平方録

暑さの底に沈んだまま じっと坐り続ける

昨日の円覚寺は暑かった。

真夏の午前8時といえば、もう日は高く上がりかけるころだが、気温の方は周囲の空気にまだ幾分の涼しさが残っていて、比較的しのぎやすさも同居しているものである。
しかも大方丈の大きな屋根の下の大空間ともなれば、その空気はひんやりしているのが相場だろうと思うのだ。
しかるに、大空間に足を踏み入れた途端、一晩中そこらあたりの空気は全く動かないでいたかのように、重く淀んでいる。
扉という扉はすべて開け放たれているのだが、淀んだ空気も動きようがないくらいに風もなく、すべての動きが止まってしまったかのようである。

こうなると、ただ座っているだけで汗が噴き出てくる。
しかも、前後左右1メートル弱の間隔があるとはいえ、ずら~っと人が座っているから、そこから発散される熱も加わって、時間が経つにつれて温度が上がっていくかのようである。
ボクは失敗したのだが、ほとんど真ん中に座ってしまったのだ。
せめて外の空気に近いところに座れば少しはましだったのかもしれないが、後の祭りである。

背筋をタラァ~リと汗が落ちてゆき、首筋や額に汗がにじみ出てくる。
薄手のシャツ1枚に薄手の長ズボンの軽装ですら汗が噴き出すのだから、真夏とはいえ、何枚もの着物を重ねている坊さんの暑さは想像に難くない。
しかも、禅の語録を提唱してくれる横田南嶺管長は1時間にわたって大きな声を出しっぱなしにするのだから大変である。
時々額やらつるつるにした頭を手拭いで拭うしぐさを見せていた。

しかし、不思議と言えば不思議なのだが、51年前の高校生の時に初めて円覚寺の門をくぐって参禅して以来、真夏の坐禅で暑さに苦しんだ記憶がない。
これはなかなか説明しずらいのだが、たとえ汗が流れ落ちてこようとも、流れ落ちるに任せて静かに坐っていると、汗のことは忘れてしまうのである。
もともと静かな環境の中で坐っているのに加えて、さらに周囲から音が消えていく感覚なのだ。
今とは違って昔の踏切の警報音というものは甲高い音を響かせていたから、横須賀線が通過するたびに坐禅をしている境内にも警報音が届き、夜の坐禅ではその音でフト我に帰るようなこともあった。

もともと夏の暑さは苦手ではないから、あえて言えば気持ちよく坐っているが、真冬はどうにもいけない。
氷点下にならなくとも、それに近い寒さの朝でさえ板敷の廊下は氷のように冷たく、はだしで歩くのが痛いくらいになる。
坐っていても寒さで胴震いが止まらなくなる時もあるし、何よりトイレが近くなって閉口してしまう。
仕方なくカイロを下腹部に充てて臨むのだが、邪道である。ジジイだから仕方ないのだが…

坐っている間というものは、ずっと雑念というか、どうでもいいことが次から次に浮かんできては消えていく。
それは呆れるほどで、さらに足の痛みや肩の筋が変に凝ったりするのを感じたりするから、集中どころではないのがボクの坐禅である。
しかし、それもリタイアを機に再び門をくぐって、かれこれ3年が経つようになると、足の痛みなど肉体的な妨げはだいぶ薄れてきたし、雑念の方はといえば、これは永久に続くだろうと思っていたのだが、最近は短い時間なのだろうが、静かに呼吸しているだけの自分に気づくことが、ままあるようになってきた。

「雑念が生じるのは当たり前。それでも何とか呼吸をしているだけの自分自身を見つめるようにしてみてください」とは、ことある度にわれわれナマクラノの居士たちに向かって横田管長が説かれ続けているところだが、もしかしたら、その入り口辺りにたどり着けたのかもしれないと、チラッとだけれど思えるようになってきたのも事実である。
そんな気がするのも、雑念が沸き起こる余地もないような暑さの底に沈み切って坐っているからなのかもしれない。

ん? 実のところは暑さゆえの単なる思考停止だったりして…






坐禅会や説教が行われる大方丈


暑さの中を円覚寺から鎌倉駅まで亀ケ谷坂を抜けて45分ほど歩いたが、亀ケ坂ですれ違ったのはたった1人。ボクの後ろからランニングの若い男が昇ってきたが、すぐ後ろで膝に手を当てたまま息も絶え絶えにあえぎ始めた。倒れでもしたら一大事と思ってちょっと様子をうかがっていたら、何とか歩き始めたが、そのいでたちがなっちゃいないのだ。パンツの下にくるぶしまである黒いスパッツを履き、上半身は手首まである長袖の黒いシャツを着こんでいる。肌にピタッと吸い付くような素材で、あれじゃあ熱を帯びた体温のはけ口がなくなり、冷却どころか体内に熱を蓄積させるだけなんじゃないかと思うのだ。それでもヨロヨロと坂を下って行ったが、倒れるならボクの目の届かないところで倒れておくれ、と見送った。


バスを降りて森の中を突っ切って帰ってきたらアオサギが獲物を狙って態勢をとっていたが、それっきりだった


ボクのすぐ足元ではショウジョウトンボがじっとしたまま縄張りを見張ってニラミを利かせていた(スマホだからこんな程度にしか撮れないのだ)
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