採ったフキノトウを雪の上に並べていることで分かるように、東北地方に住んでいる人である。
ん? 寒いはずの東北でもうフキノトウが採れるのかとちょっと驚いたが、論より証拠、掲げられた写真には「越冬蝶とフキノトウを探し求め、歩いて歩いて…、フキノトウだけ20個ほど取れました。フキノトウを小さく刻み、味噌、卵、砂糖、片栗粉、ゴマ、酒で美味しいフキノトウ味噌完成」という、うらやましい記述が。
越冬中のチョウチョウは見つからなかったようだが、雪をかき分けるとそこにはもうフキノトウが出ていたんだ! へぇ~‼ ほぉ~‼ だね。
確かに寒中に収穫したフキノトウで作るフキ味噌の味は格別で、これに日本酒を合わせればもうあとは何もいらず、それだけで至福のひと時が約束されるのである。
フキノトウなどと言うあんなちっぽけな植物の芽がどうしてボクたちを引き付けるのか。
まずはその色彩にあるかもしれない。
掲げられた写真に写っていたフキノトウは白い雪を背景にウグイス色と言うのか、若草色と言うのか、とにかく落ち着いた和風の趣をまとった薄い緑色をしていて、それに紫がかった薄皮が所々にくっついているからとてもオシャレに見えるのだ。
人というのはまず目を通して視覚細胞が脳に情報を伝達するわけだから、見た目がどうかというのはとても大切で、この第一印象によってその後の扱いが決まることだって少なくはないのである。
極寒の季節に手にする生命の息吹がどんな色をしているのかというのは重要である。
かくしてまずは好感を持って迎え入れられたわれらがフキノトウは次に味覚という関門に達するのである。
まぁ味覚に関するボクの表現力と言うのは幼児並みで、美味しいか否かしかないのだが、それでもなお何とか表現を試みて見ると、いや止めよう、堂々巡りが関の山で結局は陳腐なうえに要領も得ないだろうから…。
ともかく、あのほろ苦さ、火を通しても消えない地の香りがギュッと詰まったような独特の香りと、香りにも味が付いているのかと思わせるほど、ほかの野菜類では味わえない何かが舌の上に現れるのだ。
ボクの家の裏にも毎年フキノトウは出てくる。
雪の中の東北で採れたならと探したが、見つからなかった。
妻に言わせると年々少なくなっているという。
地際には小さな葉っぱは出てきているのだ。葉が大きくなればフキノトウも出てくるのだろうか。
春が訪れる前に一度お目にかかりたいものである。
なにか、ちょっぴりだけど季節が動き始める予感が漂い始めたのが嬉しい。
さて、なんでしょう
スマホを近づけて撮ったビオラ。前の写真はスマホに接写レンズをつけて花芯の部分を撮ってみらこうなった
口直し。和スイセンに続いてラッパスイセンも咲き出した
最新の画像もっと見る
最近の「随筆」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事