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教習所の思い出

 先週はじめの事、長女がいきなり「私も運転免許を取る!」と言い出しました。この長女は意外とどんくさい処もあり、本人もうすうす自覚してか、今まで運転免許は取らないと言っていました。しかし周囲の友人たちが運転免許をとり、車に乗っているのを見て、またそんな友人とドライブいったりするうちに、免許を取りたくなった様です。

 まあ運転免許を取ることは否定しないので、私は昨日、おサイフ役という事で教習所に長女と一緒に行ってきました。しかし長女が運転免許取る様になったという事に、少し感慨深いものがあります。

 今回長女に付いて行ってわかったのですが、今の教習所は昔と教習課程がかなり変わっているんですね。

 私の頃は一段階は四時間、二段階は四時間、三段階は十時間で、そこから仮免許取り、路上教習を十時間。トータルで28時間だったと記憶しています。(記憶なんで、間違っていたらごめんなさい。なにせ四十年近く前の事なんで)

 しかし今ではAT車とMT車の区分けがあり、AT車では構内教習(一段階)が十二時間、路上教習(二段階)が十九時間で合計31時間なんですね。これは路上教習に重きを置いたという事なのでしょうか。しかも路上教習で高速教習もありますからね。

 そんな長女に付き合いながら、ふと私の教習所時代の事を思い出してしまいました。

 私が教習所に通っていた頃、それは昭和時代でしたが、とかく教習所の教官の態度は悪いものでした。

 知人(元ヤンキー)なんかは、合宿免許で取ったと聞きましたが、その教官のジジイでとても態度が悪い奴がいたらしく、構内教習は大人しく従いながら「路上に出たら覚えてるよ!」と我慢をしていたそうです。そして仮免許取って路上教習に出て、その教官が同乗した時に、強引に裏道まで車を走らせてその教官を「教育」をしたそうです。すると翌日からその教官の態度はガラリと「改善」して、快適な路上教習で終わったとか。

 いや、この話を聞いて腹を抱えて笑いましたね。

 私の場合、思い出深い教官は3人いました。一人は初めての実車教習の教官で、名前は「城所」という御仁。顔は厳つい人で体躯はプロレスラーの様でした。当時はマニュアルのみなので、初めて車を動かす時、クラッチ操作が上手く出来なかったのですが、エンストする度、その教官から「テメェはバカか!」「何度言ったらわかるんだ!」「ばかやろー!!」と、約1時間の教習の間、罵倒されまくりました。

 これにはへこみましたね〜。こんなのが続くのなら、自分は免許を取るのは無理かもしれないと。何せ車の中という密室で、やる事なすこと徹底して罵倒され続けられたら、嫌になると言うものです。

 次がかなり高齢の「貧乏神」の様な教官でした。確か三段階の時の教官で、この人は声は荒げませんが、兎に角、小言の様に常に隣でブツブツと言い、偶にブレーキ踏んではまたブツブツと言います。しまいには「君の運転にはハンコはやれない」で終わりました。まあ私にも落ち度があったんだろうと、次の教習までの空き時間、休憩場所でコースを見ていると、この「貧乏神」の教官は、私の次の女性の教習生にデレデレニヤニヤしながら、話をしていました。そして1時間の間、車は動く事無く女性教習生と話しを続け、見るとしっかりとハンコは押しているのが見えました。貧乏神も女にゃ甘いという訳ですね。

 最後は路上教習の時の教官です。その日は雨の日でキャンセル待ちで乗車しましたが、二輪教官が臨時で教官になり同乗してきました。この人はとても砕けた人で、「俺は毎朝母ちゃんにお別れ言って、この仕事をしてるんだ」と言ってました。理由を聞くと、路上に出たばかりのヒヨコの運転する車の隣に乗るんだから、そら命がけというものでしょう。なんて軽口を叩きながら笑っていました。この教官は、教習の方は細かい事は特に指摘もせず、ポイントをしぼってアドバイスを受けた記憶があります。とても良い教官でした。

 とまあ、教官に関してはこんな感じでしたが、あと記憶にあるのが路上検定で、いわゆる「卒検」という奴です。

 卒検では、受験者が2人1組で乗車し、検定員の指示するコースを往路と復路に分けて運転し検定を受けました。私とペアになったのは、三十代後半の女性で、教習生カードが数枚つづりになっていました。通常は見開き状態で、そこに教習履歴でハンコが押されているのですが、この女性は1段階から10時間以上の教習を受けているようで、もう何十時間乗っているかわからない状態です。漸く卒業検定に辿りついたのでしょうが、往路は私が運転し特に指摘も無く終わり、復路はこの女性が運転しました。ただこの復路の運転はまさに「恐怖」の連続で、右左折する時には自転車を巻き込みそうになり、路肩では何度も脱輪し、最後の方では前を走る車にオカマ掘りそうになり検定員が補助ブレーキを踏んでいました。「これはもう不合格なんだろうな。。。」私は思っていたのですが、結果発表では何とこの女性は合格していました。ただその時の検定員の講評が「貴方はこのまま路上に出ると、絶対に事故を起こすでしょう。でも今回は合格です。」という訳の分からない内容。教習所側としても期限ギリギリまで教習してきた事もあり、お金も貰っている事から、とりあえず合格にしたという感じでした。

 良いのかな、そんな事で。

 それが当時の私の感想ですが、そんな人もいたという事です。

 そんな私も教習所を卒業後、幾つか事故をもらい、また幾つか事故を起こして来ましが、幸い大事なくここまで運転を続けて来れました。そんな私の車の原体験である教習所では、そんな思い出があったのです。


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