流星のきずな☆彡

2009.8月からの〜雑記~最近はボャッキー気味

TVのリモコンの反応がない

2019-01-31 13:55:12 | 日記
伯父の部屋のTVのリモコンの反応がない
というのでちょっとみてあげた

TV本体の主電源などには問題なし
(本体側で操作はできる)

リモコンの電池かな?と思いフタを開けてみると
有効期限が2017年←明らかに切れてるね

有効期限2027年なんていう新品に交換
…反応無し

リビングに同じ会社製のTVがあるので
(ちなみにこのリモコンの電池も2017年だったが、
ちゃんと反応する)

リビングのリモコンをかざしてみる
…反応無し…

ネットで調べてみたけど
素人に基盤の掃除なんてできない
余計壊しそう…

アマ○ゾンで約2000円で買える

伯父に相談…考え中

もう1度電池を取り出して入れ替えてみた

あれ?TV点いた!
リモコン反応した!\( ˆoˆ )/

何で直った?
キチッとハマってなかった?
それか(私は認めたくないけど笑)
➕と➖が逆に入れていたのかな?
イヤ!確認して入れた!…はず…

でも伯父、伯母から私がまるで電器屋さんのように直してくれた!
と大賛辞!←なんか照れる

どっちにしろ今まで通りベッドから寝たままで使えるから良かった
\( ˆoˆ )/

ホントは電池交換した日からかなり経ってああた
昨日改めて見直した結果なんだけどね
早よ気づいて〜
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伯父退院

2019-01-31 00:57:37 | 日記
伯父は22日火曜に退院した

実は前日の月曜日
10時40分頃私のスマホが鳴った

見ると伯父の名前が表示されてた

「○ちゃん今どこ?」
「家ですけど」
「今日退院なんだけど?」
「退院は明日ですよ〜。明日火曜日の10時頃お迎えに行きますよ」

看護師に代わる
「今日、月曜日と聴いています」
はぁ〜?「土曜日に3階担当の事務の○○さんに電話で伝えましたよ?」

「月曜日から変更になったんですか?」

「変更も何も最初から火曜日ですが?」

そんなやり取りをしたが
「とにかく今日は迎えには行けないです」と伝えた

なんとなく看護師さんは納得いってなかった感じがした
…けど、事務員さんとのやり取りをメモっていたし、
絶対的に自分には落ち度がないと思ったから押し切った

ただ伯父には(今日退院できる!家に帰れる!)と期待させて
それが翌日だったと知った瞬間は落胆の何ものでもなかっただろうから
可哀想だったなと思った

娘に言ったら「私だったら泣いちゃう〜」
…だろうね…

そして翌日は9時30分頃到着
まだ会計から請求書ができていないということで
ベッド周りを片付けて待つ
10時過ぎに会計できます。と連絡がきたから
支払いを済ませた

退院の会計窓口は別だったからすぐにできてよかった

伯父は歩けないと思っていたから病棟から車椅子を借りようと思っていたが
ゆっくりなら歩けるというので車椅子には乗らず
駐車場迄歩る事ができて安心した

車に乗り込み約1時間20分
比較的道路が混んでいなかった

ドアを開けると伯母が(伯父に)駆け寄ってきた
…普段から仲が良い2人だから抱きつく勢いだったかな
でも私がいたから自重したかな?

12日間の入院費約25万円
うち個室料金22万円←ほぼ部屋代(^^;;
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伯父退院決定と伯母の反応

