梅の花がポツポツと開いてくる初春のころ。
湯の華観音の研究は大きな歴史の山に挑もうとしている。
当初は鎌倉とか平安とか言った時代に沿って調べていた。
しかし思うような結果は得らるものではなかった。
今から思えば当然のこと。
時代は更に遡るであろう事になるのは、つい最近のこと。
一応、観音設置は推定西暦380年としているが、当然これと言った物証がある訳では無い。
研究の転機となるのは、多くの「古代史」中でも古代ピラミッドに関する書籍に巡り会えた時から。
当初の、観音に関してのみ研究対象としていたことが研究の進展を遅らせた。
観音は、一位ヶ岳(山岳信仰の古代ピラミッド)と併せて考える事が大前提であることに気がついた。
つまり、一位ヶ岳(ピラミッド)が研究対象の主体であり、観音は主体に関連する対象と捉えるべきだった。
となると、対象となる時代は4世紀以前でなくてはならず、弥生以前となる。
おそらく、火山活動が活発に起きている・・時代であり、人々は大自然への畏敬の念を絶えず強いられながらの生活であっと推測される。
嫌が応でも、神仏を信じざるを得なかったであろう。
大自然を神と考えた山岳信仰に代表される自然崇拝の形態がここに生まれてきた。
一位ヶ岳は山口県にある600メートル級休火山(今は死火山扱い)で、豊田富士と呼ばれるように富士山を縮小した美しい円錐形の山である。
調べて行くと、同山が日本各地の古代ピラミッドと呼ばれている山々と直線で何本も繋がっていた。
いわゆるピラミッドラインであり、その設置意図は前回記載した通りです。
ではピラミッドは一体誰(いずれの民族)が作ったものなのか?
ピラミッドを繋ぐという作業はある強いメッセージ性を生じさせる。
そこで暮らしている人々はそのメッセージを共有することで、メッセージの価値観と連帯感を強く持つことになる。
つまり民族のアイデンティティーの形成に深く寄与する。
結論から言えばその民族とは
イスラエル(ユダヤ)民族と考えられるのです。
民族論は実にデリケートな問題であり、軽々しく結論付ける訳にはいかないが、やはりそこへ踏み込まなければ、何も前進しないと思った。
あの伊勢神宮で行われている様々な儀式は、そのルーツをユダヤ教(原始キリスト教)に見るとする説がある。
はしょってしまうが、このイスラエル民族とは、あのイスラエルの失われた10支族の末裔である。(これが私の今の結論)
では何故か?
については今後の研究の進展に沿いながら書いていきますので、結論のみ書きました。
※日ユ同祖論 =今の日本民族の中心は、数千年前にイスラエルより入植(逃れる)した、いわゆる「失われたイスラエル10支族」を祖先とする説
以上、断片的になってしまい上手くまとめられませんが、 大きな問題で、まずは今の私の考えの一部を紹介する形になります。
お付き合い下さり、感謝致します。