年末になり世間は新年の準備に気忙しかった
自宅から車で向かっていつもなら20分くらいで着く施設も30分かかった
施設のエレベーターを上がってナースステーション前の静養室入口のドアを開けると同時に
「おかあさん~おはよ~きたよ~」と寝ている母に向って精一杯の声で挨拶した
当然返って来る言葉=反応は無いのだけどそれが虚しくはなかった
会話ができていた頃は何故か哀しいというか虚しいというか
寂しさを感じていたのだけど…
壊死した足の消毒は私が来る前に終わらせていた
2時間ごとの水分摂取、体位交換、おむつの交換はケアワーカーさんがやってくれた
30日の月曜日はいつもの入浴日
こんな状態なのにお風呂入るの?いいの?大丈夫?ってちょっと思ったが
余程のことが無い限り普段通りの生活とのこと
この日は入浴介助の人の都合で午後1の順番だった
だがいざ入浴ということになり体温を測ると37.6℃
機械浴とはいえ入浴には体力を使うので残念ながら中止
担当者が午前中に体温を測ったら37.1℃だったから
その時無理して入れた方が良かったのかもしれないとこぼしていた
普段通りの生活とはいえ、
施設の職員さん誰もがいつ逝ってもおかしくないと思っていたと思う
医師が言ったようにいつ心臓が止まってもなんら不思議では無い状態だったから
年末年始なので職員さんもシフトの関係で代わる代わる挨拶にきてくれた
不謹慎かもだけど次の出勤まで居るかな?なんて(私もだけど)きっと職員さんも思っていたと思う
結局この日は着替えのみにした
終末期に入ると黒い便が出ると聞いていたのでそれが出たら教えて欲しいと言っておいたら
30日夕方のおむつ交換で少量だが黒い便がでたと報告された
食事を摂らなくなって1週間目だった
水分も大好きなネクターを30cc飲めれば良い方だった
31日大晦日、自宅に一旦戻り簡単に年越しの準備
20時近くにカーラジオで紅白を聴きながら向かう
いつも向う時は「まってて、私が行くまで待っていて」と独り言だけど声を出していた
静養室のドア越しに、母と一緒に紅白を聴いた
楽しみにしていたリンホラは娘に録画を頼んでおいた
「お母さんサブちゃん今年で最後なんだってよ~」と耳を傾けながら聴いていた
この日は0時に帰宅
次の日元日、新年を迎えられるとは思っていなかったので正直驚いた
これはお正月の母に出されたお昼
すご~く綺麗~で美味しそうだった
残念ながら一口も食べれなかったが
左下のお雑煮は匂いとスプーンの先に付いた汁のみ唇の先に運んだ
食べれなかったけれど人生最後の食事がおめでたい料理で良かった
夏のお昼ごはんがカレーだった時
(これがお母さんの最後の食事だったら可哀想だな…)と思ったことがある
母は元々カレーは好きじゃないので、自分が作ったカレーが一番と思っていた
どんなに美味しくても
「まっづいカレー食わされた」と文句言っていた
この施設の食事はちゃんと栄養士さんが一人一人に考えて作ってくれたんだよ
と言っても「カレーなんか誰でも作れるんだよ」と悪態
この時、2人部屋で同室だった静枝さん90歳が車椅子を自分でひいて母の近くにきてくれた
「おかあさん、早く帰ってきて欲しいの、独りで寝るのは寂しいのよ」
聞けば母は普段でもほとんど喋らなかったけど、
静枝さん持ち込みのラジオやテレビの音に合せて歌を口ずさんだりしていたそうだ
母の居た5階のフロアーは認知症でも比較的重くない人と他の病気の人(脳梗塞等でマヒがある人とか)が50名居る
静枝さんは身内が居ないそうだ
ご主人はとっくに他界、自分の子供も50歳くらいで他界
だからという訳では無いだろうが、自分には面会者はいない
母のことを頻繁に見舞った私に対して母が羨ましかったようだ
この日、祝賀行事でよさこいソーラン節を職員さんが披露してくれた
母と私は特等席で鑑賞
若い職員さんの「どっこいしょーどこいしょーソーラン、ソーラン」の元気な踊りや掛け声が
「まだ逝くな~まだ逝くな~」と母をこっちに世界にひっぱる=止まらせてるように感じた
だがこの日の午後15時ころだったか?呼吸が変に感じた
その呼吸が19時くらいまで続いていた
浅くて口の中だけで息してるというか胸=肺に酸素が行っていないような感じ
ふっ、ふっ、と口先だけで吐きだしてるというか…
夕方ナースに(臨終の時の呼吸ってどんな感じですか?)と聴いた
肩ではぁはぁと浅い呼吸で下あごが出ての呼吸
そしてその呼吸がはじめると大体、半日くらいで…
この時の母の呼吸は浅いものだったのでこれは?見てもらったら
特に否定も肯定もせず「ほんと、浅いね」と言って出て行った
その夜、娘が来たらいつもの呼吸に戻った
…?…さっきまでの呼吸はなんだったんだろう?と思ったが
今思うとあれは臨終の際の呼吸じゃないのかな
食事も水分も摂らなくなったのは旅立ちの準備で
この世のものはもういっぱいだから旅立つ時は何もいらないのよ…と思っていたのか
それは誰にも解らないのだけど、
顔も身体も痩せて、久しぶりに見る母は可哀想にうつるかも知れないけど
私はこの世に生を受けた状態に戻っていったんじゃないかとも思う
身体を丸めてそして心臓を守るようにして眠る母は胎児のようだったから…