プロリバ

岡山県津山市を中心に活動中の劇団「プロリバ」の公式ブログ。…でしたが、現在、活動&更新を無期休止中。

続投。

2009-10-26 01:24:53 | 小林の投稿
朗読会が近いので、投稿回数を上げていきます!

会話について続投。

会話は、相手を知りたい、相手に知って欲しいとの思いから生じる行為だと考えます(そうでなければ面倒臭いだけですよね)。伝えたくないならばもう問題外ですし、受け取る気がなければ相手の言葉は単なるノイズ。
これはもう、互いの「理解したい」「理解して欲しい」という出発点があればこそ。

あくまでも会話の話ですよ♪

先日の『僕らの音楽』を見ながら、「会話って共同作業だよなあ」と。10年の付き合いを経て、尚、きちんと言葉にして話し合えるって男前!!と思いました。
スキマ大好きな小林は、11月が楽しみでなりません。

淘汰。

2009-10-26 00:03:24 | 小林の投稿
小林です。こんにちは。

教わった戯曲をググってみたら20年くらい前に高校生が書いたものだった。それが今でも小林の心に残り、他の誰かの心に残り、なんか毎年のようにどっかで誰かが上演してたりする。作品の持つ力って、だから小林はそういうことだと思います。
小林が大好きな作家はたくさん居るんですが、そのうちの一人の方(記憶が曖昧なので実名伏せます)がかつて、「死後(だか発行後だか)50年を経た作品しか読まない」みたいな文章を書かれていて、当時は小林もガキだったんで意味が良く分からなかったりしたんですが、今は漠然と理解できる。モーツァルトにしろシェイクスピアにしろゴッホにしろ、当時の評価は問題ではなくて、残されてしまうんですよね作品が。本人が亡くなった後も。美しい建築が時代を経て残されるように。
努力して作ったかどうかは全く問題ではなくて、例えば幼児の描く落書きであれ、命を削った大作であれ、友人に個人的に贈ったクリスマスカードであれ、受け取った側が「何故だか分からないけど捨てられないから」と取っておいて、それが(例えば)友人の没後何十年かを経て偶然見つかって、それを更に全くの他人が見て心を動かされて別の場所に飾られる、とか、…そういうことなんじゃないかと。
不要なものは必ず淘汰されて姿を消すし、淘汰されないならば、それは凄かったんやと。
つまり、先ほどの「50年を経た作品しか読まない」っていうのは、50年を経て尚、淘汰されずに残る力を持った作品を読むということなんじゃないかと。過去の作品は全部凄い訳じゃなく、凄い作品ならば淘汰されずに未来へ残されてしまうだけなんです。
まあ、これは誤解であっても構いません小林の理解なんで。

…という話を、しましたとさ☆
演劇やってない人たちと喋るのは楽しいと思いました。色んな人たちと話したい。世界狭めたくないですね。
…て日記!?(え、日記ですけど?)

皆さん、他人の評価は気にしない方がいいですよ。本当の評価は、ずっと後んなって、作品そのもので判断されますから。それは、あなたが死んだずっと後に、かも知れません。
(いや。だから誰!?)

…ちなみに、そんなこんなと、制作の手腕とは一切関係はありません(苦笑)。
先日、Meel姫から「小林さん、脚本書くの好きなのかと思った」と言われたんですが、小林が好きなのは演じることです♪
本当、制作好きな人たちや書くのが好きな人たちを「凄いな!」と常に感心したりしています。偉いな。みんな。