忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

春の海ひねもすのたりのたりかな―――なのかな?

2011年04月28日 | 過去記事

職場で嫌われる(泣)。1月末から勤務したから、もう、ええと、3ヶ月が過ぎるのだが、強烈なのがまだいる(泣)。40代のおばさん、もちろん、デブメガネだ(笑)。

もういい加減、そのデブメガネを指さしながら中空に浮かし、反対の手の指から発した念動力でメガネを飛ばしてから頸動脈を締め上げ、慌てて止めに入ろうとする他の職員を眼力で吹き飛ばし、そのままゆっくりとベランダの外へデブメガネを浮かせたまま運び、口から発する怪光線で白骨化させてやろうかと思ったが、今はまだ正体を見せるときではないと判断、だから今日もデブメガネはどこかで太っているはずだ。よかったな。

20歳の女性職員(新人)が来なくなった。また、だ。そろそろ人手不足も深刻化してきて、私もフル稼働、のんびりと文章を書いている元気もなくなってきた(笑・泣・疲)。それに最近、ちょくちょく体調を崩す。また、右肩も痛いし。

職場の人は「夜勤をやりだしたら調子が狂うんです」などというが、不摂生に不規則な生活は私の基本的な生態行動であるし、夜通し働く人は介護に限らないと介護職の人は知らない人が多い。つまり、私の前職や前々職からしても、だ。まったく申し訳ないが、今の仕事ははっきり言って、精神的にも身体的にも、とても楽だ。残業がある!と言ってもしれているし、人間関係が!とか子供の理屈だし、責任が!も責任の無い仕事なんかないし、下の世話などが苦痛!というなら辞めたほうがいい。しかしながら、私が今、ちょくちょく体調が悪くなるのはずぶり(ズバリ)、ストレス性のモノであるのだ。そこ、年の所為とか言わない。

すなわち、民主党のマトモな議員のようなもので、上が馬鹿、周囲が馬鹿、はとても疲れる。私はこのブログでも、中から変えるとか阿呆か、と馬鹿にしてきたが、しかし、私も今、馬鹿の集団の中で「中から変えよう」としているわけだ。もちろん、その意味は全く違うかもしれないが、それでも「その組織に属している」ならば同罪であり、私が「夜勤のときに“うるさいから”という理由でナースコールを切っている馬鹿がいる」と批判してみても、その施設で働いている私も無関係ではなく、対岸から他人のふりで指さしているだけでいいわけもない。つまり、私の中の「当事者意識」が私を苦しめるわけだ。

「内部批判」はしている。なんとなく村八分的な空気も感じながらも報告するし、改善も求めている。しかし、それが具体的にどうなっているのか、私にはまったくわからないし、改善されている様子もみえない。どころか、私は朝礼で事務的に告げられる「利用者さんが嫌がることは止めましょう」に恐れ入ってしまうのだ。施設内のあちこちにある「丁寧な言葉遣いを心掛けましょう」にうんざりするのである。まさか、天下りしてきた施設長が、現場を通じて上がってきた「施設の問題」に関する対策がコレかと、私は背筋が寒くなるのである。

これは極端な話ではなく、仕事場に「お金は盗まないようにしましょう」と書いてあるに等しい馬鹿なことである。「トイレは綺麗に使いましょう」よりも阿呆なことで、真の問題は「そんなことを言わねばならぬレベルにある」という現場従業者(職員)にある。当然ながら「人材の入れ替え」と「人材の再教育」などは必須であるのに、いわば「アリバイ的」な注意指導を行い、お茶を濁そうとしているのであろう。

私はその「感覚」こそが恐ろしいのだ。聞けば、今の施設長も近く、たんまり退職金をもらって辞めるとのことだ。するとまた、次が来るだろうとのことだが、すなわち、なんで自分の時にややこしいこと言うかな(泣)、という姿勢がありありなのだ。まるで悪い官僚、まるで民主党政権だ。

だから、一事が万事、とても杜撰だ。例えば、私はもう3ヶ月を過ぎるが、未だに「制服」が支給されていない。無論、私の「サイズ」が常備されている、とはいわない。しかし、私は施設側にも、現場の管理職にも「制服まだですか?」と言いながら、自前の「介護っぽい服」を着用して出勤している。それに服など見ればわかる。私だけが私服なのであるから、施設の管理職でなくとも、普通、事務員レベルで対応できる範疇である。もちろん、給与の支給日もずれずれだ。私は昔から給料日など興味なく忘れているし、いくらもない金額、指折り数えてあてにする生活もしていないが、それでも普通、パチンコ屋でも「給与支給日がずれる」ならば、なんらかの業務連絡があって然るべきだ。それも原因不明で3日以上ずれ込む。これは普通、大丈夫か?ここは?となってよいレベルだ。

