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私の愛機は8cmMARK-X

我々の住む宇宙ってなんだろう -4(円空と憂歌団)-

● 円空と憂歌団

✔円空
江戸時代初期の修験僧、仏師として、60余年の生涯のうち、全国を放浪しながら12万体の「円空仏」なる木彫りの仏像を残したと言われる。 30歳を過ぎ、そこからの放浪だと推測すると、後半30年で12万体の木彫りの仏像を造るためには何と毎日10体以上を制作し続けたことになる。彼には地面に転がっている木っ端の中にも既に仏のモチーフを見出していたに違いない。
粗削りに見えるその作風、わずか数本鑿で引っ掻くだけの顔の中にも十分深みのある表情が宿っている。私は円空仏が醸し出す温かみのある雰囲気が大好きだ。

円空は毎日毎日、木仏を造らざるを得なかったのだと思う。彼の内から湧き出る制作欲は、何か目的があって意識して制作したものでなく、無意識の奥底から湧き出る思いがそうさせた。道端に咲く花のごとく、円空の手により仏がこの世に咲いたように思える。

✔憂歌団
憂歌団は1970年代から1980年代にかけて人気を博した関西の和製ブルースの第一人者と言って良い。大学生時代には彼らにドップリはまり、お金の無い夜は友人らと憂歌団を聞きながらトリスのお湯割りを飲むのが最高の一時だった。
今聞いてみても昭和の臭いが懐かしく、内田勘太郎氏の奏でるギターと共にボーカルの木村充揮氏のハスキーな声。醸し出す雰囲気が出色で何ともいえぬ味があった。
久しぶりに昔のライブ映像が見たくてYouTubeで木村氏が大阪の飲み屋でギターを片手に歌っている姿を見て思った。彼の歌っている姿が、円空の彫った木仏に見えてくるのである。
その歌う姿が実に楽しそうで、聴衆に聞かせようなどの素振りは一切感じられず、呼吸をするように歌を歌う。実に楽しそうで、ひょっとすると仏を彫らずにはいられなかった円空の生まれ変わりとして、鑿や鉈の代わりにギターをもってこの世に現れたのかもしれないと思えてくる。歌を歌わずには窒息するであろう人に違いない。歌っている際の恍惚とした様子は境地に接している。

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