場所や人に対して攻撃、破壊する爆弾を持っても、
連鎖的に標的にされるだけで防衛にはなりません。
人そのものや尊厳を奪う事ほど
人にとって生産性が無いものもありません。
日本に限らず、
戦争(卑怯事、隠し事の多いことの代表)にかまけだすと、
国として首を突っ込めば突っ込むほど、
国が貧しくなった
というのが私として率直な見方です。
日本は、戦争ごとから遠去かれた期間があったから、
それにかける費用を人間の活力のほうへ回せた時期がありました。
しかし、
悪(改竄ごと、催眠術ごと、および なりすまし人員)の存在は、
引継ぎ事、影響事、変わってもおかしくないとみられる事に、
着々浸透してしまいました。 政府にも民間にも公私にも。
そして万事、格差を生じさせ、互いの交り(まじわり)を断てば、
重要な悪因が、すっかり見えなくなっていき、
悪の誘導だけになっていくのでしょう。
日本のあり方は、表沙汰に理由示されぬ多大な犠牲をもって、
すっかり形骸化しつくされました。
骨組みや機能を失くした結果、
率先して過ちをする(させられる)恐怖政府社会になってしまいました。
なりすまし大衆の悪誘導にのっかっていれば、
過ちへの否定も非難も、撃退されて責任問われないことになる・・・
結局そうなる 政府 が かろうじて浮かんでいるだけです。
国民も、本当の恩に対しては無視するほうに、強さを持たされてきました。
まずは
破格の核自爆弾(海洋流し)(のボタンを押し)続けるのを止める事
同時に今、変えねばならぬのは、
ありとあらゆる「自動改竄による奪われかた、違えられかた」のほう。
あきらかに、解釈も定義も違えて教えられている現在、
従来の保守とは、おそらく、意味や やり方が複雑に異なってくるのです。
やらせてしまっていたところ、変えてはいけなかったところに
より正確な焦点をあてて見直す必要を、
国民全体で支え合うのが、
悪化を止める一案だと、 私は思うのですけど。。。。(遠い遠い目)
こうやって、つい、前置きしてしまうのも、
申すことに誤解が生じてしまってはよくないと思うからなのです。
前のブログで、感覚、感じ方が大事 と申しました。
あまりにもいろんなことで言えるのですが、
文字通り、感覚のことです。
子供の頃、自然に恵まれた場所を母親について歩いていました。
「ここは、軍事的な要所なんだって」と母が言うのです。
「えっ?」と、私(だけ。妹たちの頭はからっぽ)。
日本とは国交の無い地でのこと、「大丈夫なんだろうか・・」
建物1つ無いのに、いったい何か違う物でもあるんだろうか・・・
ありません。
アンテナひとつありません。
しばらく過ごしましたが、ずっとありませんでした。
何が違ったかは、感覚でわかりました。
(つづきます)
* * *
指摘してきた改竄(原子移動的なもの)や催眠術(脳操作)は、
隠されてきた特殊方法で完全犯罪が可能とされた主要技術をいいます。
被害者側の立場で、真実を求めるたゆまぬ責任によって 実態と情報を見極め、
証明したものです。
現在、防御法は無いと考えるしかありませんが、今後は
対処を根本的に誤らないよう、社会的認知が急がれます。
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