一句鑑賞

待春の秋月

秋月のとある細い路を歩くと、千両?万両?などが冬景色として楽しめます。

枯れきったアジサイ・・・

秋月城下南東へ歩いていますとこのような区画の畑があります。

私が考えるに、この一区画はそれぞれ武士の館というにはあまりに狭い、家はと言えば玄関というほどものは無く、土間に続く竈があるのが厨であり、一段上がった板張りが食事の場所であったろうと想像できる。寝所は4畳半ほどの二間があれば大切な人が来た時の客間にもなる、そんな家々がこじんまりとしっかりと建っていたのであろう。

維新後、禄がなくなったその家の住人は、あらたな仕事というものに就くため先祖代々使えて来た城下を出・・・司馬遼太郎さんの坂の上の雲ふうに書けば、読書階級であった彼らは官吏や教員などとして各地へと出ていったのでしょうか。

空き家、空き地となったその一画一画は、残った人々が田畑として耕して来たのであろうかと思うのです。その一画にも武士と言っても偉ぶるものではない人々の質素な生活が成り立っていたんだと思いながら、お気に入りの路なのです。

その途中に桜の蕾を見つけたのは温もりを感じました。1月下旬ですね。

この桜は・・・彼岸桜とソメイヨシノの交合品種で大寒桜というのではないかと、何かで見た記憶があります。2月半ばから咲きはじめ、そのピンクの花びらは春を待っていた者に軽やかさを感じさせます。

こんな感じですね(笑)

などと春を待ちましょう。

待春という季語があります、春待つとも・・

待春の隣へ行くも石の路

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