思いが宿っているように感じられます。
私の思い違いかもしれませんが…年代が後にいくほど
その言葉はどこか丸みを帯びて、それでいて深さと奥行きを増しているような…
味わいのある器のような…風情を感じました。
あとは、買ったり借りたりした新書で…そろそろ返却期限も近づいてきました。
(前にも書いたと想うので、タイトルだけにしますが
そのそれぞれの方のそれぞれの言葉が、どこか私のアタマの中で踊っています。)
宗教関連では…「禅的生活」『「生きる力としての宗教』「宗教の力」
「聞き書き ダライラマの言葉」(予約待ちで「ダライ・ラマ科学への旅 」)
その他…「江戸の教育力」「さみしい男」「暴力はどこからきたか」
本を読んだからって、何ほどのことが「わかる」などと到底言えないことは承知しております。
それにしても、10人いれば10通りの語り口やものの見方や考え方があるようで
ときに激しく、ときには流れるように…
そして、永い時を経てもそこに息づいている
「その人から発せられる言葉」の一端に触れるだけでも…
本を読むことの楽しさは、計り知れないものがあるのでしょうね。
本のページから、ふと目を上げると…
静かな風の吹く春の午後…
窓から見える庭木の芽吹きの赤や黄緑が、楽しげに揺らいでいますね…
ほんとうに気持が良いですね~♪
午前中のkirikouは、私が何度か声かけしてもパジャマのまんま
テレビを観ながら(このところ夢中になっている)粘土をこねくり回していました。
昨日遊んだH君たちと今日の午後も遊ぶと言って電話をしましたが、通じなくて
お昼近くになって、ややイライラして不機嫌モードに入ったらしく
(勝手にPCのお絵かきを始めたり)アレヤコレヤと、コチラにからんできました。
一時、イヤ~ナムードになりかけましたが
コチラもお気に入りのMDを聞きながら、ソローの「森の生活」を読みつつ
矛先をかわしているうちに、ぷいっと向こうが下りていきました。
そのうちに、(お気に入りの)「いつもの上着、どこにあるの~?」とか聞いてきて
どうやら着替えて、遊びに行くつもりのようです。
電話の履歴表示を見て「あれ~?電話番号を間違えていた…」とつぶやいて
もう一度掛けなおすと…
「あぁ…○○デス…こんにちは。
昨日は…ありがとうございました…○○クンいますか?」なんて言っちゃって!!
先ほどまでの、私に対する傍若無人な言いようとはうって変わって
やけにマジメな口調で話しています。
ということで、またkirikouが遊びに行ってしまいましたので
読んでいる(というか、そこらに積んであって拾い読みしている)本の
備忘録でも書いておきますね~!!
先ほどお話したヘンリー・D・ソロー著真崎義博訳「森の生活」は…
皆様のほうがお詳しいかもしれませんが、おそらく2年以上前、どういう経緯だったか???
「ヘンリーのしごと」という絵本が先だったか?別のことからだったか?は
スッカリ忘れてしまいましたが、私の元にやってきました。
未だ、その一割くらいしか目を通していませんが…
厚ぼったい本を、適当にパッと開いて読むだけで
示唆に富んだとてもオモシロい言葉が、
ソローという人のつぶやきのような心地よさを持って耳元に響いてきます。
(調べたら、絵本を訳した今泉吉晴さんの新約も出ているようですね。)
それから…なぜか「人生の鍛錬 小林秀雄の言葉」が、ひょっこり出てきました。
コチラも、2年ほど前に「モオツァルト」あたりを読み返してみた時は
ほとんど歯が立たないなぁと思っておりましたが、どうも受ける印象が少し変わって
年代順に編まれた、その本から伺えるその人の言葉の連なりが(そのほんの一部ながら)
「なるほどなぁ…」とコチラの中に沁みてくるような気がしました。
講演テープでしたか、肉声で語られるお話がとてもオモシロいと聞いたことがありますが
様々なテーマについての断片的な文字の記述にも、
その人の鋭い眼力から生み出された思いが宿っているように感じられます。
私の思い違いかもしれませんが…年代が後にいくほど
その言葉はどこか丸みを帯びて、それでいて深さと奥行きを増しているような…
味わいのある器のような…風情を感じました。
あとは、買ったり借りたりした新書で…そろそろ返却期限も近づいてきました。
(前にも書いたと想うので、タイトルだけにしますが
そのそれぞれの方のそれぞれの言葉が、どこか私のアタマの中で踊っています。)
宗教関連では…「禅的生活」『「生きる力としての宗教』「宗教の力」
「聞き書き ダライラマの言葉」(予約待ちで「ダライ・ラマ科学への旅 」)
その他…「江戸の教育力」「さみしい男」「暴力はどこからきたか」
本を読んだからって、何ほどのことが「わかる」などと到底言えないことは承知しております。
それにしても、10人いれば10通りの語り口やものの見方や考え方があるようで
ときに激しく、ときには流れるように…
そして、永い時を経てもそこに息づいている
「その人から発せられる言葉」の一端に触れるだけでも…
本を読むことの楽しさは、計り知れないものがあるのでしょうね。
本のページから、ふと目を上げると…
静かな風の吹く春の午後…
窓から見える庭木の芽吹きの赤や黄緑が、楽しげに揺らいでいますね…
深いですね…。
自然界の営みはまさに人生と同じ…そこに人間の感情を織
り交ぜながら、他者との連関の中で生きる。
うーん、この絵本、毎日、自分の人生に思いを巡らすために
読んでいたいですね。
素敵な絵本、ほんとにありがとうございました!!
何かしらお心に届くものがあったら・・・私も、とてもうれしいです!
ほんとうに大好きな絵本なんです。
理想を掲げることが、どうなのか・・・
「今ある自分」を見つめることの大切さも感じますし・・・
だからこそ・・・その間に、その目標に少しでも「近づきたい」という
憧れや想いが、大きな原動力になって
自分自身を動かしていく・・・ような気がしています。
自然の営みは・・・意味を見いだせようが、逆に例え見えなくとも
脈々と息づいている・・・のかもしれませんね。