「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

『私の好きなお国ことば』

2007年05月07日 | Yuko Matsumoto, Ms.
『私の好きなお国ことば』(小学館辞典編集部・編、小学館)
  この本のことは松本侑子さんのホームページで知った。旅行に出れば、その行き先でお土産や郷土料理がもっとも気になるが、その土地の方言を聞くのも楽しいものだ。そんな各地のお国ことばを、誰がどんなふうに紹介しているのかにも興味があったので、さっそく買ってみた。全国四十七都道府県ごとに一人ずつ(ただし大阪と福岡は二人)が、お国ことばをめぐって短いエッセイを綴っている。
  最初に気になったのは、やはりわが故郷の富山県。誰がどんなことばについて語っているのだろうかとページをめくってみると、落語家の立川志の輔さんが「きのどくな」を取り上げていた。人選は見事である。いまや志の輔さんの人気は全国区だが、地元富山での高座も続けている。自分自身は「きのどくな」をほとんど使ったことがないが、「富山県民独特の相手に対する気遣いの表現」であり「富山の県民性がすべて詰まっている」という解釈も、落語家の志の輔さんらしい。「きのどくな」は「気の毒な」であるが、たんなる同情のニュアンスを含んだ言葉ではなく、「自分の為に相手がそうなったことに対する労いの言葉」であるという。勉強熱心な志の輔さんのことだから、東京と富山を行き来しながら、落語を通じて富山の県民性を比較研究したにちがいない。その成果が活かされているからこそ、江戸ことばの落語と同様に、富山での高座の人気も衰えることがないのだろう。
  この本を読んで、楽しいエピソードに微苦笑を誘われたり、ちょっとした発見もたくさんあった。阪神高速の料金所のオジサンが「まいど」や「おおきに」と言って物議を醸したという。関西人以外の人がクレームをつけたらしい。結局、道路公団のお達しで「ありがとう」に変わったというが、著者の寒川猫持さんと同じように、せめて関西では関西弁を押し通してほしかったようにも思う。女優の富士眞奈美さんが伊豆の出身だったというのは、ちょっとした発見だった。子どもころ、母親が故・新珠三千代さん主演の「細うで繁盛記」というテレビドラマを熱心に見ていた。そのドラマで嫌われ役を演じていたのが富士眞奈美さんだった。舞台は伊豆熱川の旅館。そこで話される富士さんの毒気のある伊豆弁が当時話題になり、母親のとなりで見ていた自分の耳にも、その響きがいまだに残っている。あの憎々しい演技は卓抜だったが、言葉のほうはかなり地でいっていたのかもしれない。
  さて、島根県出身の松本侑子さんが選んだ島根ことば(出雲弁)は「はやす」と「ほんそほんそ」。「はやす」は「切る」という意味であり、「ほんそほんそ」には大切にするとか子どもを可愛がるという意味があり、いずれも古語がもとになっているという。松本さんの『ヴァカンスの季節』に、島根県民気質を「押しの強さ」とは縁がなく、万事控えめであるように書かれていたが、逆に言えばおっとりとしたやさしさがあるということだろう。(富山県民にも同じようなところがあり、個人的には似かよった匂いを感じる) 「はやす」や「ほんそほんそ」にもそんなやさしさが感じられる。松本さんの『美しい雲の国』は自分にとって大切な小説の一つだが、会話の文章に出雲弁が少し入れられていたという。あのどこかなつかしくやさしい感じのする話ことばは、出雲弁によるものだったのだ。これも一つの発見だった。今年の夏に、出雲出身でUターン就職した友だちを訪ねて出雲へ行く計画がある。もし実現すれば、「はやす」や「ほんそほんそ」は聞けなかったとしても、出雲の人たちのやさしさには触れられるかもしれない。出雲路の旅がいまから楽しみである。
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