ま、それでも、なんとかしてやろう、こんちくしょうと我慢しているわけだ。途中で放り出すのは簡単だが、私も今まで何人もの人間に「どこでするかよりなにをするか」と偉そうにも説いてきたから、これを実践せねば菅直人と変わらぬダメ人間となる。だから、なんとか、ストレスを溜めながらも踏ん張っているわけだこんちくしょう。



ンで、だ。

そんな私を心配して、ココロ優しい妻が仕事帰りに電話をかけてきた。いま、ドラッグ・ユタカにいるという。「おとしゃん!お酒!買っていったるさかいに!」とのことだ。

電話の向こうでは「なに酒?」と問うている。ちなみに「なにざけ?」と読んでほしい。

無論、普通は「お酒ってなに?ウィスキー?日本酒?それとも焼酎?」などという問い方をするが、我が妻は「なにざけ?」と問う。なにしろ一緒に住み始めたとき、私が風呂上がりにビールを飲むといえば「歯磨きカップ」に注いでくれたほどの妻だ。ウィスキーは湯呑に満タン入れられた。こんなものを毎夜飲んでいては、私はいつかアル中になる。

しかしまあ、のんびりしたマイペースの妻だ。「目が悪くなったかも」としながら望遠鏡を買いに行こうとするほどの天然でもある。ここは普通「めがね」だ。ま、ともかく、だ。





春の海ひねもすのたりのたりかな



いきなりだが与謝蕪村だ。何年経っても、いや、何年か経ったからか、この「のたりのたり」がいい。これは学校で習った通り、明るく霞んだ春の海が、のんびりと「のたりのたり」と波打ち際に寄せては引く――を単調に繰り返している様子、だ。また「ひねもす」がもっといい。一日中、なぁんにも変化がなく、それは昨日も今日も明日も、5年後も10年後もそうだろうなぁ~という、のほほんとした気だるくも心地良い感じがする。私から見た我が妻はそんな感じだろうか。


今頃の季節、1770年頃の日本も美しかったと思う。そんな日本のどこかの海岸で、蕪村は寄せては引く波をみながら「のたりのたり・・・してますなぁ」と思ったり、どこかの菜の花畑で「月は東に日は西に」とかやっていたのだろうか。ともかく平和なもんだ。

ま、実際にこの時代は平和そのものだった。徳川家康が将軍になったのは1608年、それから100年ほどして蕪村が生まれるわけだから、関ヶ原の合戦なんか、今の我々が日清日露の戦争を言うようなもので、だから、蕪村が生まれる少し前に亡くなった松尾芭蕉は、門下の河合曽良を連れて「奥の細道」を歩き、岩手県平泉町で「夏草やつわものどもが夢のあと」と詠んだ。芭蕉は平和な江戸時代から「義経も藤原もいないし、功名も栄華も夢の跡もなく、ここにあるのは夏草だけじゃん」と人の世を儚くわけだ。

江戸の天下泰平は1638年の「島原の乱」を最後に200年以上続いた。戦争はもちろん、内戦も混乱もない。あんまり平和だから、赤穂浪士が討ち入り騒ぎを起こしたら全国で有名になったほどだ。ならば、平和が大好きな平和教の信者らはもっと江戸時代を評価してもよさそうなのだが、日教組の教師は江戸時代を「農民が疲弊していた」とか「幕藩体制の矛盾」とか言って、あまり良くない時代だった、と教えることが主流だ。昔の日本、過去の日本はなにがなんでも否定せねば気が済まない病気か何かだろう。

そして言うまでもなく、調子よくのんびり暮らしていた日本を無理矢理に開国させたのは白人だった。西洋を知って焦った福沢諭吉も「文明論之概略」の中で「日本国中幾千万の人類は各幾千万の箱の中に閉ざされ、又、幾千万個の障壁に隔てられるが如くにして寸分も動くを得ず」と批判しているが、これもとくに白人が植民地主義を止めれば問題なかった。別に江戸時代の日本人が「箱の中」で「動かず」とも大きなお世話でもあった。

しかしながら、明治維新の日本が「江戸時代の平和ボケ」を批判することと、戦後、GHQに背骨を抜かれた反日日本人やコミンテルンの傀儡運動家らが「江戸時代の封建制度」を批判することは似て非なり、その実、真っ逆さまの批判なのだと気付く。

江戸時代には敵わぬまでも、日本はもう60年以上も戦争もなければ内乱もない。これがあと200年も続くなら結構なことだが、しかしながら実のところ、これは錯覚であり、日本は平和憲法があるのに平和ではない、ということは青山繁治氏や田母神閣下の講演でも言っていることだ。国民を拉致されても領土を不法占拠されても対処できないだけで、ちゃんと他国からの攻撃は受け続けているのが現実である。

今日はサンフランシスコ条約が締結した日とのことで、一応は「日本の主権が回復した日」とされている。ある意味では「独立記念日」だ。震災からの復興として、今日の日を「日本の再出発」として位置付ける意義もわかる。しかし、だ。

