文言葉なめき人こそいと憎けれ
――「枕草子」清少納言
清少納言は
言葉に鋭敏だった。
「男も女も
言葉の文字いやしう使ひたづこそ
よろずのことよりも
まさりて悪けれ」
「ただ文字一つに
あやしう
あてにもいやしうもなるは
いかなるにかあらむ」
とも言っている。
文字とは
ここでは言葉をさす。
使い方一つで
人を上品にも下品にもする。
言葉のチカラと怖さを
よく知っていたのである。
「なめき」は、
失礼な、無礼な、という意味。
手紙の文面に品がない人は
実にいやなものだ。
現代なら
ラインやメールもそうである。
相対しての会話ならば
顔の表情や声の調子で
相手の真意をくむことができるが
顔のみえない電話
まして手紙では
それがかなわない。
むかしの通信手段は
もっぱら手紙であったから
おのずと書き手の教養・人格が
反映してしまうことに
関心が集まったものである。
このところ政治家だけでなく
ニュースやバラエティー番組の
出演者の多くにおいて
「言葉がバターン化している」のが気になる。
もともと語彙が少ないし
よく考えて使っているわけでもない。
情報を伝えるだけなら
同じ文言を繰り返すのが無難。
ブレがないのだから。
が、すぐにココロに響かなくなる。
「記号のよう」に感じる
口をぱくぱくしているだけと思うのは
わたしだけだろうか。