おもい出し日記

運慶 展

11/1、休日の午後、上野にある国立博物館・平成館に移動!

運慶展です。
6月に来た時にパンフレットを持ち帰るぐらい…。
観れるものなら観てみたい!楽しみにしていました。



出張とタイミングが合いました!

入場は20分待ちで館内に入ることに!
待ちは今年一番か!



館内もすごい人が…。
じっくり見ることはできませんでしたが迫力は伝わってきます。

そして、つくる情熱のエネルギーがすごい!

すこし説明を…。

運慶がつくったとされる仏像が31体あるそうですがそのうちの21体が展示されており、すべてが国宝と重文です。

運慶=仏像彫刻に革命を起こした!と言われています。

玉眼、写実的造形、迫力、彫りが深い、新時代を築いた彫刻です。
玉眼とは水晶で出来たリアルな瞳のことです。

その前の100年続いた定朝様式は、彫りが浅く、きゃしゃでした。

運慶が生まれたのは1151年頃と言われています。
この時代にお父さんの康慶が玉眼を入れた仏像をつくっているようです。
康慶がつくった四天王立像はと力強い!

なぜ革命を起こしたのか…。

仏師 定朝(1053年)のお客さま?は貴族で京都を中心に活躍していたようです。
貴族はお寺や仏像を寄贈することで自分が亡くなってからあの世に行くことが出来ると考えたようでおとなしい仏像と言うことになります(たぶん)。

時代は「武士」に変わっていきます。
東国の武士は新しいお客様です。
武士と対面することで力強さが加わったようです。

武士好みの仏像、戦うリアルな像をつくるようになります。

誰に守ってもらいたいか!というと…。
筋肉が盛り上がって、強そうな方ですね!

そこにリアルが求められる…。

貴族はいろいろと注文が多いそうですが武士は細かいことは言われなかったようですべて任せられたのでしょう。



運慶のデビュー作は、まだおとなしい仏像でした。
25~26才の時に1年弱かけてつくったそうです。

ギャラは今のお金にすると数千万円とも…。

康慶(父)‐運慶‐湛慶(子)の作品を観ることが出来たことは本当によかった。

仕事に対しての情熱を感じさせられました…。


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