こんにちは、半次郎です。
昨夜は寒かったですね~。
帰り道、耳がちぎれそうに感じるほど風が冷たかったです。
手袋、マフラー、マスクはしていますが、耳当てはしていませんので、露出している僅かな部分を攻めてくる寒さは、憎たらしいくらいです。
耳の他に露出している部分と言うと、目と頭ですが、半次郎の目は大きくないので寒くないです。
頭もかろうじて頭髪が残っていて、寒さを感じるほどではありませんでした。
これから更に少なくなったら、帽子を被らないと外に出られませんね。
準備をしておかなければ・・・。
さて、今日は「ゴールドラッシュの日」なのだそうです。
1848年の今日、アメリカ・カリフォルニアの製材所で働くジェームズ・マーシャルと言う人が川底に金の粒を発見したのだそうで、この話が全米に広まり、翌年には多数のアメリカ人がカリフォルニアに押し掛けて来る、いわゆる「ゴールドラッシュ」となったそうです。
この時、集まって来た人達のことを「フォーティーナイナーズ」('49ers)と呼んだのだそうです。
何か格好イイですよね。
日本も同じようにゴールドラッシュで集まったのであろうと思われる記録があって、金が出た佐渡島には、1721年(享保6年)に9万5748人、1846年(弘化3年)に10万2265人の人口が居たと幕府の公式記録に記されているようです。
佐渡へ佐渡へと草木もなびく~・・・と唄われたのは、その頃のことでしょう。
ただし、1846年に人口200人ほどの小さな開拓地だったサンフランシスコが、1852年には約36,000人の新興都市に成長し、新しい交通体系が発展し、蒸気船が定期運航され、鉄道が敷かれ、カリフォルニア中に道路、教会、学校および新たな町が建設され発展していったのに比べ、佐渡島は主に文化面での発展はあるものの、近代都市としての発展はありませんでした。
幕府の直轄領で、しっかり管理され、全て吸い尽くされてしまった訳です。
ところで、金の周りに集まるゴールドラッシュという行動は、人間の強欲さが垣間見えて面白いのですが、強欲さで言えばカリフォルニアも佐渡島には敵わないと思います。
何故なら、佐渡には『道遊の割戸』と言う、金を堀り過ぎて真っ二つに(Vの字に)割られてしまった山が存在するのですから。
それにしても、産出した金を全て幕府に持っていかれても文句を言わなかった佐渡の人は偉いですね。
佐渡が、いや佐渡だけでなく日本のどこでも、いつの日か金ではない何か別のモノでゴールドラッシュが訪れるかも知れませんから、夢を捨てずに生きていましょうね。
その時は、“ゴールドラッシュ”とは言わないのでしょうけどね。
From 半次郎
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