2019-01-18 14:38:39 | 日記
入院先の病院から電話がきた

「数値が安定したので予定通り土曜日退院できます」

実は前日伯母に会い、一昨日の伯父の状態を説明してきた

「病み上がりだから、まだ(伯父)の面倒はみれない」
「近くに転院できないか聴いて欲しい」と

正直、伯母の意外なこの答えにえっ?と戸惑った

治療の必要が無いから、転院は無理だし、
先生にお願いなんてできないよ

救急車で運ばれ、治療の必要がなくなれば退院
というのは急性期病院は普通のことだ
急病の患者さんが、ベッドが空いてないからと
受け入れてもらえないとなると…

支援センターに電話

担当者が言うところには
「1度自宅に戻って、在宅介護という形でやっていくのがいいのでは?」の返答

そうか、いきなり退院先の病院から施設にどこかの短期入所なんてできないか

最初介護度2と聴いていたが、介護保険証を確認したら要支援2だった!
なんだよー話が違うじゃないか!
介護度の見直しが必要

伯母も86歳を超え持病もある
当然昔のような介護などはできない
むしろ伯父ではなく、自分を介護して欲しいくらいだろう

今までは高齢者2人で寄り添って仲睦まじく生活していたが
こうなった今、その生活も見直しが必要になったということ

私の夫が「他人なんですけど…」
そうだよね。もちろんわかるよ。

私もあまり頼りにされるのは困るよ
だけど見捨てるというか知らんぷりはできないよ

病院から電話に状況を伝え週明け火曜までには退院するので
それまで置いて欲しいと懇願

電話先の主治医に相談してるようす
(明日土曜日には迎えに来れるってことだったよ?!)
若干語尾強め…が聴こえてきた

一般病棟から移動するかもしれないけど(介護病棟ということ?)
仕方ない火曜までなら
と渋々了承を得た

電話口の男性看護師さんは丁寧でとても優しい感じ
主治医との板挟みで申し訳なく感じた
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伯父 大部屋へ

2019-01-16 22:51:00 | 日記
11日から(他に空いてなかったという理由で)
1日37500円(税抜)の特別個室に入院していた

インフルエンザ流行中の為
昨日の午後までフロアー全体が面会禁止だった

入院から6日ぶりに伯父のお見舞いに…

お部屋に向かうと居ない…
アレ?検査?それともお散歩かな?

ナースに「どこにいるかわかりますか?」

しばらくあたりを見まわすと
ナースステーションに車椅子に座って身体を2つに折って寝ている老人が!

それまで見たこと無い伯父の姿に愕然とした

声をかけたら
「あぁ遠いところありがとう。」小さい声だったが、私と認識してくれた

ナースが「先生から現在の状況説明がありましか」
と言われ、部屋で待つこと約30分

カンファレンスルーム?に行きCTの画像を見ながら説明を受ける

肺炎が先かインフルエンザが原因となって肺炎になったかはわからないが、
数値が通常の3倍だそうで、点滴で下げている

熱のせいか?年齢的なものか?わからないが、
夜中に不穏行動起こったのでセンサーマットを敷いた

綺麗好きで、一言で言うとダンディな伯父で
大概の人から実年齢よりもかなり若いと言われていた

何がきっかけでこんなに老け込むなんて…
誰も想像つかなかった

そして1番心配だったこと
特別個室からお部屋への移動を強くお願いしたら
先生目の前のpcをクリックして
「そうですね、じゃあ今日移動しますか」って!
いとも簡単にあっさりと部屋代0円の大部屋へ?

もしかしてこちらから言わなかったら退院まで
ずっと1日37500円のお部屋代払っていたってこと?
(大部屋に空きがでたら移動して欲しいと最初にお願いしておいたのは間違いないんだけど)

こちら普通というか、言ったら下寄りの収入家庭なんで
今日までの部屋代226800円(税抜)は非常に痛い
(立て替えているので伯父には後で請求させてもらうが)

