漱石は熊本の第五高等学校に勤めていたとき、同僚の山川信次郎と小天方面に旅行しました。いわゆる『草枕』の旅です。
12月の何日に熊本を発ったのかが不明確でしたが、村田由美さんは、28日午後から出かけたのではないだろうかと述べています。(『漱石がいた熊本』)
熊本から金峰山(きんぽうざん)を徒歩で越え小天に至ったのですが、途中に峠の茶屋があります。鳥越と野出(のいで)峠の茶屋です。〈「オイ」と声を掛けたが返事がない〉の名文で有名な峠の茶屋ですが、『草枕』には峠の茶屋は一個所しか登場しません。どちらの峠の茶屋をイメージしたものでしょうか?
かつて、野出の峠の茶屋の前に「漱石桜」と呼ばれた山桜の古木があったと言います。
今では、鳥越峠に復元された峠の茶屋を見ることができます。野出峠の方は、未見ですが茶屋公園となっているようです。
復元された峠の茶屋 ↓
『草枕絵巻』の中から、「峠の茶屋」臼井剛夫・画 ↓
『草枕絵巻』は大正15年7月に松岡映丘(まつおか・えいきゅう)ら27名の画家により創られたものです。全3巻。大正15年にお披露目をしてのち永らく行方が分からなくなっていましたが、金沢大学の川口久雄博士が見出して、広く紹介し世に知られるところとなりました。その後、川口博士のご遺族により奈良国立博物館に寄贈されました。複製が限定発行されています。
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