東京五輪で「あの」サッカー強国アルゼンチンと闘って3対2で奇跡的かつ歴史的勝利を挙げた日本チームにあって、度肝を抜く派手なダイビングヘッドを決めたのがカワブチサブローだった。
その光景に喜びも忘れて茫然とするくらいびっくりした高校1年生のサッカー小僧は脳裏にダイビングヘッドシーンを深く刻み込んだのだった。
そして、それからほぼ30年経ってJリーグが発足したとき、チェアマンという聞きなれない名称のリーグトップの座に就いて念願のプロリーグの発足を高らかに宣言したのが、リーグ発足に向けて奔走した「あの」ダイビングヘッド野郎だったのだ。
いくら奴が剛腕の持ち主だからと言って、この時期に組織委員会の会長に就いたところで、手腕を発揮できる部分はほとんど残されちゃいまい。
要請を受けた時、「冗談じゃない、バカも休み休み言えよ」くらいに思ったはずだ。
しかし、最早あのアホ発言を収拾する手立てはモリロウガイが辞めるしかないところまで進んでしまった。
アルゼンチン戦で彼は味方がチャンスを迎えた時、相手ゴールに向かって走り込んでいた。
奴のポジションは今でいう攻撃的ミッドフィルダーである。
フォワードの蔭から飛び出して得点を狙う役目を担う。
その鼻先にゴールに向かって左サイドからライナーのボールが飛んできたのだ。
普通の選手だとそのボールを胸で受けて止めるか、足を上げて止めてから改めてゴールに向けて蹴るのだが、そんなことをしていては相手バックスに妨害される確率が格段に増えてしまう。
相手のブロックを防ぐには確率は若干落ちるものの、直接ゴールに叩き込むのが最上の方法である。
それを奴はやったのだが、あろうことか、まるで‶人間ロケット〟が発射されでもしたかのように体を地面と平行にしながら、ボールめがけて頭から飛び込んだのだ。
相手のディフェンスやゴールキーパーは虚を突かれたように立ち尽くすだけで、ボールはゴールネットに吸い込まれていったって訳である。
今回どういう思いで組織委会長就任の打診を受けたのか知る由もない。
知る由もないが、ヤツの脳裏にはもしかしたら半世紀以上も前の東京五輪の駒沢競技場のグラウンドシーンが蘇ったのかもしれない。
ヤツは自分にめがけて飛んでくるボールに向かって、身体を投げ出し、頭から飛び込んだのだと思う。
まさにあの強国アルゼンチン戦のように。
招致合戦では「大震災からの復興支援」を錦の御旗に掲げ、そんなものはケロリと忘れて「人類がコロナに…」云々と旗を取り換えてしまっている。
クーベルタンは「オリンピックは参加することに意義がある」と言ったそうだ。
「開催することの意義」は言わずもがなだろう。
しかし、戦争で中止になったこともあった。あの時もトーキョーだった。
ヒトの知恵が及ばないことだってあるさ。
観客のいない前代未聞の五輪になるかもしれないって…
各国での代表選考は公平に行われるのか…
平和の祭典だろ、オリンピックって。
誰のために開くのさ。
選手だけ隔離して競わせるんじゃ記録会とどこがどう違うの。
開くからには相応しい五輪ってものがあるだろうろうに。
ヤツに出番が回ったのも何かの因縁だろう。カワブチサブローのあの度肝を抜くトドメのダイビングヘッドを期待している。
(見出し写真は野菜のルッコラの花 花が咲いてしまったので、もうエグくて食べられない)