目出度い日に水を差すつもりは毛頭ないが、とくに今年の4月28日は目出度いとは言い難い。というのも、だ。あの悪夢の政権交代からしても、拉致問題も領土問題も進展どころか後退していると言わざるを得ないからだ。北方領土にはメドベージェフなどのロシア首脳が相次いで不法入国した。根室から目と鼻の先にある日本固有の領土には、今現在でも3500名のロシア軍が駐屯している。沖縄で米軍基地反対を言う連中も、北方領土のロシア軍基地反対は言わないから、ロシア軍は調子に乗って対艦巡航ミサイルやら新型の対空ミサイルを配備するなど、好き勝手に軍備増強を計画している。フランスはさっそく、ロシアにミストラル級強襲揚陸艦を4隻も売りつけて儲けている。このうち1隻はロシア太平洋艦隊に配備されるらしい。つまり、国後島か択捉島の「防衛任務」につく。フランスの企業の言い値で「汚染水を何とかしてもらおう」と喜んでいる場合ではないのだ。

尖閣諸島もあった。最近、ついに支那人船長は「起訴相当」とされたが、それでも逮捕できるとは誰も思っていない。衝突されて壊された海保の警備艇も弁償してくれるはずもない。竹島もそうだ。日本が震災で大変だと知り、火事場泥棒的にヘリポートやら宿泊施設の改修工事、また竹島近海に「総合海洋科学基地」などという怪しげなモノを作るという。

とくにこの政権は「朝鮮人から献金してもらう」総理大臣や外務大臣がいる政権である。選挙活動は民団が応援してくれる政党であり、党首を選ぶ権利も外国人に認めている政党である。つまりは韓国人の政権なのだ。また、マスコミもようやく「マニフェスト詐欺」を言うようになったが、それでも、いわゆる「3大悪法」である「人権侵害救済機関設置法案」と「永住外国人への地方参政権付与法案」と「選択的夫婦別姓」を導入するという民法改正についてはスルーし続ける。

また、管直人は意味もわからず「平成の開国」を連呼しているが、過去、白人列強によって無理矢理なされた開国が、また、この平成の世になって繰り返されようともしている。TPPだ。実に愚かなことであるも、これをまた、マスコミ主導で国民は騙される懸念がある。いまの平成の日本は江戸時代の蕪村のように「のたりのたりかな」と言っている場合ではないのだ。

もうすぐ5月だ。世間がGWで浮かれポンチなのは結構だが、政界でも大きな動きある、とマスコミ各社が書いている。管直人が退陣する他ないのも誰でも知っている。





五月雨や大河を前に家二軒


これも蕪村の句だ。旧暦の5月は梅雨だ。梅雨の大雨を受けて、とうとうと流れる大河の前に、ほっそりと頼りなく建っている2軒の家の心細さを詠んでいる。私はこれが自民党と民主党に読めて仕方がない。


3 コメント

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Unknown (島根の子年♂)
2011-04-29 23:01:05
初めてコメントします。
通信環境が貧弱で、ブログの方はあまり拝見できず、久しぶりにのぞいてみると(2年ぶり?)介護関係に転職さていたので大変驚きました。
当方は島根県(しかも西部)在住ですので、超高齢化社会の最先端をいっています。
ですから、介護関係の施設は大変多くその仕事に就いている知り合いもいます。
ただ、ご多分にもれず大変離職率が高いようです。特に若い人が次々と辞めていく。理由は職場での対人関係がほとんどだそうで、女性(年配)の多い職場は本当に面倒くさいようですね。
どうか久代千代太郎さんもお体に気をつけて頑張ってください。
ただ、そろそろ本性を表してもいいのでは?
あなたほどの器量があれば、施設の方でもおろそかには扱わないでしょう。ただし、それに気がつく人間がいれば、の話しですが…。
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Unknown (Sugar)
2011-04-29 23:56:43
「デブメガネ」さんに、よろしくっ♪
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Unknown (久代千代太郎)
2011-05-01 14:07:42
>島根の子年♂ さん


おお、ありがとうございます。いらっしゃいませ。


そうですね、たしかに「実体験」として、そう思います。ともかくレベルが低いw

その怠惰やルーズに合わせて、新人さんやら虐められキャラが残ってやらされたりするわけです。それも細かい嫌がらせを受けながらw

昨日知ったんですけど、一番の古株職員さんは以前、利用者さんから借金していたのがバレたらしいです。相手は認知症の人ですが、家族さんがおかしいと調べたんだそうです。

普通、そいう人は「いなくなっている」はずなんです。それでも「いる」わけですよ。理由は「いなくなったら困る」なんですが、結局、施設側の覚悟を見透かされ、足元を見られて好き放題されているのが現状なんですね。あとは推して知るべし、大きいモノから小さいモノまで、あらゆる不具合が生じて混乱しております。新人はそこに放り込まれるだけ、ですw


>そろそろ本性を表してもいいのでは?


ww

そのモチベーションが・・・ww




>シュガーちゃん!!

い、いやだwww

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