不敬罪とは、明治憲法下においての皇室に対する罪で天皇が神聖不可侵であり日本国の元首として統治権の主る地位に在るとして設けられたもので、天皇の尊厳を維持することが国家の存立を確保する所以であるとの当時の国民の確信に基づいて制定された法律であり、敗戦にともない新日本国憲法の施行とともに国民主権により国民の自由意思への変遷に至り、刑法75条の不敬罪を含む73条から76条までの皇室に対する罪が存立する基礎を失い、刑法より削除されるに至った(昭和22法124)。
しかし、昭和21年5月19日の「食料メーデー」デモに参加した被告人X等は、天皇を侮辱したことが書かれたプラカードを掲げ参加し逮捕され、刑法75条不敬罪に問われ、1審では刑法230条1項の名誉棄損罪として懲役8ヵ月に処された。
2審の東京高等裁判所は、敗戦にともなう天皇制の変貌は顕著であるが、不敬罪は天皇個人に対する所為は名誉棄損罪の特別罪にあたるとし次のように判示した。
「新憲法の下に於いても天皇は一定範囲の国事に関する行為を行い、特に国の元首として外交上特殊の地位を有せられるのみならず、依然栄典を授与し、国政に関係なき儀式を行う等国家の一員としても一般人民とは全く異なった特別の地位と職能とが正当に保持せられてこそ始めて日本国がその正常な存立と発展とを保障せられるものであることを表明したものと認むべきである。・・・果たして然らば天皇の保有せられる国家上の地位は新憲法の下においても一般国民のそれとはその内容において相当の相違があり、この差異は本件犯行当時においてはこれに優るとも劣らぬものがあったことは健全な国民感情と社会通念に照らして十分にこれを窺ひ知ることが出来る。すなわちかかる条件の下にあっては、天皇個人にたいする誹毀誹謗の所為は依然として日本国ならびに日本国民統合の象徴にひびを入らせる結果となるもので、従ってこの種の行為にたいして刑法不敬罪の規定が所謂名誉棄損の特別罪としてなお存続しているものと解するを相当とする。」(東京高判昭和22年6月28日刑集2巻6号607頁)
被告人は上告をしたが、昭和23年5月26日、最高裁大法廷判決(刑集2巻6号529頁)は原判決を維持した。