【明治生まれのグラタンの巻】
■昭和30~40年代、わたしには洋風料理がごちそうだった。誕生日・クリスマスは鶏の腿焼き、街に出掛けるとミートソースやミートボールのスパゲティー。グラタン、オムライス、リゾットにもはまった。ある時「グラタンは『おかず』か?」の疑問が起きた。「ご飯」と「グラタン」どちらが主食か副食か?である。後年、関西に住んで「ご飯にお好み焼き」「ご飯に焼きそば」の組み合わせになじんでしまい、この種の違和感が失せた。
■調べると、グラタンはフランス南東部の郷土料理が発達したもの、とある。王者ジャン=クロード・キリーが活躍したグルノーブル冬季五輪(1968年)開催地周辺。鍋に張り付いた「おこげ」が由来で、素材が何であれ「焦げ目」をつけた料理を指すらしい。
■「明治生まれ」のワーキングウーマンだった祖母は、わたしが遊びに行くと、必ず手作りグラタンを出してくれた。最初に「こんなおいしいものは食べたことがない」と言ったからだ。高齢になっても政治議論を吹っ掛けてくるようなヒトだったが、グラタン以外の料理は思い出せない。その娘つまり「昭和一桁生まれ」の母は数年前まで、和洋中の凝った料理を手際よく作っていた。母は「おばあちゃんは料理が苦手。グラタンを褒めてもらったのが、よっぽどうれしかったんだね」と言っていた。
■このところコンビニ桜餅を手土産で持っていくわたしを、身の回りのことができなくなった母はどう思っているのだろう。先日は別れた後、雷雨に打たれて橋を渡りきったあたりで、なぜか「祖母のグラタン」がふと頭に浮かんだ。生きていたら「面白い恋人」「忖度まんじゅう」などのシャレ商品も喜んだはずだ。では母には「今度は桜餅ではないものはどうか」と思案している。
グラタン【フランス gratin】 魚介類・肉・パスタ・野菜などにホワイトソースを合わせ、パン粉・粉チーズなどをかけて焼き皿に入れ、天火で表面に焦げ目がつく程度に焼いた料理(大辞林 第三版)
白い恋人たち 1968年製作のグルノーブル冬季五輪記録映画。フランシス・レイが作曲した同名テーマ曲がヒットした。