最初に短編小説「鮒」(フナ)と「ビリケン」があって、あとはエッセイ。この短編2つがなかなかいい味していました。
「鮒」
中高生の娘と息子を持つ中年男の家に、ある日鮒入りの水槽が出現する。それは、男が一時期不倫していた女が勝手に置いていったものだった。それを息子が「ぼくが飼う」と言い出して…。
「ビリケン」
ある中年男が出勤時いつも目を合わせる近所の果物屋のオヤジは、ビリケンに似ていた。ビリケンの変化によって、学生時代のあるやらかしを思い出した男は…。
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後で考えると、両方とも中年男性の日常生活にわずかな波紋が起きて、心の内で右往左往する様を描いているのでした。
向田邦子といえば「父の詫び状」をはじめ、この後のエッセイをみても、父親の面影や影響を色濃く受けていることがわかります。
いつも家族に偉そうな口をきいては威張っている家長たる男の、家族には絶対に明かせないのっぴきならない秘密。この短編2つは、そんな父の姿を想像しながら書いた話かもしれません。