わが家の北東隅の陽のロクに当たらないところに、例年フキノトウが顔を出す。
4、5日前に山の神に「そろそろじゃない?」と聞くと、見て来てくれて「まだだった」と言っていた。
それから幾日も経っていない昨日、「あっという間に出て来たみたい」と既にタイミングを逸してしまって開きかけてトウが立ってしまったものと、フキ味噌に出来るちょうどよいくらいの芽を手のひらの上に採ってきて見せてくれた。
午後、買い物に出かけた山の神から電話がかかってきて「酒屋にいるのだけれど、あなたの好きな銘柄のお酒があるけどどうする?」と聞いてきた。
その時はピンと来なかったのだが、後で、ハハァ~ン、そうか、せっかくフキ味噌を作るのにワインじゃなくて日本酒がいいだろうと思っての電話だったことが分かって、納得した。
呑兵衛の妻になってほぼ半世紀。
フキ味噌を舐める時には日本酒がいいのだろうと気を回してくれたのはシツケのタマモノか、はたまた山の神の心根が自然とにじみ出たものか。
この酒は秋田は由利本荘の「雪の茅舎」という酒で、仕込みの過程で温度管理には気を遣うものの、後は極力ヒトが手を加えることは避け、麹菌の働きに任せっきりにしてしまうという画期的な製法の酒である。
だから、杜氏は温度管理だけのために蔵に布団を持ち込み、仕込み樽の脇で寝泊まりをしているくらい。
手に入れたのは山廃仕込みだったが、これを冷やしておいてフキ味噌で嘗める瞬間の至福を何に例えればいいだろう ♪
かくして今年もあの独特のほろ苦さの中に春の足音を聞きつつ、よくぞ呑兵衛に生まれけり…と、喉を鳴らすのである。