その家には18時~20時指定の荷物を届けに行きました。
新興住宅地で新築の家々が並ぶ場所の一角にありました。
カーポートには一台の高級車が止まっており、
傍らで50歳ほどの気難しそうな男が携帯で誰かと話をしています。
僕はその男の邪魔をしないようにお宅のチャイムを鳴らし、
荷物を家の人に託そうとしました。
すると、
「おい、お前!!」
男は僕を怒鳴りつけながら近づいてきます。
男は最初からけんか腰。
明らかに運送業者を見下した態度です。
「ここに(俺が)いるだろうが?
(なぜチャイムを鳴らす?)」
「いや、お話し中だったのでお邪魔かと・・」
「ハァ?お前、名前なんつーんだよ?
なぁ?聞いてんだよ!」
「xxですが?じゃあ荷物受け取ってもらえますか?」
なぜか荷物を受け取ろうとしない客。
「なんだお前、
胸ポケットにタバコの箱入れて。
失礼だろ。あ?」
僕は即座に頭のおかしい客を相手にしていると感じました。
僕はこの状況に嫌気が差し、
自然とため息が出そうになりました。
閉じた口を開いたとたん、
舌が上あごを離れたその音を舌打ちと捉えた客は、
「お前、今舌打ちしただろ?
なぁ、したよな?
会社にいれなくしてやろうか?
どこのセンターだ?
電話番号言えよ」
ヤマトでは情報集約と業務簡素化のため、
センターの電話番号は言えないことになっています。
「はぁ・・(ため息)」
「お前、客にため息つくのか?
お前みたいなやつを首にするのは簡単だぞ。
言えないんなら検索してチクってやるよ」
(無言)
「はぁ・(ため息)」
客の因縁は続きます。
こんな状況が5分ほど続きました。
僕は謝る筋合いも全くないので、
客の因縁に無言で付き合いました。
しかしこのままではこの後の配達に差し支える。
そう考えた僕は、
「受け取ってもらえないならこのまま帰ります」
そう言ってやりました。
すると客はようやく僕の荷物をひったくるように受け取ると、
配達票にサインをしました。
(これでやっとほかの配達に行ける・・)
しかし配達票を渡してくれる気配がありません。
「あの、配達票もらえませんか?」
そうお願いすると、
「やだ。」
そう言うと男は配達票を取られまいと持つ手を頭上高く挙げました。
その口調と様子はいじめっ子のガキのようです。
僕は唖然としました。
この人間ををここまで醜い存在にするものは何なんだろう?
僕は付き合っていられずに、
「じゃあいいです」
といい、配達票を受け取ることもなくその場を後にしました。
数分後、その界隈の配達のためその家の前を再び通り過ぎると、
同じ男が路上で携帯相手に何やら話しています。
さっきの件をチクってやったからな
そういうジェスチャーをして僕にアピールしているのが見えます。
本当に頭のおかしい客なので、
僕は見てみぬふりをしました。
その日の配達をすべて終えてセンターに戻ると、
xxというドライバーが舌打ちをしたりため息をついたり応対が悪い、
出入り禁止にしてくれ、
という内容のファックスが届いていました。
さっきの客からです。
当然のことながら自分に都合の悪いことは一切書かれていません。
支店長は事実関係を確認してきました。
僕への不本意なクレームがまた一つ増え、
ヤマトにデータとして残った瞬間でした。
しかしルールに違反することは一切していないのでお咎めはありませんでした。
支店長は翌朝の朝礼で皆にこのクレームの件を伝え、
客の前ではため息をつかないようにと注意喚起したのでした。
どうして僕だけこんなにハズレの客ばかり応対させられるのだろう?
この地域だけが変なのが多いのか!?
他のドライバーも人知れずこういうことがあるのだろうか・・!?
同僚はこういったときどう対処してるんだろう!?
僕は耐えられない・・
僕の客に対する不信感はますます大きくなっていき、
作り笑顔さえできず無表情になっていきました。
この仕事を始めてからどんどん人間が嫌いになり
クソみたいな客を相手にクソみたいな仕事をしている自分が情けなくなっていきました。
そこには希望を胸に笑顔で頑張っていた入社当時の僕はもういませんでした。
惰性で出勤する死んだ目の自分。
数年たった今でもこのことを思い出すと胸糞が悪くなり、
こうして書いている今もストレスからタバコを吸う手が止まりません。
そんな・・出来事でした。