鴎外は恋人の記録を残したが、ほとんどの人は痕跡すら残していない
以前、書評「鴎外の恋人」に書いたように、鴎外はドイツでの恋人のことが忘れられず、「舞姫」を書き、二人の子供の名前を、恋人の名前に似たものにした。他にも恋人の存在の痕跡を多く残している。そのために、上記の本の著者は、鴎外の恋人に関する事実を色々洗い出すことができた。
しかし、同書にもあるように、当時欧米人と恋中になり真剣に結婚を考えた軍人は何人かいたらしいのだが、結局ハッピーエンドとなったケースはないらしい。同書で一人の軍人の名前が紹介されているのはましな方で、その他にも多くの日本人が、欧米人との恋に破れたケースがあったのに違いないのだが、誰も鴎外のように痕跡を残していないのであろう。
幸せと言うにはあたるまいが、鴎外のように痕跡を残すことのできた者はましである。少なくとも、鴎外は自身の不幸を世間に表白できたのである。多くの人々は涙をさえ隠し、互いの胸に永遠に真実を秘めて亡くなっていったのである。