今回の旅のメーンは薩摩路の2泊3日だったが、せっかく九州まで行くのだから、もう1、2泊どこかに寄ろうと、その候補地選びは山の神にゆだねた。
そして出てきたのが"元気な博多"と"九州の奥座敷"とも言うべき由布院への寄り道。
どうせなら両方に泊まってこようと、博多は安いビジネスホテルにして中州の屋台や元祖豚骨ラーメンに舌鼓を打ち、由布院は一転してたまたま予約が取れた高級旅館に投宿することにした。
これは由布院行きを強く主張した山の神が見つけた宿で、居心地の良さでは九州でも3本の指に入るという旅館だという。
「少々値段が張るが、せっかくなら泊まってみたい。どうかしら」と相談され、普段から贅沢な要求を全くしてこない人の言うことだし、長年の慰労もかねて、そこに泊まってみることにいした。
旅から帰り、ブログに書くためにあれこれ調べていると、レストランなどを対象に星の数のランク付けで知られるミシュランガイドが、今年の7月6日に初めて日本のホテルや旅館を対象にした格付けを発表したことを知った。
物差しは星の数ではなく、宿らしくルームキーで指し示すそうで、その名も「ミシュランキー」というそうである。
3ランクに分けられていて、最上級を「3ミシュランキー」と呼んでいる。
選出されたのは3ミシュランキーがブルガリホテル東京など6軒、2ミシュランキーが17軒、1ミシュランキーが85軒だそうである。
そしてボクたちが泊まった旅館が2ミシュランキーにランクインしていて、なるほどと納得したものだった。

周囲を紅葉し始めた木々が取り囲む中、静かに扉を開け放している茅葺きの門

由布岳の頂が覗く旅館の庭では紅葉がきれいに染まっている

1万平方メートルの敷地に数寄屋造り風の離れが11棟、本館に洋室6部屋がある

木立の中にそれぞれ離れが点在している

フロントのある棟とはそれぞれ渡り廊下で結ばれていて、曲がり角や分かれ道には陶器の置物が置いてあり、それを目印にしないと迷子になりかねない

談話室として使われているレンガ造りの建物もあり、夕食後に覗いてみた

ボクらが泊まった「三番館」の内庭

こちらも別の窓から見た三番館の内庭

玄関から上がってすぐのところに坪庭に面してイスとテーブルが置いてあった

15畳くらいの和室 ここでくつろぎ、食事もした
窓際の一部が机になっていた 足元が掘り下げてあって、掘りごたつのように足を下ろせ、こういうところで手紙など書くと、味わい深いものになりそうである

ベッドの寝心地はとてもよかった

それぞれの部屋に露天風呂か内湯がついていて、ボクらの部屋はヒノキの風呂桶が香る内湯だった
源泉かけ流しで、24時間いつでもどうぞということだった
24時間と言えば、離れ中の電気は消さずに寝てくださいということだった
また、トイレと脱衣所を兼ねた洗面所は床暖房が入りっぱなしで、深夜早朝でもほんわかと温かかった

露天ぶろ付きの大浴場

露天風呂も24時間いつでもどうぞということだった
この写真は午前4時過ぎにスマホを持参していって写したもの

夕食は部屋に運んでくれる
4つの小鉢の中央、一番大きなハチの中身はレンコンをすりおろして団子状にまとめ、何かの餡をかけたもので優しい味の一品だった
飲み物は白ワインと麦焼酎の兼八 この兼八が料理によく合い、とてもおいしかった

地鶏とシイタケ、地元野菜を使った一品

ウナギのかば焼き

そば

和牛ステーキ

炊き込みご飯とみそ汁
かくして料理は奇をてらうものでも、豪華さを前面に出すでもなく、地元でとれる食材本来の味を引き出しつつ、丁寧に調理されたどこか懐かしささえ感じさせる品ばかりで、まるで家でくつろぎながら山の神と向かい合って晩ご飯を食べているような、そんな感じの夕食だった
ただ、品書きがなく、仲居さんは「そうなんですよ、よくお客様に言われるんですが…」と申し訳なさそうだった

食後、ボクたちの離れの目と鼻の先にあるレンガ造りの談話室に行ってみると

毎晩、SPレコードの鑑賞会をやっているそうである

イギリスのエキスパート・シニアという最高級の蓄音機だそうで、直径72㎝の巨大ラッパが異彩を放っている
係の人の言うことではジャズなどピアノが使われる演奏などでは鉄針、クラシックのバイオリン曲の場合などは竹針、という具合に使い分けているそうである
何かリクエストをどうぞというので、リストにあったベートーベンのバイオリンソナタ第5番「春」を頼んだら、おもむろに竹針を取り出して針を交換したところ、それまで鉄張りでかかっていたジャズのとんがったような硬い音色とは全く異なる優しい音色が響き渡ったのにはびっくりさせられた

そして高級旅館での一夜が明け、朝ご飯の前に気に入っていた旅館裏手のゆふ自然遊歩道を少し散歩し

金鱗湖の朝霧を眺め

旅館の庭を彩る紅葉を目に焼き付け

初めての高級旅館はなかなか居心地のいいものだった
別の言い方をすれば、"さすがは2ミシュランキー"ということか

朝ご飯は和・洋の中から洋食を選んだが、量が多くて全部は食べきれなかった
由布院駅までタクシーを頼んでロビーで待っていると、スマートで背広の良く似合うロマンスグレーの男性が「〇〇さま、お車が参りました」と呼びに来て荷物を持ってくれ「この時期にこんなにきれいに紅葉するのは生まれて初めてのことです」などと、季節が変わってしまったことを驚きつつ説明してくれた
タクシーの運転手によれば、この男性は社長だということだった
山の神によると、前日の午後3時にチェックインしに行ったとき、茅葺き門の外で従業員の何人かが整列して客を出迎えていたのだが、その中にこの男性の姿もあったといっていた

かくして旅館の社長と由布岳に見送られ、由布院から長駆、列車を乗り継ぎ乗り継ぎ鎌倉まで帰ったのでありました
(このシリーズはこれでおしまいです)