和の独り言=PART-2

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能登半島地震で思う出す・富山県高岡市周辺の旅から

2024-03-31 | 旅日記

 2024年元旦に発生した能登半島地震はその後も続いて、半島各地での被害状況や復興活動に関する報道が今もテレビ・ラジオ放送や新聞紙面では連日重きをなしている。石川県側の報道が多かったが、この数日は富山県側、特に氷見市周辺の報道も見受けられる。
 能登半島を旅した2024年の約3年後、富山県西部の高岡市周辺の旅では七尾市、羽咋市、中能登町などに隣接する氷見市をも訪れている。私の趣味の一つでもあるローカル鉄道の旅を思い出しながら・・・。

6月26日(1日目)
 埼玉県大宮駅から新潟新幹線トキ311号で越後湯沢へ。特急 HAKUTAKA 6号(金沢行ー終着・和倉温泉)に乗り継ぎ北越急行線・北陸本線を走って高岡へ。

 高岡駅北口のホテルへ荷物を預けて先ずはJR城端線を往復、終点では城端郵便局で旅行貯金して「越中の小京都」ともいわれる街を散策した。善徳寺や宝物館などにも立ち寄る。

 

 高岡に戻りキハ40やキハ47などが集まる電車区を眺めたり、駅南口を散策。

 駅北口前のホテルに泊まる。

6月27日(2日目)
 JR氷見線は高岡駅の一番北側の8番線から1両編成のキハ40-2027に乗り、伏木付近で市街地を抜けると富山湾岸を北上する。富山半島東岸の終点氷見駅に着くと先ずは氷見郵便局へ。海沿いの遊歩道を散策、加賀藩祖の前田利永などの氷見市指定の文化財(の説明版)をも拝見。

 JR氷見線での戻りは途中の能生町で下車、万葉線の能町口電停まで歩き終点の越の潟方面に向かう。

 途中では射水市となった新湊市ない内散策、さらに「海王丸パーク」では船内も見学した。妻の弟は商船大学の卒業航海にこの船で太平洋を横断している。

 ときときバスで万葉線の終点、越の潟へ向かう。越の潟では県営のフェリーで対岸を往復。万葉線を完乗して高岡駅へ戻る。

 高岡駅北口には万葉集の編纂にもかかわった大伴家持卿の記念碑が建っている。天平18(746)年~天平勝宝3(751)年の5年間、越中の国守としてこの地に在任したという。

 この日は北陸本線で石川県加賀温泉まで移動し、柴山潟湖畔の定宿に泊まった。

6月28日(3日目)
 加賀市内周遊のCANBUSを利用して中谷宇吉郎「雪の科学館」や橋立の北前船主「蔵六館」なども回った。
 東京町田市の自宅への帰路ルートは記憶が薄い。カメラのファイルが満杯となり、映像が残っていないのだ。

 能登半島にお住いの方々のこれからに想いを重ねつつ・・・。

= 長文深謝 =

 


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