労働価値論の可能性ーー贈与としての労働ーー その1
一、労働論の二つの観点
労働を人間の生産的(対象化的)活動として考察したマルクスに対する批判は、次のような二つの潮流となって現われているようだ。
一つは、対象化的労働すなわち使用価値生産労働だけではなく、労働者(人間)の身体的活動の全域にまで、労働概念の拡張を求めるもので、アレント『人間の条件』やフェミニズムの労働論などがある。労働から活動へ、あるいは労働から仕事へというように、経済的価値生産労働のみを重視する労働観に対する批判になっている。
もう一つは、労働を対自然活動としてだけではなく、対人間活動としても捉えるものだろう。労働が、自然を対象にして使用価値物を作り出す行為であることは認めても、労働者は他の労働者たちと直接間接に連携して労働しているのであるから、その連携行為も労働概念に組み込もうとする。今村仁司『労働のオントロギー』におけるアソシアシオン労働(非対象化労働)論や、小倉利丸のコミュニケイション労働論などがある。これは古くから、労働の連帯としての各種組合運動として現われて来た。
だが、これらの労働論はマルクスのそれを継承的に批判したものではあるが、実は本来の労働論までには至っていない。それは、マルクスの労働論が経済的労働価値論に内包されたもので、労働そのものを捉えておらず、マルクス批判者たちも同様の限界を持っているからだ。
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