本音を言えば3日おきくらいの設営だったらよりよかったのだが、異なる呼びかけ人とメンバーの都合が偶然にもたった3日の短い間に集中してしまったのだからどうしようもない。
都合の悪い日を先方に知らせたうえでの日程調整なのだから従うしかないのである。
今月はもう飲み会の予定はないからまた妻と2人きりの静かな夕餉が待っているのだ。それこそがボクのいつもの日常なのである。
非日常の3晩目は2日目の誇張され美化された思い出話のオンパレードから一転して、静かにしみじみと元知事さんを偲ぶとても良い時間だった。
集まった他の3人は元知事のすぐ近くで働いていた人たちで、その仕事ぶりや人柄に接して尊敬の念を抱き、心底惚れてしまっている連中である。
それぞれが胸の奥にしまい込んでいたエピソードを披瀝し合ったのだが3時間という短い時間の中では語りつくせず、また集まろうということになったくらいで、世の中にはこれほどまでに尊敬される人物がいること自体、目を見開かされる思いなのだが、その末席で薫陶をわずかでも得られたことが何より誇らしい。
そういう認識を再確認させられる時間だったのだ。
実際、ボク自身が知らなかったエピソードも次から次へと披露され、「へぇ~」「ほぉ~」と嘆息しっぱなしだったのだ。
亡くなるまでの2年間ほどは老人ホームで暮らしていて、ボクは時々外の空気を伝えにお邪魔していたのだが、知事の部下たちは遠慮があったと見えて誰も見舞いには訪れなかったようである。
それも「ぼけてしまっていて、見舞いに行ったって誰が来たか分からない」などという根も葉もない情報がまことしやかに流れていたらしく、ボクが「そんなことはありませんでしたよ」と否定すると、「ホームで寂しくされていたんだろうから一目お会いしに行きたかった」とほぞをかみ、そのまま永久の別れになってしまったことを心底残念がっていた。
ボタンの掛け違いというのか、今はやりの忖度なのかは分からないが、どんなブレーキがかかろうとも、それを潜り抜けようとする人の行動というものがまっすぐな心情の下に行われようとするのであれば、それはそれで立派に通用するのではないか。
そもそも人のそういう心情というのをよく理解していた知事さんだったのだ。
ただ、見舞いに伺いたいなどと本人に面と向かって言えば「わざわざ来なくたっていいよ」とつれない返事を返してよこすのも、相手をおもんばかって「ボクのために時間を割く必要なんかないよ」という心配りからの反応なのである。
そういう対応を見せる人だったのだ。
それにしても、大切な話を書こうとするとどうしてこうも締まりのないものになってしまうのか。
まだ自分の心の中で十分に整理しきれていないということかもしれないが、次から次に思い出が湧き出してきてしまうからでもある。
「またこの知事さんなじみの店で定期的に集まろう」ということになったのも、その整理と確認の時間であるような気がしている。
思い出をたどるたびに、何かとてつもなく大事なものを失ったのだなぁ、という思いが募っていく。
良く晴れて風も弱かったので葉山まで自転車を漕いで行ってきた。海辺はもう初夏の雰囲気である
明るい海上には白い帆のヨットが浮かび
岸辺をカヤックがスイスイ進む。ボクもまた海を漕ぎたくなった
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heihoroku
高麗の犬
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