裕福な高齢者までが介護保険をもらえる理由
現役世代に負担を強いる中で起きていること
日本で税や社会保険の公平性を担保するには、IT化・ワンストップ化を進めることだ(写真: チータン / PIXTA)
効率的で公正な財政制度は成り立つのか――。
5月23日、規制改革推進会議は、「規制改革推進に関する第1次答申」を安倍晋三首相に提出した。この答申では、 (1)行政手続きの電子化の徹底、(2)同じ情報は1度だけ提出、(3)書式・様式の統一、とする行政手続き簡素化の3原則を掲げ、2020年までに行政手続きのコストを2割以上削減する目標を示した。
行政手続きの簡素化について、答申で財政と関係する部分は、電子申告の義務化を前提とした利用促進、税・社会保険関係事務のIT化・ワンストップ化、不動産登記のデータ整備・行政機関間連携といったところだ。
納税手続きの電子化や行政機関間の情報共有については、当連載の拙稿「フランスで初めて『源泉徴収』が始まる衝撃」で、フランスの事例に触れた。他の先進国でも電子化や行政機関間の情報共有は日本より進んでいる。行政手続きの便利さと、政府の情報収集・共有をどこまで許すかのバランスをどう取るか、問いかけた。
日本の電子申告システムは連携していない
わが国でも納税における電子申告システムはすでにある。国税では「e-Tax」、地方税では「eLTAX」だ。しかし、利用率がまだ低い。規制改革推進会議では、電子申告の義務化が実現されることを前提として、大法人の法人税・消費税・法人住民税・法人事業税の申告について、電子申告の利用率を100%とし、中小法人の法人税・消費税の申告についてe-taxの利用率を85%以上、法人住民税・法人事業税についてeLTAXの利用率を70%以上、とする目標を示した。
この電子申告システムの1つの難点は、他のシステムとの連携がまだとれていないところだ。そのために国民や企業は不便を強いられている。たとえば年末調整については、従業員の配偶者や扶養家族の異動、従業員の配偶者の所得、従業員が支払った生命保険料の金額、従業員が抱えている住宅ローンの残高の情報を、従業員は源泉徴収義務者である企業側に伝達しなければならない。これらは税務当局が集計してくれれば、企業側が集めなくても済む話である。たとえば住宅ローンの残高は、銀行などが当事者に発行する住宅ローン控除用の紙の書類を、銀行から税務当局へ電子的に直接送ればよい。従業員の家族の異動は、住民票で把握できるから、市役所などから税務当局に情報を送れば済む。
おまけに納税以外にも、本人が加入している社会保障のもろもろの保険者(健康保険組合、共済組合、国民健康保険、厚生年金、国民年金など)とも、情報を共有していない。だから企業は、従業員にいくらの給与を支払ったかを税務当局には報告するが、税務当局が得た情報を社会保障の保険者が同時に共有することはない。いくらの社会保険料を従業員から天引きしたか、年金も医療も介護も雇用保険も、別々に計算しては手続きしなければならないのだ。
納税は納税、社会保険料は社会保険料、住宅ローンは住宅ローン、転居は転居、とそれぞれの仕組みの間で情報共有ができないのが、わが国の現状である。当連載前回でも述べたように、行政機関間の情報共有についての国民的な合意がまだとれていないこともあり、行政機関間で情報を共有することに制限があるから、納税に必要な情報で他の制度から入手しなければならないものについては、紙の書類で別途届け出なければならないといった手間がかかる。
今般の規制改革推進に関する第1次答申では、税・社会保険関係事務のIT 化・ワンストップ化を打ち出した。細部についてはこれからの検討だ、手続きを効率化して、国民や企業の利便を向上させるのに資するものと期待できる。
相続税や贈与税も徹底できていない
さらに答申には不動産登記のデータ整備を促進することも盛り込まれた。これは、不動産登記簿が土地所有者を把握するための実質的な情報源となっているにもかかわらず、相続登記の未了などが原因で所有者情報が実際のものと食い違い、土地所有者が把握できないという問題に対処することが第一義的な目的である。が、税金や社会保障の負担を公正なものにするためにも、不動産登記のデータ整備や行政機関間連携は不可欠である。
まず、個人の所有財産が的確に把握されないと、相続税や贈与税で脱税が起きかねない。本来は相続税や贈与税を課して、資産格差の是正が図られるべきところで、それが徹底できなくなる。また不動産には、毎年固定資産税が課されるが、その課税からも逃れられてしまう。
それだけではない。主に65歳以上の高齢者がサービスを受ける介護保険で、40歳以上の人たちに負担を強いて、財産をたくさん持っている高齢者にたくさん給付を出してしまうという問題も、所有財産が的確に把握されないことによって生じている。
そもそも介護保険では、介護サービスを主だって受けるのは、65歳以上の第1号被保険者である。ところが、ほとんど介護サービスを受けない40~64歳の第2号被保険者も、保険料を負担しているのだ。
その介護保険には、財産を持っていても低所得である要介護状態の高齢者が、介護施設に入所したときに生じる食費や居住費の一部を免除する仕組みがある。この仕組みによって、食費や居住費を事実上、一部免除される形で給付することから、「補足給付」と呼ばれる。補足給付の受給対象者となる程度の所得や資産を持つ要介護者が、自宅で介護サービスを受ける場合、自己負担で食費や居住費を支払っているのに対して、施設に入所すれば、補足給付が支給されるという不整合も問題だ。
結局、現役世代より経済力のある高齢者の負担を軽くしながら、主に保険料を払うだけの第2号被保険者には保険料を課している点にこそ、問題がある。
そうした現状を踏まえ、今日では、単身高齢者なら1000万円以上、高齢夫婦なら2000万円以上の預貯金を持っていれば、低所得であっても補足給付を出さないことになった(介護施設に入所した要介護者の食費と居住費の一部免除を廃止)。
では、金融資産はあまりないものの、立派なお屋敷の自宅に住んでいる高齢者はどうか。現在の仕組みでは、預貯金しか考慮されないから、補足給付を出すことになる。この補足給付は2014年度で3338億円も出ているから看過できない。
土地所有者を把握できないという欠陥
なぜ、預貯金しか考慮されないかといえば、不動産は換金しにくいからと、もう1つ、所有状況が把握しにくいからである。もちろん、市町村は不動産を持つ個人に対して固定資産税を課すべく、情報を把握してはいる。しかし、同一人物が他の市町村にいくらの不動産を持っているかまでは、名寄せもしていなければ、情報を入手する手立ても今はない。挙げ句に土地所有者が把握できない問題も今は残っている。
土地所有者が把握できないという問題を解決して、不動産登記のデータを整備し、市町村間で所有者の情報を名寄せできれば、誰がいくらの不動産を持っているかが把握できる。たとえば、介護保険における補足給付で不動産まで含めると、十分な資産を持っている要介護者は支払い能力があるとして、給付も抑制できる。そうすれば、介護保険料を払う40歳以上の住民や税を払うあまたの国民の負担も、軽くすることができる。
給付が必要な人には出すが、必要ないほど経済力のある人には給付しない――。そうした公正な仕組みにするためにも、行政手続きの電子化は役に立つのである。東洋経済引用