しかしとりあえず部屋代問題は解決したので一安心

金曜日に血液検査をして数値が下がれば土曜日退院予定

でもたぶん厳しそう

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伯父のこと

2019-01-14 23:16:26 | 日記
伯父は母(故人)の姉(故人)の連れ合いだから
私とは血の繋がりは無い

私が幼稚園児の時、父が胃潰瘍の手術をする時
退院まで約1か月(夏休みだったのかな?)
伯父の家でお世話になっていた

伯父夫婦には子供はいなかったから、すごく可愛がってもらった
ペットのぴーこ(猫)と一緒に寝たりして一人っ子生活を満喫したというか
とにかく楽しかった記憶がある

父が回復してからも毎夏、今度は兄も一緒に旅行に連れて行ってもらった
側から見たら普通の家族旅行に見えてだろうな

(多分)小学校4年くらいまで毎夏恒例行事だった

実際父が全快してからはその恒例行事も無くなり
伯父の家に泊まることもなくなった
母が近くにある菩提寺にお墓まいりに行く時に
立ち寄るというパターンになった

その後私も学生や就職した頃は全く疎遠になっていた
そして結婚となった時、写真が趣味の伯父にカメラマンをお願いした

今は式場で決められたカメラマンなりじゃないと
撮影許可されないと思うけど昔は大丈夫だった

(打掛やドレスの持ち込み料もかからなかった)

次に会ったのは長女が産まれた時
次は七五三…と間隔は長いけど普通の親戚づきあいという感じ

長女がたぶん小学3年くらいの頃か
伯母はかなり前に手術した際の輸血で肝炎を発症し
これが元で亡くなってしまった

伯母が危篤という時に慌てて見舞いに行ったが
呼吸器に繋がれた伯母と会話は勿論、私が来たこともわからなかったと思う
あんなにお世話になったのに不義理をしてしまったと後悔した

伯母の入院先の病院が実家のすぐ近くだったこともあり
母がしょっちゅうお見舞いという名の介助に行っていたのは知っていた

母は姉のことが大好きで頼りない姉をほっておけなかったようだ

伯母が亡くなって3回忌過ぎた頃なのか?実際の日時はわからないが
伯父の家に行ったら知らない女性がいたとショックを隠し切れで狼狽していた母

後から話を聞くと伯父と同郷の幼馴染
(現在の伯母にあたる人)
亡くなった伯母とも顔見知りで仲が良かったと
そしてこの人も旦那さんに先立たれ、たまたま近くの団地に引っ越していた

亡くなった伯母が引き合わせたとこの人は言っていたが、
母的には後添いとしては認めていなかったと思う
(母が認めようが、認めなくても関係無いことだけど)
内心は面白く無かったんだろうと思う

この現在の伯母と私が会ったのは7年前の父の葬儀の時

母はこの時既に施設に入所していたから
初対面で(この方誰?)自己紹介も無く伯父の横に居る人に戸惑った

次に会ったのは2年後の母の葬儀
この時、伯父は膵炎の手術で入院中だったので実際の葬儀の時は参列できず
49日忌の時の納骨式に参列してもらった

それから毎年父母のお墓まいりの度に寄るようになった
(亡くなった伯母のお墓も隣同士だし)

2年前の3月のお彼岸にいつものように立ち寄ると
「この家、売れたから来月引越しすることになったから」
寝耳に水!って感じだったけど、出来る範囲でお手伝いしますと言った

引越しの際は色々あったけど、無事に引越しも終わり
念願だったという高層住宅の11階に住んで快適に過ごしていた

引越しの時からもう80歳を過ぎたのだから、車の運転は辞めたらどうか?
車も処分したら?
それと何より徒歩圏に大病院があるのだから、今の病院に転院の手続きを取ったどうか?

と助言していた

が、都度、まだ大丈夫。が伯父の返答だった

が!今回の件で退院してきたら真剣に考えてもらうつもりだ
入院の時の伯父の生年月日もわからない、保険証は?薬は?
と普段一緒に暮らしいない私はまごついちゃいます

確か、携帯電話の解約も車の処分って名義人本人じゃないと簡単にできないらしいし

こんなこと言ってはアレだけど
亡くなった時の残務整理は1つでも少ない方がいいのは実体験済み

伯母とは籍は入ってなく、同居人、いわゆる内縁ってやつだから
姪の私に後は頼むと言われても正直困る

伯父にはお世話になったからという恩義はある
だけど伯母とは全くの他人だし、付き合いは浅い
だから、なんで私が?って気持ちが少なからずある

特に今風邪ひいて身体も弱っていているからか
実父母の介護を7年以上してやっと終わった!と思ったら再びですか?
なんで私ばっかり…

でもほっておけないのが現実だ

長々と書いたが、最終的には愚痴だったな

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