先日はコロナウイルスによる引きこもり生活について、気が滅入っている話などをしました。
でも、今医療機関や、公的機関、そして物流に関わるお仕事、それ以外にも私が思いもよらないところで、在宅勤務の選択肢もなく、私たちのために日夜働いていてくださる方がいるにに、随分と無関心な書き方をしてしまったと反省していました。
こうしたお仕事に携わる方に、心から感謝を申し上げます。
そしてどうか、ご自身の体調に気をつけてください。非力ながら、心よりご無事をお祈りしています。
先日はコロナウイルスによる引きこもり生活について、気が滅入っている話などをしました。
でも、今医療機関や、公的機関、そして物流に関わるお仕事、それ以外にも私が思いもよらないところで、在宅勤務の選択肢もなく、私たちのために日夜働いていてくださる方がいるにに、随分と無関心な書き方をしてしまったと反省していました。
こうしたお仕事に携わる方に、心から感謝を申し上げます。
そしてどうか、ご自身の体調に気をつけてください。非力ながら、心よりご無事をお祈りしています。
こんにちは。ももちです。
新型肺炎による在宅勤務が始まって3週間ほど経ちました。
スーパーに買い物に行く以外はほぼ自宅で過ごしています。
週に1回、3時間ほどお掃除をヘルパーさんにお願いしていたのですが、ここのところはそれもお断りしています。
自炊をして、洗濯や掃除も週に1、2回して、一人暮らしなので家もそんなに汚れません。
仕事をオンラインでしていますが、大体定時に切り上げます。在宅だと区切りがつけにくくていつもより少し多めに(1時間くらい)働いてしまうこともあります。
それ以外の時間に何をするかというと、やはりネットが多いです。
ネットフリックスで番組を一気に見たり、電子書籍をダウンロードしたり。
最近は、子供のときに夢中になった漫画を電子書籍で大人買いしたり、YouTubeで、80、90年台の好きだったpvを見たりしています。
CCBとか、TMネットワークとか、B'zとか。
感染予防で人混みには行きたくありませんが、新型肺炎が落ち着いたらコンサートとかも行きたい。。
自分が子供の頃にワクワクした漫画とか音楽とかを振り返るの、なかなか楽しいです。
そして、自分がなぜ旧満州に行ってみたいのかって「はいからさんが通る」の漫画を観たからじゃないかと気付きました。
自分のルーツ、好きなタイプ、いろいろ掘り起こせます。
そしてそんなことが家の中でできる、現代のテクノロジーに深く感謝します。
こんにちは、ももちです。
今日は秋分の日ですね。香港では祝日ではなく平日でした。
代わりにこちらでは先週が中秋節でした。
中秋節には月餅を食べます。他にもローカルな風習はあるのでしょうが、ももちはそこまでローカルの方と関わりもなく、よくわかっていません。。
次の香港の祝日は10月1日の国慶節です。
毎年花火が上がるのですが、今年は一連の抗議活動が今も続いている影響なのか、花火は取りやめになったと聞いています。
今のところ、ももちは抗議活動の影響は特に受けていませんので、平穏に暮らしています。
週末に外にで歩きにくくなりましたが、デモが行われるところに近寄らなければ、平穏に日常生活が流れています。
最近は、外に出歩くよりも家に引きこもることが多いですし、それが特につまらないとも、苦痛とも感じません。
時代が移り変わる中で、今の香港に滞在していることはとても貴重なことなのかもしれません。
そんなことを思う秋分の日でした。
こんにちは、ももちです。
今日はなんとなくもやっと感じているアウェイ感について書いてみたいと思います。
まず、私は割と家族の中で浮いています。
家族や親戚で、私みたいに海外勤務している人はいないし、いわゆるエリートと呼ばれるような経歴の人はあまりいません。
父と母は大学に行っていませんし、二人ともつましい家庭で生まれ育っています。
かくいう私もそんな父と母のもと、つましい家庭で育ちましたが、とはいえ私立大学にまで通わせてもらいました。時は流れて、今は外資系金融機関の勤続20年です。
スタープレーヤーでも、バリバリ出世している訳でもありませんが、20年働き続けてそれほど贅沢な買い物をしなければ、スーパーマーケットで値段を見ないで買い物をすることぐらいはできます。
そして、そんな生活や人生があまりにも家族と隔たりがあることを感じてしまいました。
また、会社でもチームで日本人は私一人という状況が海外に出ると当たり前。東京にいた時はいた時で、とても男性社会だったので、女性が私だけ、ブリジットジョーンズさながらに独身女性が私だけ、などなどアウェイ感をひしひしと感じる場面が人生でいくつもありました。
ドラマや小説のように、自分の居場所を見つけていくのが人生、なのかもしれません。
でも、なんとなく折り合いが見つからないままにここまで来てしまいました。
ただ、違う世界で生きている人と関わるからこそ、今までになかった問題解決やひらめきに出会える。それもまた事実なのでしょう。
また、同じようなアウェイ感を感じている似た境遇の友人にも出会えました。
最近は一人で引きこもること時間をとても大切に感じます。
まずは自分一人でいるところに自分の居場所をしっかり作っていきます。
こんにちは、ももちです。
今日はふと思った「知りすぎてしまうことのデメリット」についてちょっと書かせてください。
ももちの実家は日本にある飲食店です。
お父さんの調理した食事は世界一美味しいと言いたいところですが、そうではありません。
ももちは20年以上社会人をして、それなりに収入もありますし、外資系金融機関の同僚は美味しいものにとても詳しいです。接待などを含めても、美味しくて高級なお食事にはそれなりに行ってきました。
もしももちが、20代で結婚して専業主婦になって子供がいて、夜の会食などほとんど行かないような人生だったらば、実家のお料理が最高に美味しくて、それしか知らないみたいなパラレルワールドだったのかな、とふと思ってしまいました。
そして、そっちの方が幸せなのかな、と。
もちろん、面と向かって親に「もっと美味しいもの食べてきた」とは言いませんし、実家の料理も美味しいと思うので「美味しい〜」とは言います。
ももちは、20代、30代はとにかく経験だと思い、新しいもので心惹かれるものには誘いがあればほとんど断らずに挑戦してきました。
でも、知らないから幸せ、みたいな世界もあるんだろうな、とうっすら思うようになりました。
実家の両親は大学に行ってませんし、ももちが経験したような海外勤務やら、ビジネスの接待で行くようなレストランやらとは無縁の人生です。
毎日母が作るお野菜たっぷりの家庭料理を食べ、飲食店を運営し、楽しく生活しています。
そこに行きたい訳ではないけれど、でも両親は両親で幸せなのだと思うし、幸せの尺度は本当に人それぞれなのだと思います。
私は、母が一足5000円もしない靴を買うのを知っていて、自分が何万円もするパンプスを買うととても罪悪感を感じていたのですが、何に幸せを感じるかは人それぞれなのだから、そこに罪悪感を感じることの方がむしろエネルギーや感情の無駄遣いなのかな?と感じてもいます。
まだまだ結論は出ませんが、なんとなくそんなことを考える中秋節でした。