-ALKAN-

しどろもどろでも声は出るなり。

お役所様の言う事にゃ。 運命の道を歩いてみよう-中編『女子社員』(その4)

2017-12-05 11:22:36 | 日記

 失効した健康保険証の代わりに発行する仮の健康保険証はない。 原則実費でそのあと還付を受ける形になるが、それは翌々月、平成30年の2月になると。

 離職票がないと国民健康保険に切り替えられないが、社判の入った『離職証明書』があれば即日切り替えられる。年金も。

 という事で、じゃあ、会社に頼んでその、社判の入った離職証明をもらえば、すぐに健康保険証を我が物に出来るのですね?私は病院に通う事が出来るのですね?

 その通りです。

という事で、実際には十四・五秒の会話を交わすため、ガルペで市役所まで出かけました。

 秋の街道のケヤキ並木は落ち葉が舞い散り、なんともオータミーなルックスでした。秋晴れの空はこんなに綺麗なのに、

『我が懐の釣り鐘の、声に覚えし空風に、振り向き見やる琴線の、鳴るも鳴らぬも心細きや』

 オータミーというと、大谷はヤンキースを門前払いにしてやったと。なんでも、アメリカの東側では野球をやりたくないと。なぜ東が嫌なのか。
他に日本人が所属する球団も嫌だ。という事でもあるらしい。じゃあ、結構絞られてくるね。けっこういってるもんね。日本人。

明日、制服を返しに行って、そのついでにその、あまり聞き覚えのない、『離職証明書』をもらったら、返す刀で市役所に行って、親の借金の完済証明よろしく、

「おう、これで俺とあんたは赤の他人どうしだ。ようも手間取らせてくれたな。礼を言うぜ。ささ、とっとと手続きを済ませてくんな。江戸っ子は気が短けぇんだ!」

なんて事は言いません。日本の国民皆保険制度は、こうして、フリーライフファンタジスタ達にも木漏れ日のごとく射し届くのでした。


市役所の駐車場で大人しく待っている。なかなか、綺麗に見えるガルペ。よく見れば紫色。



しかし、ドア周りはやっぱり汚かった。




       -------------------------運命の道を歩いてみよう-中編『女子社員』(その4)-------------------------



「なに、どうしたの?」内海が慌てて椅子を引いてのぞき込むと、「消しゴムが、落ちちゃって」と、女子社員はさらに尻を突き上げるような形をして答えた。

「いいよ、そんなの、俺が取るから」内海は女子社員を机の下から引っ張り出そうとしたが、触る場所がなかった。

「あ、すみません」そう言って机の下から出てきた女子社員は、一瞬内海を見た後、少し遠い目をしてそのまま内海の膝の上に倒れ込んだ。貧血を起こしたのだ。

「どうした? 大丈夫か?」抱きかかえた内海はその柔らかで誘惑的な手触りを感じた瞬間、それは金箔が裂けるような幽かな音を聞いた。内海は女子社員を抱き起しキスをした。女子社員は意識がないのか、まるで抵抗しなかった。

 その行為はまったくそれだけの、時間にすればほんの数秒の出来事だった。だがその時内海は、自分がとても素直に神の意思に従ったような気がしたのだった。迷いが消え、享楽的な気分が内海を一瞬で包んだ。内海はその女子社員の顔をしげしげとみて何の魅力も感じないことにますます安堵した。

「いま、キス、しました?」女子社員は虚ろな瞳で内海に訊いた。
「あぁ、した」
「なぜ?」
「それは……、君があまりに、魅力的だったから」

 だがそう口を突いて出た瞬間、享楽的な気分は凶暴な自責の念に打ち壊された。それは明らかに嘘だった。自分を間違った方に導く、水口の淫行よりも遥かに悪質で、目先の状況にこびた嘘だった。

「訴えます」女子社員は飛び起きて一言言った。
「いや、待ってくれ!」

「いいえ訴えます。わたし会社辞めます。そしてみんながやっている不正を、知っている限りすべてマスコミと警察にばらして、こんな会社潰してやります。私には今、その力があります」

「ある、確かにある、十分にある。だが待ってくれ!」

 内海は必死になっている自分にその時漸く気付いた。はっきりと間違った方向に突き進もうとする自分を自分自身でも止められないでいた。



  

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