東日本大震災のあった2011年から
家族の〝癒し担当〟で あり続けた愛猫みいが
長い闘病生活を経て旅立ってからというもの
心のネジがひとつ外れたままになっている
妻は 自分の部屋に閉じこもりがちである
この一年、同年代の友人・知人が
何人も続けて鬼籍に入ってしまった
そのたびズシンと響く、繰り返しである
今回の悼みは、とどめを差された感が強い
誰にいうでもなく沈みがちな胸のうちを
享楽と多忙にて紛らさせようとしても
根本解決の糸口は見えないものだ
このところ、どうしたって
「60代を無事やり過ごすことの難しさ」が
夫婦の会話の多くを占めることに……
青年期には憂鬱と悲哀に悩むことがしばしばで
老年期でようやく平静が支配的になったというのに
いまは「動揺の時期」に逆戻りしているのか
時間とは、残酷なテーゼである
前途に生を持つ青年期が「動揺の時期」ならば
前途に死を持つ老年期が「平静の時期」という皮肉
増したはずの判断力、透徹力を持ってしても
空漠として とらえどころのない観念を
コントロールするのは しょせん不可能である
そんな「とまどい」を、日々感じている
▲末っ子の〝癒し担当3号〟。呼んだら、やってくる、天然記念物的な〝犬タイプの猫〟
本名「まりお」、別名「マリリン」あるいは「E.T.」