NOSTALGIA/郷愁

団塊世代の日記
Nat King Cole の TOO YOUNG を
しみじみ聞ける世代のBLOGです。

同窓会名簿

2013年11月18日 | 団塊の世代
高校の同窓会名簿が、なんと47年たってできてきた。

高校の友人は、数人ほど今でも付き合いはあるが、
地元から離れて生活していることもあって
多くは音信不通。

同学年のページを見ると、懐かしい名前が並んでいる。
もうほとんどが、リタイアしているはずだが、勤務先名が書かれている人もいる。

住所を見て、地元から離れている人が、半数近くいる。
中には、高校時代と同じ住所の人もいるが、47年間どうしていたか、
気になる。
「不明」文字がある人も気になる。

そして、物故者欄にも、何人か見覚えのある名前があった。

新年会

2010年01月23日 | 団塊の世代
今年の新年会が終わった。4回だった。その代わり暮れの忘年会は仕事が詰まっていたので一度もなかった。

 新年会の2回は毎年行っている定例会。大学と会社の同期の仲間だ。もうリタイヤした者も多い。私もそろそろその後を追う。ただ、何もしないわけにはゆかぬ。団塊の世代がひとつの塊の勢力として、まだ黙ってはいない、とも書いてある本もある。ボランティア、NPO、町内会、購買者、クレーマー、旅行ツアー客、政治家、起業家などなど。皆まだ元気だ。

同期会

2010年01月03日 | 団塊の世代
DATE: 01/15/2005 18:44:38
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会社の同期の新年会が昨日あった。
 入社してから33年経つが毎年やっている。30周年の時は泊まりがけで秩父の温泉に行った。来年は35周年になるので、また一大イベントを企画したいとの話も出ている。

 おもしろいもので、我々の入社年の同期会だけが、今でも親睦を高めている。前後の入社組の同期会は、とっくに消滅したらしい。我々のが残っているのは、毎年幹事を決めて運営しているからか。入社10年目くらいで一時消えかかったことがあったが、持ち直した。みんなが仲間を大切にしているせいかもしれない。また、落ちこぼれ組なのか、役員に誰もなれなかった事も仲間意識を高めた要因か?

 入社同期といっても、33年経つのでメンバーの殆どは、関連会社に行ったり、退職して他の会社に行っている。でもそういったメンバーが、決まって新年会には集まってくれる。会社の内外の情報交換ができて大変有益だが、お互いの健康を確認して、定年後の生活設計を議論することでも盛り上がる。

 巷では、我々「団塊の世代」があと2,3年で退職するので世の中の若返りが始まるように言われるが、まだ我々は元気だ。これからも世の中に貢献していきますよ(あまり頑張らないけど)。
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同期が早、定年

2010年01月03日 | 団塊の世代
DATE: 10/31/2004 01:00:14
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昨日、同期入社の一人が早々と定年になったので、そのお祝い?の飲み会があった。彼は大学で遊んでいたのでちょっと年がいっていたのだが、残った我々もやがてその時を迎える。彼は結局、系列会社に残って同じような仕事をしているが、給与は高校生のアルバイト並み(本人談)に下がったそうだ。
 我々同期会の仲間はなぜか結束がよく、33年が経った今でもこうしてよく集まる。前後の入社組の同期会はとっくになくなったと聞いている。
 毎度のように飲み会は盛り上がったが、話題は定年を迎えても困らんように今からいろいろ布石を打っておかないといかん、といった話になる。私も人ごとではない。報酬はいいから、週3日ほど働いて後は自由な時間がとれる仕事がいい。
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学生時代の音楽

2010年01月02日 | 団塊の世代
ラジオ

ラジオは、中学時代からよく聞くようになりました。
 中学1年の夏休み、何気なく聞いていたラジオから流れてくるポピュラー音楽が新鮮に聞こえ興味を持ちました。そのとき聞いていたのがアルマコーガンの「ポケットトランジスタ」。それ以来、POPSを中心に音楽を聞いていました。テレビでもザ・ヒットパレードから流れる、ザ・ピーナッツや3人娘(特に伊東ゆかり)、飯田久彦などの歌が好きでした。また当時流行っていた、「悲しき片想い」「悲しき街角」「悲しき雨音」などの悲しきシリーズ、「ワンボーイ」「ロコモーション」「すてきな16歳」・・・そして「テルスター」「ライオンは寝ている」なんて言う曲が思い浮かびます。
 高校時代は、ラジオを聞きながらの勉強が多く、当時のPOPSは殆ど聞き覚えました。ちょうどビートルズが全盛で、Please please me など今、耳にすると、高校に入学したばかりの苦い下宿生活を思い出します。毎日夜9時頃でしたか、前田武彦が放送していたヤングヤングヤングは、アシスタントが木元教子のころから知っています。深夜には「土居まさるの真夜中のリクエストコーナー」を聞いたものです。
 テレビでは、シャボン玉ホリデーを夕食が終わった後、毎週見ていました。Openingの牛の画面、Endingのハナ肇とザ・ピーナッツとの会話と肘鉄。ついこの前のことのように記憶がよみがえります。