アマゾン銀行が誕生…2025年、日本の「銀行」はここまで激変する これから金融界に起きる「破壊」の全貌
田中 道昭引用元
リーマンショックを機に長期低迷から抜け出せずにいる金融界。『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』著者で立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏は、この間に金融界がとった戦略を「顧客を忘れたビジネスモデルだった」と指摘する。一方、その対極として台頭したのが「顧客至上主義に徹するアマゾンなどのテック企業。これからはアマゾンらが既存金融機関の最大脅威となり得る」と言うのだ。キャッシュレスの波が急速に広がりつつあるいま、アマゾンをはじめとする世界のメガテック企業がいま金融界に巻き起こそうとしているディストラクション(破壊)の全貌とは。破壊を経た近未来に何が起こるのか。田中氏による驚愕のシミュレーション――。
顔認証とキャッシュレス
「令和元年」は、PayPay、楽天ペイ、LINEペイの激突が話題をさらうなど、日本における「キャッシュレス元年」とのちに呼ばれることになるだろう。そして今から6年後の2025年には、人々のライフスタイルも一変しているにちがいない。少し予測してみよう。都心の一等地に位置するメガバンクの支店の一階には、EC大手のアマゾンが展開する無人レジコンビニ「アマゾンゴー」が入居するようになっていた。メガバンク支店のオフィスはいまやこのビルの5階のワンフロアを残すのみ。あとはすべてテナントだ。
正午ごろ、一人の広告クリエイターがアマゾンゴーにランチを買いに訪れた。店舗の入り口には顔認証用とスマホのQRコード用の2種類のゲートが用意されているが、彼はポケットに手を突っ込んだまま、顔認証用のゲートを通過して入店した。彼がアマゾンで顔認証登録を済ませてからは、ランチの買い物はこのアマゾンゴーに限られるようになっていた。理由はもちろん、かんたん、便利だからだ。店内の売り場は無人だが、オープンキッチンのバックヤードでは盛んに人が行き来している。アマゾンゴーが台頭したころは「コンビニから人が消える。無人コンビニになる」と雇用を奪う恐怖の対象というのが大方の見方だったが、現実にはそうならなかった。美味しい食事を提供する厨房は活気にあふれている。そこで作られるサンドイッチや弁当、惣菜は、店内のイートインスペースで食べることができる。あたたかな食事がとれるので、定食屋と同様の賑わいを見せていた。
ATMがいらない世界
だが買い物に訪れたクリエイターは、午後一で予定を抱え、いますぐ現地に向かわなければならない。出来立ての手作りサンドイッチとドリンクを手に取ると、そのまま元の顔認証用のゲートを通過し立ち去った。決済はアマゾン銀行で自動引き落としされるので、レジに並ぶ必要もなく、所要時間は1分にも満たなかった。
ただし完全にキャッシュレスとなったわけではない。アマゾンゴーの入り口の一画には、メガバンクのATMも設置されている。まだキャッシュレスになじめない人や、プライバシーを重視する人のために設置されたものだが、すでに都内のATMはここを含めて30機にまで激減。いまやATMは平成の遺物のような扱いで、昭和の遺物の公衆電話と合わせて「どちらを探し当てるのが難しいか」というバラエティ番組が作られるようになっていた。さらに通帳利用者は通帳が有料化され、現金生活者にとっては不便さが際立つようになっていた。変わったのは決済システムだけではない。メガバンクのビジネスも大きく様変わりしている。銀行員はいまやプロパーとしてグループ企業を統括する一部の総合職と、世界のビジネスを知り尽くした営業職やインベストメントバンキング職、またフィンテックを知り尽くすAIエンジニアの専門職に色分けされている。
このビルの5階にあるメガバンク支店の窓口は法人専用となっていた。いま中国企業のM&Aで画期的なスキームを開発したとして、投資銀行業務の担当者が企業のM&A部門の担当者とパワーランチの真っ最中だ。んさてアマゾンゴーを出たクリエイターは、すぐにライドシェア会社の「Lyft」が提供する自動運転タクシーに乗り込んだ。2020年のオリンピックを契機に特定地域で自動運転が解禁された日本でもようやく自動運転がタクシーに限り認められるようになっていて、キャッシュレス化の進展でますます便利に利用できるようになっていた。楽天が出資、提携している「Lyft」の支払いには、楽天ペイを利用した。向かったのはソフトバンクグループのビジョンファンドが出資するコワーキングスペース&シャアリングオフィスの「WE WORK」(ウィワーク)だ。
ここのオープンスペースで買ってきたサンドイッチで腹を満たしたクリエイターは、その場で30分ほど仕事の打合せを行った。その後、「クリエイターのためのマーケティング講座」を受講したが、この受講料はPayPayで決済された。これを確認しようとスマホでPayPayの入出金明細のページを開くと、同時に納品した広告企画の代金がPayPayに入金され、さらに今月の家賃が独自通貨「ペイペイコイン」で自動引き落としされていた。
仕事から日常生活までキャッシュレスが浸透し、すでにクリエイターの生活はそれなしには成り立たなくなっていた。
アマゾン銀行が世界を飲み込む
上記は、筆者が世界のメガテック企業や金融セクターのプレイヤーを対象に取材し、独自の分析に基づいて行った近未来シミュレーションである。
すでにこうした世界は想像するに難くなく、納得する読者も多いことだろう。一方でこれはどちらかと言えば日本にとって楽観的なシミュレーションでもある。これからの動向次第では米中の金融ディスラプター(破壊者)の日本上陸によって日本の金融産業は、さらに過酷な状況に陥ることも考えられるからだ。
そんな日本の既存金融界を破壊しかねないプレイヤーの筆頭がアマゾンである。
筆者は読者諸兄姉に「アマゾンは何の会社だったのか」と尋ねてみたい。こう問われて、アマゾンを「金融の会社」と答える方はほとんどいないだろう。しかし「アマゾンは世界一のオンライン書店である」という答えももはや十分な回答にはなっていない。いまやアマゾンは本のみならず、生活用品や家電、生鮮食品、デジタルコンテンツなどのあらゆるものを販売する「エブリシング・ストア」となっている。それどころか、クラウドサービスや音声AI、はては宇宙事業に至るまで、ありとあらゆる事業を展開する「エブリシング・カンパニー」へと成長を続けている。
筆者は早晩「金融4.0」と言われる大変革のすえに、次世代金融の雄として「アマゾン銀行」が台頭することは、十分にあり得ると考えている。その暁にはアマゾン銀行はアマゾンの事業の中核に位置することになる。アマゾンのレイヤー構造は下記の図のようになるだろう。
図:アマゾン銀行を中核とするレイヤー構造
自らを破壊し続ける
ではなぜ、アマゾンは「銀行」をも作り上げる力を持ちえたのだろうか。それを知るにはもう一度、ジェフ・ベゾスが創業当初から持っている強烈にしてユニークな〝こだわり″を振り返っておこう。
1.「地球上でもっとも顧客第1主義の会社」というミッションとそれと表裏一体であるカスタマーエクスペリエンスへのこだわり
2.「低価格×豊富な品揃え×迅速な配達」へのこだわり
3.「大胆なビジョン×高速のPDCA」へのこだわり
アマゾンのアニュアルレポートには必ず1997年、つまりアマゾンの創業年の株主レターが添付され、そこにはこう書いてある。
「Still DAY1」(「今日が創業日、ここからだ」)と。