【文壇本因坊の著書を孫引きとして その14 の巻】
明治20年ごろ、東京・目白に河野金兵衛、鳥居三吉という人物がいた。
この二人、仲がよく、ともに玄人初段に五目くらいの碁だったが
自分たちも賭け碁を打って歩き、また「金主」にもなった。
金主とは、打てそうな人間を玉に使い、賭け碁を打たせる。
負けたら賭け金を払ってやり、勝ったら取ったカネを2割だけ玉にやる。
いい玉がいると、良いカネもうけになった。
早稲田に鈴木義勝という男がおり、玄人三段の実力があった。
もちろん免状はもらっていない。
初段に二目とか三目とか、ウソをついて巻き上げる。
金兵衛と三吉が金主になって、旨い汁を吸った。
ほとんど負けない鈴木がたった一度、ヒドイ目にあった。
株屋の主人に天神髭の老人がいて、これは滅法強い。
百円賭けて勝負したが、鈴木は負けてしまう。
老人は大阪鉄というアダ名があり、玄人五段は立派に打てた
ということが後になって分かった。
碁でも将棋でも賭けてやることを「真剣」というが
賭けごとを、生活の糧にする者がいた。
昔の小説には「真剣ゴロ」という男が出てくる。
碁に憑かれ、碁以外の生き方を知らない「人種」だった。
「裏返し格言」を、ある老人が口癖としていた。
腕は大したことはないが、場末の碁会所の主人だった。
家族も仕事も失い、孤影悄然としたうらぶれた姿。
ある時、さほど力はないが、親切心のあるスポンサーが現れ、
無償で小さな場所を貸してくれ、老人にわずかな収入をもたらした。
慎ましい三度の飯と寝酒一合なら事欠かぬ生活が続いた。
「ありがたい。世は私を見捨てないでくれている。
が、これはやっぱり、転んでからの杖ですよ」
この世の旅路を逆に歩いて昔に戻ることはできないが、
どんなに貧しくとも「芸は身を助く」ということもある。
命の最期をこれまで通り碁で暮らすことができた。
彼は自身を「運に恵まれた男」と思っていた。
古き良き時代の逸話である。
今年も大変お世話になりました。
お体くれぐれも大切に
良い新年をお迎え下さいませ。